第13話「ヨウジロウの刃」

⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎すみません。

前話更新後の数時間後にフミリエ母さんについての数行を序盤に足しました。


ストーリー上はそんなに問題ないけど設定上は割りと重要なとこ、どっかに書いたつもりが抜けてまして……(´;ω;`)


余裕ありましたらちょっと戻って読んで下さいませ。

すんません⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎



 魔王の間から部屋に戻ったカシロウは速やかに旅装を整え、手紙をしたためた。


 しばらくトザシブを離れる故、その間の工事の差配を全て任せる旨を、だ。


 リストルや二白天、加えてウナバラ。四人が四人ともにだと提案した。


 序列十位ヤマノ・カシロウ名義の遠出にすべきではない、クィントラの左耳の件も落ち着かぬこのタイミングでは尚更だと。


 少し思うところがあったカシロウだが、この提案をありがたく受け入れて旅立ったのだ。




 カシロウは抱っこ紐で結わえたヨウジロウを胸に抱え、北へ北へと駆けていた。


 生後半年のヨウジロウは充分に父カシロウへと懐いていると、カシロウはじめ皆がそう思っていた。

 しかし、考えが甘かったと言わざるを得ないだろう。


 最初の一日二日は何も問題無かった。


「ヨウジロウ、見ろ蝶々ちょうちょだぞ」


 などと言いつつ穏やかに軽やかに歩を進めていた。


 このまま順調に行くかと思われたが、首都トザシブを離れて三日目の夕方、母から遠く引き離された事にどうやら気がついたヨウジロウは遂に泣き叫び始めた。


 うつらうつらと眠る時以外は、騙されたと言わんばかりに嗚咽おえつを交えて喉を枯らし、徹頭徹尾泣き叫んだ。


 小さな体のどこにそんな力があるのかと辟易しながらも、カシロウはヨウジロウの背をさすり、なんとか一晩をやり過ごした。



 しかし、四日目の昼過ぎにはストレスの限界に達したらしく、遂にハルらの耳や小指を斬り飛ばしたを、泣き声と共にカシロウ目掛けて飛ばし始めるに至る。


「びゃぁぁぁぁああぁぁっ!」

「またかっ! ぬぅりゃ!」


 走りながらも両手に持った抜きっ放しの二刀を振るい、カシロウは幾度も襲い来る刃を弾いた。


 刀で弾いた感触はそう強いものではない。安物の刀よりもさらに脆い感触。


 それに対して、カシロウの二本の愛刀はかつて旧主から拝領した業物わざもの中の業物、和泉守兼定いずみのかみかねさだ

 この世界に生まれ落ちる前よりずっとカシロウと共にある頼もしき相棒。


 ヨウジロウの刃は切れ味、耐久性、共にカシロウの愛刀とは比べるべくもない。けれどまずいことにそのヨウジロウの刃は無色透明、見辛いことこの上ない。


 加えて先日小指や耳を斬り裂いた鋭さは確かなもの。


 旅装用の柄袋が邪魔をした事もあり、流石のカシロウも最初の一撃には全く反応出来ずに右頬をざっくりと斬り裂かれ、真っ赤な血が流れっ放しである。



「落ち着けヨウジロウ! 私が付いている! 案ずるな!」

「びゃぁぁぁぁぁっ!」


 ヨウジロウはその言葉を聞かない。

 再び泣き声と不思議な刃での返事を繰り返した。



 しかしそれでもカシロウなれば、初撃こそやや深めに頬を裂かれたが、刃のきらめきと空気の歪みを感じることさえ出来れば、なんとか反応できる。


 もちろんカシロウの剣の腕があればこそだが、実際はヨウジロウを胸に抱えているおかげが大きかった。


 ヨウジロウの刃は、ヨウジロウの体からおよそ約30cm一尺程度の所に突然現れ、から向きを変えてカシロウへと飛んでくる。


 さらには、理屈や理由はよく分からないが、カシロウの体を越えて刃を現出させる事は出来ない様子。


 この二つの要因――現れて即カシロウに向かえない点、カシロウの背後からいきなりは襲えない点、この二つは視野の広いカシロウに取って果てしないプラス要因。


 この二つが崩れない限りは、カシロウの剣の腕をもってすれば万が一にも大きなダメージを負う筈がなかった。



 そしてかれこれ二刻ふたとき、カシロウはヨウジロウから噴出する刃と格闘しながら走り続けている。


「これでもな、私はこの国一番の剣術使いと言われて! おるわけだ、だからなヨウジ! ロウ! その刃は効か! んから、もう諦め! て落ち着け! 父さんを! な、信じる! んだ!」


「びゃぁぁぁぁぁっ!」


 カシロウが幾ら口を開いても、ヨウジロウから飛び来る刃が落ちつく素振りは見られなかった。


「ちょ、待て、おぃ、今回、は、ちょっと多い、ぞ!」


「びゃぁぁぁっ! ひっ、びゃぁぁぁぁぁっ!」


 日も暮れようとし始めた頃、ヨウジロウから立て続けに飛ばされた刃がカシロウを襲う。カシロウは必死になって二刀を振り続け、なんとかかんとか全ての刃を叩き斬った。


「びゃぁ、あ、ぁ…………zzz」


「…………ね、眠った、か――」


 眠気の限界に伴う機嫌の悪さが手伝って、多くの刃を飛ばしていたようだとカシロウは悟った。


「……これは、ぶっちゃけまずいかも知れん」


 頬の血を肩で拭ってから二本の兼定を鞘に納め、背に負った行李こうりからカンテラを取り出して灯りを灯した。


 生後半年のヨウジロウの眠りは朝昼夕にそれぞれ一刻ほど、夜は上手く眠れた日なら三刻ほど。

 昨夜までは街道をれて焚き火を焚いて野宿したが、そんな悠長な事をしている余裕はない。


 私だって眠い、腹も減った、斬られた頬も痛い。

 カシロウはそう心の中で愚痴ったものの、眠るヨウジロウの顔を覗き込んで見詰める。

 そして北を目指して静かに駆け始めた。


「前へ進もう。この父に任せておけ」





 ヨウジロウの眠りが最も深いであろう深夜、木の根元に腰を下ろしてもたれ掛かり、カシロウはしばし目を閉じた。


 斬り裂かれた頬に指で触れてみると、どうやら血は止まった様だった。


 夜が明ければトザシブを出て五日目。天狗山までは普通に歩いて凡そ十日ほどだが、途中からは駆け通しで来た。


 このペースなら恐らく三日は短縮できるだろうから、今日を入れてあと三日程でテング山に辿り着けるかとカシロウは考え、そして深い溜息をついた。


「……三日……。つのか……私は……」


 そう呟いたカシロウだったが、目を閉じたまま口のを少し持ち上げ微笑んだ。


「保つかどうかじゃない。やるんだ。やらなきゃならんのだ」


 カシロウは夜も明けぬうちに動き出し、干した米をボリボリと噛みながら歩を進め、そして空が白み始めた頃、遂に、ヨウジロウが目を覚ます。


 ヨウジロウが寝惚けてムニャムニャ言っている隙に、背に負った小さめの行李こうりからウナバラが用意してくれた竹筒を取り出し、中からコロンと氷の様なものを一つ取り出した。


 それを木の椀に移した途端、氷は即座に溶け、あっという間にぬるい粥へと姿を変えた。


「何度見ても意味が解らんが……。しかしユウゾウさんのお陰でなんとか飯も食わしてやれる」


 カシロウはさじで掬ってヨウジロウの口へ、少しずつ粥を入れる。

 寝惚けながらもムグムグとヨウジロウが嚥下えんげする。


 ヨウジロウは粥を半分ほど飲み込んだところで辺りを一瞥すると、ヒッ、ヒッ、と息を吸い込み始めた。


 椀に残った粥を一息に飲み込んだカシロウは素早く椀を仕舞い、同時に二刀を抜き放ち駆け出した。


兼定かねさだ! 今日も付き合ってくれ!」


「びゃぁぁあああああ!」



 今日も今日とて元気にカシロウを襲うヨウジロウの刃。


「ふん! 甘いぞヨウジロウ! この二本の兼定を振るう限り! この父が負ける事は有り得ぬ!」


 カシロウは街道を駆けている。

 街道とは言え街からも離れた所なので人通りはそう多くない。


 しかし、誰もいない訳ではない。


 後日、一人で奇声を放ちながら二刀を振り回すチョンマゲが北の地へと駆け抜けたという噂がまことしやかに流れ、カシロウの関係者は皆一様に赤面する事になる。

 なお、カシロウは誰よりも赤面したという。


 しかしその話題はまたいつか語る事もあるだろうから、ここでは割愛させて頂く。

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