第12話「他国の勇者」

「そういう事でございまして……、誠に申し訳ありませぬが、少しいとまを頂きたいのです」


 カシロウは額が床に着くほどに頭を下げながらそう言った。

 下天と呼ばれるカシロウたちに対し、とも呼ばれる魔王――主君リストル・ディンバラに向かって。


「ふぅむ、経緯いきさつは分かった。フミリエ母さまがお怪我なされた理由もよく分かった」



 早くに実母を亡くした魔王リストルが第二の母とも慕うフミリエ。

 リストル幼少期の家庭教師を務めた彼女の実娘ユーコーが一歳になろうかという頃にカシロウが空から舞い降りた。


 訳あってシングルマザーだったフミリエは言った。

「一人も二人も一緒でしょ。お困りでしたらアタシが育てますよ、その子も」


 細かいことに頓着しないフミリエ女史。

 あっけらかんと宣言し、そのままカシロウとユーコーを女手ひとつで育て上げたのだ。



 リストルはカシロウが背に負ったヨウジロウへ視線をひとつ遣り、腑に落ちたらしく腹の底から息を吐いた。

 カシロウからされた説明を真剣に聞き、そして聞き疲れ、浮かしていた腰を玉座に下ろしてそう言ったのだ。


 そして魔王の言葉に対し、口を開こうとしたカシロウを遮って続けたのは二人のお爺ちゃんたち。


「なれどヤマノ。貴様には貴様の仕事があろう」

「そうじゃ! 但し道場での稽古であればワシが代わってやらんでもないぞ!」


 応えたのはやっと初登場の二白天にはくてん――序列二位ブラド・ベルファスト、さらに三位グラス・チェスター――の二人。


 厳格なブラドと温和なグラスのバランスが魔王からも若手の下天からも評判の良い二人である。


 そしてこの後、実際にグラスの申し出を受けて道場はグラスへ任せ、さらに工事の差配は猪獣人ボアに丸投げする事になった。


 しかし話題はもう少し脱線する。


「この件、クィントラの耳には絶対に入れられんの」

「確かに。まったく、このややこしい時に――」


「ん? なんでぇ? まだなんかあんのかよ?」


 ここのところすっかり平和な魔王国ディンバラ。特別にややこしい問題などは無かった筈だが、そういうものがこういう時に降って湧くのが世の常と言うもの。


「夜半にウノから報告があった。人族領、聖王国アルトロアにが産まれたらしい」

「勇者? 別にそんなの珍しくもないでしょうに」


 ここでウナバラが言った勇者というのは、ただ国が認めた勇者――認定勇者という者の事。強者であり、且つ国のために尽くす者として各国で抱えたがるのが普通である。


「ウノ、続きを頼む」


 魔王直属の諜報部隊『天影』、その筆頭のウノが音もなく現れ後を継ぐ。


に勇者認定を与えたらしいのです」


「ヤマノタイプの転生者にか……それはちょいとだな」


 無から産まれた転生者であるカシロウだけは逆にピンと来ていないが、そもそも勇者というのは力を誇示する為にある。

 すなわち他国への侵略の意思を持つが故に抱えるのだ。


 その意思をひと欠片かけらも持たないリストルが認定勇者を抱えていないのがその証。


 転生者とは基本的に大きな力を持つ者が多い。

 さらに無から産まれた転生者となれば、さらに大きな力を持つ可能性がある。


「転生者の勇者……ね。人族の者どもにありがちな思考の持ち主でなければよろしいですな」

「ユウゾウ、表現を改めよ」


 ウナバラの発言を即座にリストルが諌める。


「お前の言葉は正しい。その通りだと余も思う。しかし……わかるな?」

「確かに俺の失言でした。大変申し訳ない」


 ウナバラが序列三位グラスに頭を下げた。



 この『魔王国ディンバラ』は魔人である魔王リストル・ディンバラを国のトップに据えた魔人国家ではあるが、この国では種族に捉われる必要はない。


 現にウナバラが頭を下げたグラス、さらに序列九位クィントラ。この二人は人の身でありながら下天にまで昇りつめているのだから。


 これは余談だけど、十天で人族なのはこのグラスとクィントラに加えて無から産まれたカシロウ。

 トミーオのみ獣人でその他は魔人族。

 どっか頭の片隅に残しといてね。



「構わんよユウゾウ。ヌシが言うた通りにワシかてそう思うし、『である』というその思いの方が強いからの」



 魔属まぞく、この言葉はリストルの先代、ビスツグ・ディンバラ治世の頃から使われ始めた言葉。

 『魔王国に属する者』という意味であり、魔人や人、さらには獣人などの亜人。人種の坩堝るつぼである魔王国にはなくてはならない言葉となった。



「けどよ、勇者がっつったが、いつ頃のことなんだ?」

「つい先月に転生、そして速やかに勇者認定と聞き及んでおります」


「なんでぇ、まだ赤ん坊じゃねえか。なんならヤマノんとこのヨウジロウ氏のがちっとばかしお兄ちゃんだぜ」

「まぁそういう事だ。特に今すぐどうこういう事はないだろうが二白天とお前の耳には入れておこうとな」


 そしてようやく話題が戻る。


「それで? その『四十年前の爺さま』とやらがどこにおるのか分かっとんのか」


 魔王リストルよりも横柄な物言いなのは序列二位ブラド。ウナバラと共にこの国の頭脳と呼ばれる男。


「当時俺と母が聞いたのは、ここディンバラの首都トザシブから北へ十日ほどの天狗山てんぐやまに住んでいる、と」


「なに、テング山だと?」

「ご存知ですか?」


「馬鹿にするなよユウゾウ。余を誰だと思っておる。余はな、実はこう見えてもな、この国で魔王やってるんだよ」


 エヘンと胸を張ってみせるリストル。

 彼は今年四十になったウナバラより三つ上、歳の近いウナバラやトミーオと話す時にはこうやってひょうげて見せる事も多い。


 そんなリストルをカシロウは慕っている。当然、変なイミでなく、主君として、上司として、人として、である。


 カシロウに面識はないが、先代の魔王ビスツグ・ディンバラは非凡であり、今代の魔王リストル・ディンバラは非才である、というのが専らの風潮だという。


 しかしカシロウはそうは思わない。


 先々代では数度、先代では二度の戦争があったそうだが、今代では一度も戦争がない。


 前世でのいくさで当時の主君と共に前線で戦い、そしてそのカシロウは切に思う。


 やはり平和が一番だと。


 よって戦争をしない今代の魔王こそ、自分がいただくべき主君である、と。



「テング山と言えばな、テングが棲むと昔から言われておる」

「……天狗、でございますか?」


 前の世界で聴き慣れた言葉を聞き、カシロウは訝しげな顔をウナバラに向けた。


「そうなんだよ。なんでか知らねぇがその爺さま、天狗って呼ばれてるらしんだわ」


「お前ら二人とも知ってるのか? じゃ教えてくれ。テングってなんなんだ? 人か? それとも物の怪もののけか?」




 ――カシロウがヨウジロウを胸に抱いて『天狗の里』を目指しているのには、そういった訳があった。

 この時点でお話の冒頭から十日ほど前、だね。ようやく。

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