第5話「事の起こり」
「あそう、僕も天狗と呼ばれてるけど、たぶん僕の事だろうね」
やはり……と呟いたカシロウは、掛け布団を
「どうか! 我ら親子に力を貸して頂きたい!」
「……え、あ、あぁ、もちろんそれは構わないんだけど、ね。とりあえず布団に入って横になんなさい、ね?」
そう言ってからオホンと
「目に毒だから、さ。里長の奥さんの」
スラリと引き開けた障子の先。
縁側の床の上、目尻の
「あらあらまぁまぁ、私ったら……。えっと、そうそう、お洗濯物を取り込むのでしたわ」
ぽん、と手を打ち中年女性はそう言って、「結構なものをありがとうございました」と付け加えてパタパタと去って行った。
「……結構なもの、とは?」
首を捻るカシロウに、天狗が指を指して再びの空咳一つ。
その指を追ったカシロウの視線は自らの胴へ……
「ぬぅわっ!?」
全裸だった。
カシロウ、慌てて跳ね除けた布団を引っ掴んで下半身を隠す。
「全く……、里長の奥さんは自由人で困っちゃうねぇ」
天狗が改めて障子を閉めると、先程の中年女性が座った位置の、ちょうど視線の高さに指の先ほどの穴。
先程のやり取りを思い出して赤面するカシロウ。
きりりと引き締まったカシロウの体。
少々見られたとて恥じるものではないが、ちょうど穴に背を向けて全裸で土下座。真後ろから見られるのには
「ま、減るもんじゃなし気にせずに、話を進めようよ」
「少し長くなりますが……」
カシロウは事の起こりを一から詳しく説明した。
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
事の起こりはひと月ほど前。
カシロウに与えられた魔王城一階の部屋でそれは起こった。
カシロウの養母であり義母、フミリエ・トクホルムが部屋を訪れヨウジロウの世話をしていた際、突如としてフミリエの左小指が千切れて飛んだ。
「ご無事ですか
その
「あらカシロウさん、今日は随分と早いのね。工事が順調なのかしら?」
「いや河川工事ゆえそんな一日二日で劇的に進んだりはしませんが……そんな事よりハルからは小指が千切れたと聞きましたが?」
額の汗を袖で拭うカシロウを見遣り、フミリエはあっけらかんと言ってのけた。
「そうなのよ。急に千切れて飛んじゃったから、ワタシもびっくりしちゃったのよ」
「ぐずるヨウジロウをあやしてくれてたんですけど、私が目を離した間に『あいたっ!』て声が聞こえて慌てて戻ったら……」
そこまで言って、ユーコーがリビングの壁を指差した。
指先を追って視線を動かすと、壁に点々と赤い染みの跡。
「……一体何があったんです?」
「……さぁ? ホント分かんないのよ。慌ててヨウジロウちゃん取り落す所だったから、原因なんて調べる余裕もなかったの」
「そうですか……。それでお怪我の具合は?」
左手を開いてカシロウへと向けるフミリエ。
「まぁ千切れちゃったもんは戻んないけど、ユーコーが治癒術士さんを呼んでくれたからもう痛くもなんともないわ」
なんと言っても城内における怪我だったのが幸いだった。
このフミリエ・トクホルム、彼女はカシロウらと異なり城外に住んでいるが、二日と開けず孫の顔を見に日参している
こう見えて魔王リストル幼少期の家庭教師を務めた才女である。
早くに母を亡くしたリストルが二人目の母とも慕うフミリエ。
そのフミリエが怪我をしたと聞けば、王城詰めの治癒術士が駆けつけるのは当然の事であった。
「もちろんワタシもヨウジロウちゃんも刃物なんて持ってませんよ」
「部屋中確認したんすが、これと言って怪しいものは見つかりやせんでした」
フミリエの言葉を裏付けるようにハルさんがそう言って
千切れ飛んだ指を確認してみても、綺麗に治癒されており切断面からの検証も難しかった。
飛んだ血痕のやや上部、壁に小さな
そして十日ほど。
またしても事件はカシロウ一家が住まう部屋で起こった。
魔王国の幹部と言えどもまだ若い
中でもカシロウだけは特殊で、十日のうちの五日は河川工事、三日は道場にて剣術指南、残りの二日を休みに充てる日々を送っている。
そしてその日の道場帰り、この間と入れ替わりに、駆けてきたフミリエがその報せをカシロウへと届けた。
「今度はハルさんの左耳が――!」
「
己れの背にフミリエを負ぶり、全速力で駆け出したカシロウ。その速さは常軌を逸した速さだった。
「カシロウさま……、あっしとした事がヘタこいちまった」
「そんなことは良い。どれ、見せてみろ」
傷の様子をカシロウへ見せるべきだと判断したハルさんは、治癒術士を待機させつつじっと我慢で待っていた。
その左耳をよく検分したカシロウが言う。
「お前でさえ、全くか?」
「へぇ、全くでやす。気がついた時にはざっくりでさぁ」
ハルさんの言葉を受け、カシロウは腰に差した二刀の柄尻へ左手を置き、右手を顎にやって「ふむ」と考え込む。
考え事をする際の彼の癖だ。
ハルさんは代々トクホルム家に仕えるオザーワン家の長子。余談だがハルさんの母親はフミリエ宅の家事を担っている。
そのハルさんはかなりの腕の剣術使い。
ここ魔王国で、個の武力ならばトップクラスと言われるヤマノ・カシロウがその剣の才を認め鍛え上げたのだ。
「ねぇ、なにが『全く』なの?」
ユーコーの疑問ももっともである。
「下手人だよ」
「……え? 事故じゃなくて、事件なの?」
前回フミリエの小指が千切れ飛んだ時と違い、ハルさんの左耳はまだ治療が施されていない。
「これは刀傷だ。正面……やや下方から斬り上げる形だな」
「刀傷って、そんな。そうは言ってもあの時この部屋にはハルさんとヨウジロウしか居なかったのよ?」
ふむ、と言って顎に手をやるカシロウ。
「……魔術の線があるやも知れんな。風か氷の刃なら同じようになるかも知れん」
そう呟くカシロウに向かって放たれた、フミリエの大きな声。
「そんな事は後になさい! 耳はもう見たんでしょ!? とにかくハルさんの治療を済ませますよ!」
「…………あ。すまん! ハル! 気をしっかり持て!」
フミリエの声で我に返ったカシロウがハルさんに声を掛けて頭を下げた。
出血多量で意識を朦朧とさせたハルさんだったけど、待機していた治癒術士のお陰で翌日にはケロっと日常に復帰した。
立て続けに起こった事件。
これを解明すべくカシロウ一家は雁首寄せ合いひとつの結論を出すに至るが……
そう、二度あることは三度ある。
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