第1話「ヤマノ・カシロウ」

 鬱蒼と繁る森の中、暮れかかる赤く染まった日の光だけを頼りにヤマノ・カシロウは駆けていた。


 自慢の二本の愛刀――和泉守兼定いずみのかみかねさだを鉈替わりに両手に携え、を阻む藪を断ち斬りがむしゃらに駆けていく。


 ――泣くな。頼むから今は泣かないでくれ。


 けれどカシロウの願いも虚しく胸に抱えた赤子が、ひっ、ひっ、とこの後に続く泣き声への予備動作を始めた。

 が――


「ひゃっはぁぁぁぁあっ!」


 ――それと同時に響いた奇矯な声。

 突如として頭上に生じた殺気を感じたカシロウがそれを迎え撃つ。


 右手にぶら下げた長い方の兼定――六六cm強二尺二寸を地摺りの要領で斬り上げる。

 ぎぃん、と不快な金属音が鳴り響き、ちっ、と二つの舌打ちと共にさらに下から繰り出された左の六〇cm強二尺


「ぬ――?」


 カシロウの左手が振るった二尺に手応えはなく、代わりに右肩にトンっと踏み台にされたらしい軽い衝撃が一つあるのみ。


 ――剣はともかく身のこなしが常人のそれではない。


 カシロウが視認できるぎりぎりの距離。

 そこにすたっと地に降り立った者が言う。


「よくさばいたな」

「お主もな。どうやらなかなかやるらしい」


 充分な距離だと判断したカシロウはそう返し、両の兼定をチチンと小さく音立てて鞘へと仕舞う。


 夕闇に遮られて朧げだが、身のこなしからしてただの人族ではないらしい。恐らく獣人、なかでも鼻の効く犬の類の獣人だろうとカシロウは推量する。


「でかしたヴォーグ! やっぱオメエの鼻と剣の腕は最高だげ!」


 ほんの十数秒、いや十秒にも満たなかったかも知れない。

 ヴォーグと呼ばれた獣人とわずかに対峙した間に追いつかれた。全力で駆けたつもりがどうやらあまり引き離せていなかったらしいとカシロウは気付く。


 やはり己れの体力の消耗、睡眠不足、さらにはによるダメージ、その全てがすでに相当なものだと改めて悟る。


 実際にカシロウはすでに満身創痍。


 常ならば山賊の十や二十に背を向けて駆け出すという事はない。……ないが、今はもう、謝ってでも避けたいぐらいの出会いなのだった。


「よぉ! 兄さんよぉ!」


「ん? 私のことか?」

「オメエより可笑おかしな頭した奴はいねぇよぉ!」


 これは山賊親分が正しい。


 ヤマノ・カシロウの髪型は

 さらに羽織はおはかま雪駄せった履きの二刀差し。


 ある世界のある狭い時代においてはポピュラーだが、この世界では恐らくオンリーワンの装いなのだ。言われるのもしょうがない。



「大人しく有金全部置いてきゃ命までは取らねぇよ」

「なんだ、そんな事なら逃げることもなかったか」


 カシロウは背に負った行李こうりを丸ごと放り投げて寄越す。


「全てれてやるから早く去れ――いや、釣り替わりに教えてくれ。を知らぬか?」

「いやそれがよ、オラっち達も探してんだ。こっちが教えて欲しいくれぇでよ」


「そうか……。ならばしょうがない。その荷を持って立ち去れ」


 そう言ったカシロウの言葉に誰も従わない。山賊どもは立ち去らない。


「その。ぱんぱんに金の詰まった胴巻どうまきじゃあねぇのかよ」


「馬鹿言うな。だよ。お主らに追い立てられたせいで目を覚ますとこだったぞ」


 この子が目を覚ませばとんでもない事になるやも知れぬ――カシロウはそう考えて走って逃げたのだ。


「そうけぇ。そりゃ悪いことしたな。じゃコイツだけ頂いて――」

「待てケーブ。ヤツの剣も頂くぞ。オレの剣を受けても折れねえ、ありゃ業物わざものだぜ」


 髭もじゃ蓬髪の太った山賊親分をケーブと呼んだ男、さきほどの奇矯な雄叫びの獣人ヴォーグだ。


「なるほどそりゃ確かだ。よう、変な頭。聞いてたろ、その剣も寄越しな」

「そればかりは聞き入れられぬ」


 首を振りつつそう言ったカシロウは右手で兼定二尺二寸を抜き放ち、山賊どもに威圧を飛ばす。


「すでに小遣いくれたんだ。意地張らねぇで、刀くれえ置いてきゃ怪我しなくて済むぜ?」


 対してカシロウ。すげなく山賊親分に言ってのける。


「刀はの命。さらにこの二刀は命にも代え難い」


 この世界に生まれ落ちて。誰よりも長い、それどころか前世からの長い長い付き合い。

 前世で旧主から拝領した名刀――和泉守兼定なのだ。はい分かりました、と頷けるものではない。


 けれど山賊たちには関係ないこと。それぞれ得物えものを手に手に構え、カシロウを包囲する様に散開する。


「大人しくしてりゃあ、命までは取られなかったのによ…………者ども、かかりやがれぃ!」


 森のやや開けた所、もうしばらくは夕日も沈まないだろう。

 どうやら人族・魔人族・獣人族の混成らしい。人数は十五人は下らないが二十人には届かない、そして己れの体力は…………言うに及ばず枯渇寸前。


 かれこれ三日三晩、僅かな食事と僅かな睡眠しか取れていないカシロウなのだ。


 二尺二寸をだらりとぶら下げて構えるカシロウはそう冷静に状況を確認し、では苦労しそうだと判断しつつ、それでもやはり刀の峰を返した。


「掛かってこい。殺しはせぬつもりだが――……いや、、殺さぬ、つもりだ」



 闇雲に突っ込んでくる山賊どもの得物をなし、首筋に刀の峰を叩き込む。

 頭上から振り下ろされた剣を兼定かねさだでフンワリと受け、左手で相手の手首を極め、投げる一瞬でそのまま手首の骨を折る。


 下っ端と思われる人族の数人を叩き伏せ、ふぅと一息ついたカシロウへ、先程までとは月とスッポン、落雷の様な剣が振り下ろされた。


 先ほどの獣人、ヴォーグだ。


「おう!」


 掛け声と共に、素早く抜いた左の二尺を摺り上げる。

 ぎぃんと硬質な音を上げ、なんとか兼定で受け止め間髪入れずに右の兼定二尺二寸を薙ぎ撃つ。

 しかし再びそれに手応えはなかった。


「やっぱ業物だぜケーブ!」

「ああ、見てた。絶対に手に入れるぞ!」


 細身の体に割りと整った顔立ちのと、その真逆、ゴツい体に髭まみれの山賊親分が舌舐めずりでそう言った。



 万全のカシロウなれば、あれほどしっかりと相手の剣を受け止める事などしない。

 こちらの刀が折れるからだ。


 相手の言う通り、折れなかったのはただ、カシロウの刀が兼定だったという一点のみ。


 疲労の極みにあるカシロウは、ふぅとひと息ついて自らに言い聞かせる。

 例え疲れ果てていようと胸を張れ、正しく剣を振れ。私には守るべきものがある、と――。



 けれどそうは言うものの、最初に数人倒してからは相手の数がなかなか減らない。


 中堅どころの連携が思ったより良い事に加え、先程の落雷の様な剣、それに山賊親分の飛礫つぶて、この二つが折り良く割って入る為に思うようには叩く事が出来なかった。


 ヘロヘロのカシロウは、それでも自分に鞭打って戦っている。


 カシロウが案じていたその時は、不意に来た。


 カシロウの胸の辺りから一尺の距離、きらめが現れ弧を描く。


 そしてやはり、カシロウが考えていた通りに被害者が出る。

 悲鳴と共に一人の山賊の肘から先が千切れ飛んだ。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


https://kakuyomu.jp/users/hamahamanji/news/16817330667744492417


今作の表紙を近況ノートに載せています。

かっちょいいんでちょいと覗いてくださいなღゝ◡╹)ノ♡



それと前話の序「吉祥」。PVのつき方からすると読まずに1話来る方がわりといらっしゃる様で……

お手数ですが、序も読んで頂いた方がよく分かる作りになっております(*⁰▿⁰*)!

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