第15話「素敵な庭」

「そんな事より里長。この二人を連れて出ててくれる? ちょっとどうやら目の毒だから」


 カシロウは二十八歳の男盛り。

 なかなかに整った風貌、細身ながら逞しい体付き、凛とした姿勢、チョンマゲの

 さらに血の失い過ぎ故にかもし出す儚さが加わり凄絶な美しさとなっていた。


 ポーっと目をハートにしてカシロウを見詰める女性陣を、天狗が顎をしゃくって指し示す。


「……こら! お前たちには亭主があるだろうが! こっちへ来い!」


 カシロウから目を離さない里長夫人と娘が手を引かれて行くのを見送って、一つ嘆息した天狗が口を開いた。


「さてと、そろそろ真面目な話をしようか」



 ヨウジロウをカシロウへ手渡し、立ち上がった天狗が障子を開いて縁側へと進み出る。

 カシロウも立ち上がって天狗の後に続く。


 縁側に立つと、山奥の里とは思えない風情ある庭が広がっていた。


 前世において戦国時代を生きたカシロウには詳しく分からないなりに、それでも感じるものがある。

 恐らくは「和」、かつて生きた世界を連想させた。


「この庭は、天狗殿が?」


「いやいや、これも里長だよ。話して聞かせてやったらハマっちゃったんだ。素人がこのレベルだもん、凝り性だよね」


 凝り性なんてものではない。


 あの小さな築山つきやま大山たいざんと見立て、白い玉砂利で作った川と海、一見すると粗雑に置かれた様に見せる石たちは島。


 小さくともこの庭園は世界を表している。


 カシロウはなんとなくぼんやりと、そう思いを巡らせてしばし茫然とそれを見詰めた。

 

「ヤマオさんは魔術の方は?」

「いや、とんとからっきしで」


「何となくそんな気がしてた。僕は、まぁ長生きなんで使えるけどね。じゃぁ、見てどう思う?」


 そう言うと天狗は、右手を庭へ向け掌を広げ――


「ふっ!」


 ――と、やや強めに息を吐き出したその先で大きめの破裂音。

 つい先程まで見惚れていた築山が吹き飛んだ。


「……あ……あの素敵な庭が………………どう思うって、あまりにもとしか……」


 カシロウは正直に、天狗の鬼畜な所業に対して率直に言った。


「良いの良いの。これも里長の仕事の内――」


 再び掌をヒラヒラと振るう天狗の元に、ドタドタと賑やかな足音が迫る。

 足音の主は、当然里長である。


「天狗ーー! またやりゃぁがったなぁこらぁっ!」


 あの穏やかだった里長が、達者な巻き舌で叫びつつ天狗の胸倉を掴んでオラオラドナイシテクレンネンコラァ、ワイノ素敵ナ庭カエサンカイオンドレガコラァと言い募る。が。


「里長、五月蝿うるさい」


 非情にも天狗は里長の手首を取って極め、縁側の床へと背から落とした。


「そんなに怒ると思わなかったんだ。ごめんよ。またさ、新しい庭園のアイデア提供するから許しておくれよ」


 メソメソと両の瞳から大量の涙を流す里長。泣きながらも目の奥がキラリと光ったような――


「新しい庭園の…………それはどの様な……?」



「そう、例えば築山じゃなくて枯れ池を中心にして。枯れ池の周囲には白砂利でさびれた世界を、枯れ池の対象に大きめの岩、岩の周りだけ苔を、そして枯れ池の中心に丸い石を据える。どうかな?」


 少しの間、目蓋の裏を読む様に目を瞑ってじっとしていた里長は立ち上がり、天狗に向かって頷いた。


「枯れ池の中の石は水面に映った月、対して苔の中の岩は深山幽谷。対比が実に面白い。さすがは天狗様、早速絵図面から始めたいと思います!」


 里長は涙を拭い、吹き飛んだ築山をしっかりと見据え、そしてそれを背にして縁側を行く。


 その背を天狗はジッと見つめ、ウンウンと頷いた――



「……いや、あの、何なんですかこのくだり……」

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