第6話「抓る人たち」
「ハルさんお元気?」
「へぇ、もう全く痛くもなんともありやせん」
フミリエはハルさんの左耳を指差して、「千切られ仲間ねぇオホホホ」などと笑っている。
細かいことを気にしないタイプったって相当だよね。
「
「どうせヨウジロウちゃんの顔見に来るつもりだったし問題ありませんよ。で、今日はどういった?」
「ええ。二人を襲った謎の刃、あれの検証をしとうございます。つきましてはあの日の再現をして頂きたいのです」
「おぉ~ヨチヨチ~♪ ヨウジロウちゃんは今日も世界一可愛いわね~♡」
フミリエはヨウジロウを抱えた真似のひとり芝居。
――これホントに続けるの?
という顔でフミリエがカシロウを見つめるが、当のカシロウは無言で頷くのみ。
諦めたフミリエがそのままひとり芝居を続ける。
「……それにしたって、ヨウジロウちゃんはカシロウさんにばっかり似てるわねぇ。ちっともお婆ちゃんに似てないから……、ほっぺた
そこまで言ったフミリエがひとり芝居を
「で、抓ろうとしたら、『あいたっ!』ってなったのよ。……もちろん抓るって言っても可愛いヨウジロウちゃんを痛くなんかするつもりなかったんだからね! ホントよ!?」
「お~! ヨウジロウ様、これはまた物凄い匂いすねー! くーっ! 堪らん! ちょっと自分でも嗅いでみなせぇ……」
ハルさんはフミリエと違ってクライマックス付近だけを実演した。
「と、オムツをヨウジロウ様の鼻に近付けたら……、あぎゃっ! ってなった訳でやす」
二人の実演を受けてカシロウは顎に手をやり唸っている。
幸いな事に、ひとり芝居をする二人を見るヨウジロウはキャッキャと手を叩いて喜んでいた。
「貴方……、ヨウジロウに何か関係が……?」
そう問うたユーコーに、カシロウは苦笑いながらもふんわりと微笑み返した。
「……無関係では、あるまいなぁ」
「まさか……、二人に怒ったヨウジロウが?」
ユーコーの言葉に、え!? と驚いた顔のフミリエとハルさん。
当然二人に一切の悪意などなく、
が、そんな事は赤ん坊に伝わるはずもない。
ほっぺたを抓る人、臭いものを嗅がす人、ただそれだけである。
「で、でも、ヨウジロウちゃんはまだ赤ちゃんなのよ? そんな事が出来るわけないじゃないの」
フミリエが自身の左手の小指を
「当然そうです、自分の意思とは考えにくい。恐らくは……、精霊の
なんとも歯切れの悪いカシロウだがそれもそのはず、この世界には精霊が存在すると信じられているが、その存在を感じる事は出来てもその姿を見た者は誰もいない。
精霊の存在を感じ取れるものだけが『魔術』を使う事ができると言われている。ゆえにカシロウは一切の『魔術』が使えないのだ。
「精霊がヨウジロウちゃんを守ってる、という意味ね?」
「そうではないか、という程度ですが」
なるほどね、と納得顔のフミリエに対して、よく分かっていない様子のユーコーとハルさん。
この中で魔術が使えるのはフミリエだけなので、精霊に対しての認識に差があるのも当然である。
この魔王国で魔術を使えない者は三割程度。他に潜在的には使えるが訓練や発露の機会が無かった者が三割程度。
残りの四割程度の者が魔術を使える、と大体はそう定義されている。
「今日からヨウジロウは私が一人で世話をしよう」
「どうして貴方が一人で?」
「私もやったからさ。『臭くて堪らんぞー』ってな」
カシロウもハルさんと同じく、ヨウジロウのオムツを鼻に近付けて匂いを嗅がせていたが、謎の刃に襲われる事はなかった。
「なら、私も大丈夫だわ」
「どういう意味だ?」
「私もやったのよ。『カシロウさんにばっかり似ちゃってー!』ってね」
ペロリと舌を出しながら、ユーコーがヨウジロウのほっぺたを抓るフリをした。
それでもやはり、ユーコーも謎の刃に襲われはしていなかったのだ。
翌日からカシロウ不在時はユーコーひとり、帰ってからは二人でヨウジロウの世話をした。
ハルさんやフミリエも家事の手伝いは手を出すもののヨウジロウには手を出さない。
フミリエ女史は寂しそうだが両親が決めたこと、こればかりはしょうがない。
根本的な解決法では全くないが、何事も起こらない日々を過ごし、上手くいくように思えた。
けれど、ヨウジロウの夜泣きが酷くて眠れなかった翌日もユーコーひとりで世話しなければならない。
もちろん普通の家庭は皆がそうしているのだが、やはり体の弱いユーコーが体調を崩した。
「こういう事もあろうかと
ベッドに横たわった妻に、カシロウは優しく微笑んでそう言った。
そして『ちょんまげ下天』改め、『
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