第7話「負んぶ下天」
魔王国の首都トザシブの者たちは皆、親しみを込めてカシロウを『ちょんまげ
この世界に転生後、なぜかカシロウの額から頭頂部にかけて髪が生えず、幼い頃は『ハゲ』だの『カッパ』だのと
――
そんな事を
輪をかけて
そんなカシロウに新たな
「よぉ! 『
「あぁ、良い天気だからかご機嫌だよ」
カシロウがヨウジロウを負んぶしたまま現場に出るのも早十日ほど、現場監督や作業に従事する者たちも見慣れたらしく、気さくに声をかけて行く。
「いやしかし負んぶ下天どの。チョンマゲに着物にサンダル、それに此度は赤子を負んぶ。何一つまともな所がありやせんな」
「まぁそう言うな。女房の体調が戻るまでだ」
カシロウの言葉に、現場監督である猪の獣人ボアは顔の前で手を振りつつ言う。
「責めてるわけじゃありやせんぜ。この現場に出てる連中みんな、負んぶ下天どのの下で働けて喜んでおりやすから」
「そうか、なら良いんだが。しかしな、一つ言っておきたい事がある」
「なんでやしょう?」
カシロウは自分の足下を指差して口を開いた。
「これはサンダルではない。
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
カシロウが剣術を教える道場までは城下町を少し歩く。
高めの天井に板敷きの床。十間(二〇m弱)四方ほどのがらんとした広間に倉庫と更衣室が併設された、ただそれだけの木造建物。
ではあるが、門弟の多くはこの国の治安維持を担う『
すなわち国営の道場なのだ。
その道場主が今はこの十天の序列十位ヤマノ・カシロウという事になる。
カシロウが道場に出る日もヨウジロウと一緒だ。
最初の日はカシロウ一人でヨウジロウを負ぶって道場に出ていたが、さすがに無理があると気付いてからは、どこに行くにもハルも共に出張ってくれている。
カシロウの教える実戦向けの剣では、ヨウジロウを負ぶったままで指導するのは困難だからである。
カシロウは前の生において、少年期から青年期にかけてかなり
しかし学んだとは言え、西国のとある高名な剣術家が上洛した際にたまたま立ち寄った半月、さらに数年後に西国へと戻る際の半月、併せてもせいぜいひと月ほどの教えではあった。
カシロウはその時の教えをさらに自分なりに昇華した剣術を携え、旧主に仕えることができた。
そしてその後何度も参加した戦さにおける実戦での経験。
そのどちらをも糧とした剣術を道場で教えている。実戦を経験しているカシロウの剣は、洗練されつつもすこぶる荒い。
切れ長で涼やかな目元、鍛え上げられてはいるが細身の体、上背も高すぎず低すぎず。
そんなカシロウに全く似合わない荒い剣を、赤子を負ぶって教えられる訳がなかった。
「さぁ、打ってこい!」
「いや、さすがに打てませんよ」
初日、ヨウジロウを負ぶったカシロウに対して門弟一号がそう言った。
「さすがに無理か」
「先生に当たるとは思いませんけど、もし当たったら……、ねぇ?」
もちろん真剣ではないし、さらに木刀でもない。
使用するのは
十天の先輩にカシロウと同じ世界からの転生者がいる。カシロウの前世では見た事が無かったが、その
よほどで無ければ怪我もしないが、髪を挟むと大変痛い。なのでカシロウを除く皆は頭に手拭いを巻いている。
やはり負んぶでは無理かと、翌日からは胡座をかいて座るハルさんの脚の上にヨウジロウを座らせた。
「さぁ打って来い!」
「お願いします!」
迫る竹刀を
「おぉ!」
門弟二号が袈裟懸けに放った竹刀をぱんっと払い
さらに門弟二号の喉をそっと足で踏み付け、逆手に持った竹刀を眉間に向けて突き落とす――と見せて再び当たる寸前で寸止め。
「お主ら、なかなか上達しないな」
「先生が強過ぎるんすよ」
門弟一号が腰をさすりながらそう愚痴る。
さらに門弟二号も右手首をコキコキと鳴らし口を開く。
「いつか先生から一本取れるんでしょうか……」
「今のままなら無理だろう。私は私で訓練してるしな」
一号と二号とで、先程のカシロウと二号の立ち会いを復習させる。
そうしておいてカシロウは、三号四号五号……と多くの門弟にそれぞれ一手教えて回る。
ハルさんの上に座るヨウジロウは、飽きる事なくカシロウの動きを目で追って、カシロウが竹刀を振るう度にキャッキャと手を叩いて喜んでいた。
「現場と道場では『負んぶ下天』もそう問題ないんだが………………はぁ」
カシロウの十日のうちの五日は現場だが、現場に出ずに執務室に籠る日もある。
それが現在、最も問題なのだ。
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