第2話「ちょんまげ」

 カシロウを取り囲んだ山賊のうちの一人が『ぎゃぁ』だか『あびゃぁ』だとかを叫んでうずくまった。


「……はぁ、やはり起きたか」


 カシロウは小さく溜め息を吐き、両手の二刀をしっかりと握り直して備えた。


「び――びぇ……びぇぇぇぇ」


 カシロウが胸に抱えたが泣く。

 するとたったいま下っ端の肘から先を斬り飛ばした謎の刃がいくつも湧いた。


 なぜ我が子ヨウジロウから謎の刃が湧くのか、未だに原因はなんだかよく分からない。

 分からないからこそ、息子のそれをどうにかする為にカシロウはを離れてこんなところをほっつき歩いていた。


 とにもかくにも生きてこの場を切り抜けねばならない。


 なんと言っても我が子ヨウジロウから放たれる刃は、決してカシロウののだから。


「ふん!」


 唐突にカシロウが振り上げた二尺から、何かを砕く、パンっという乾いた音が響く。

 何かに斬られて呻く山賊を尻目に、残りの山賊どもが首を捻り、何かを察して後ずさる。


「おヌシらも用心せよ。このなんだかよく分からぬ刃は見境が――ぬん! 見境がないぞ」


 そう言いながらも、襲いくる刃を二刀をもって蹴散らすカシロウ。

 けれどまだヨウジロウの覚醒は甘いらしい。マックスならば十重二十重とえはたえだが今はまだ散発。


 今のうちに山賊どもには退散願いたいカシロウだが、これがなかなかそうもいかない。


 びぇぇ、びぇぇとか弱く泣き続けるヨウジロウの声の中、山賊親分ケーブは怯まず一歩を踏み出した。


「お――怯えるな野郎ども! ヤツの方が襲われてんじゃねえか! 一気に掛かれ!」


 そうは言ってもよく分からぬモノはやはり怖い。

 山賊の誰もが――あのヴォーグでさえも尻込みする中、山賊親分はひと味違った。


「まずは俺っちのこいつだげ! 火の精霊よ! 俺っちに従え!」


 山賊親分の揃えた掌から放たれた炎の玉。一直線にカシロウ目掛けてドウンと飛び出した。


 ――魔術を使うような風体ふうていではない。


 そんなことを思っていたカシロウだったが、やはり見た目で判断は良くなかったなと即座に考えを改める。


 そして己れに向かって襲いくる割りと大きな炎弾を、ヨウジロウの刃を叩くに斬り裂く。

 二つに分かれるでもなく、カシロウが振るった二尺が断ち割ると共に炎弾は霧散して消えた。


「な――なんでぇ今のは……」

「ん? ただの袈裟斬りだが?」


 驚いたのは親分筆頭に山賊一味。

 みな一様にポカンと口を開けて目を丸くする。


「悪いな、とっておきだったろうに。私にはこういったシンプルな魔術は効かんのだ」


 ヤマノ・カシロウは生来ちっとも魔術の類が使えぬ男だが、なぜだか魔術を全て断ち割ることが出来る。

 なぜ可能なのか、この時のカシロウは全くもって理解していない。


「そ、そそそんなバカなことがあるけぇ! 俺っちの魔術は並みだぜ!」


 そう叫ぶ山賊親分は再び炎弾を放つ。

 子豚ほどもあった先ほどよりも更に大きい、親豚ほどもあろうかという炎弾を。


 更にヨウジロウの刃が二つ、同時にカシロウを襲う。


 半透明で大変に見辛いヨウジロウの刃。

 けれどカシロウはこの三日三晩、ヨウジロウが起きている間は襲われ続けた。そしてその結果、ずいぶんと慣れた。


 まずは刃をひとつ、体捌きでスッとかわして二つ目の刃を二尺で砕く。

 そして最も遅く訪れた炎弾を二尺二寸の横薙ぎでく。


「ふぅ――。なかなかの威力らしいが下天げてん並み、って事はないだろう。リオやヴェラは勿論、クィントラにさえ及ばんぞ?」


だと? なんでぇ、下天と戦った事がある様な口振りじゃねぇかよ」


 はた、とカシロウ遂に気付く。


 魔王国ディンバラの首都トザシブ、そこに暮らすカシロウは有名人だ。

 このを見てカシロウをカシロウだと気付かない者はほぼいない筈だった。


「あるぞ」

「……は?」


「私はの序列十位、のひとりヤマノ・カシロウ。先の御前試合で優勝した者だが、知らぬか?」


 四年に一度行われる『御前試合――魔王国最強決定戦――』において、カシロウは今年と四年前の二大会連続で優勝している。


 魔術を斬り裂く剣術と、戦の経験、さらに加えて『殺したら負け』のルールもカシロウ優位に働いたのが大きい。


 魔術メインで戦う者は強大な魔術を使えば相手を殺してしまうかもしれないが、剣術メインで戦う者は斬らなければ相手は死なない。なんなら今のように峰を返せば良い。


 結果、魔術使いは加減せざるを得ず、その程度の魔術ならば容易に斬り裂くカシロウに勝てる筈もない。


 それでも全く魔術が使えない者の優勝は大会史上初めての事である。いかにカシロウの存在が非凡であるか判ろうというもの。



「オメエがあの! ちょ、ちょんまげ下天とか言うあの――!?」


 ――下天とは、ここ魔王国の十人の幹部のうち、魔王を除いた九人のことを指す。魔王を入れた十人なら十天じゅってんと呼ぶ。


 その最下位、序列十位がこの男。


「――あのか!」


 そう、このヤマノ・カシロウこそが二十八年前、王城上空から降り落ちた

 魔王国にとっての吉祥と言われたあの赤子がこのちょんまげ男なのだ。



「まじか……。あのちょんまげ下天か……」

「ちょんまげってこういう髪型だったのか……」


 山賊どもはおおよそ皆がおよび腰。下天のひとりであるということは、武力的にもこの国のトップレベルなのだから当然である。


「悪いことは言わん。怪我する前に引き上げろ」

 

 しかし山賊親分は頷かない。


「や――ややややってやるるぅぅわぃ! 望むところじゃいちょんまげ! 貴様を倒して名を上げてやるぅぅるわ! 行くぞヴォーグ!」


 山賊親分ケーブが巻き舌でそう言い、ほぼ狼の顔面を持つ獣人ヴォーグは頷きぺろりと舌を舐め上げた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


毎日朝晩の2話更新の予定です!

書き溜めが続く限り!


もし途絶えたらお察しくださいませ……

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