第10話~遺伝子ノックアウト~
遺伝子ノックアウトを知っているだろうか。ある生物に機能欠損型の遺伝子を導入するという、遺伝子工学の技法のことである。この技法は、配列は既知であるが、機能がよくわかっていない遺伝子を研究するときに用いられる。
ここにも。
「何度言ったら分かる! 僕は工学部だ!」
ソラが朝から怒号を飛ばしているのには理由がある。なぜなら、姫君が、ソラが工学を学んでいることを疑っているからである。
「遺伝子ノックアウトだって知ってるさ!」
姫君は現在自室におり、政策会議を終わらせた直後だった。
「ソラ、たまに冗談言う時あるから信用できない」
「僕が冗談言った? 馬鹿げている。いつそんなことを言ったのか」
「なんか、茶化してる」
「具合でも悪いのか?」
明らかにおかしい。
「……別に」
不自然な間であった。
「何があったのか言ってみろ」
「……はぁ。あのね」
「何だ」
「私の国って、戦争が強いのよ。でも、何で強いのかっていうと、最強の騎士団がいるから。ソラの大好きなエンジが入ってる『第一騎士団』は、特に最強。それでもし、その最強騎士団が敗れたらって思うと恐怖だから会議をした」
「だから何だ」
「そして思ったの。いっそ、騎士団ごと強くすればこの国は永遠に栄えられる、ってね」
「ん?」
「だから、今予算のことでトラブルが起きちゃってて、賛成派と反対派が揉めてるの」
「なるほどな。一応僕は軍人なのだが、これはどうするんだ?」
「軍隊より騎士の方が地位は上だから後回し」
「その騎士団の現状が見たいな」
「……言うと思った。分かったわ。案内してあげる」
翌日。ソラは王都のど真ん中にある大きな建物の前にいた。
「でかすぎるだろ、これ……」
大きさ的に言えば、姫君の宮殿と同じくらいのサイズだと推測できる。そう、『トゥンプル騎士団』の建物の前にいるのである。
「大きいも何も、力を持ってるんだから当たり前じゃない?」
「そうなのか?」
建物の向こう側には、闘技場や遊園地、水族館らしきものもあり、栄えていることが見て取れた。
「異世界あるあるってやつか。大きいものはとことん大きいな」
などと感心していると、横に女性が立っていた。
「たしかにな。傍から見ると、大きいように見えるのか」
その女性はおそらく180cmはあるだろう高身長であり、目がキリっとしていて、髪の色は金髪。そして、騎士としては珍しいボブヘアであった。
「え? 誰でしょうか?」
彼女の名前を、
「ヴァライファー・ブルク・オリビア」
と言った。
「オリビアさんで良いですか?」
「好きな名前で呼びたまえ。特に構わない」
気づくと後ろには、もう姫君の姿はなかった。
「そういえば貴殿、ここに何の用事があって来たのだ?」
「え? あ? は? この国の騎士を知りたくて……」
「騎士を知りたいのか。さては貴殿、なかなかに変わり者だな」
「騎士って変わり者ばっかりなんすか?」
初めて聞いたぞ、それ。
「たしかに、変わり者が多いな。私もかなりの変人だ」
「オリビアさんみたいな人は変人って言いませんよ」
「そう言ってくれて嬉しい限りだ。ありがとう。だが、変人が過ぎて同業者も引いている」
そう言って、笑って見せた。
「どんな感じなんすか?」
純粋に気になったので聞いてみると、
「私はこの国で唯一、魔法が使えない民だ」
衝撃的だった。
「じゃあ、どうやって攻撃するんすか?」
「剣だ。私は腐っても騎士。この剣を手放すのは、自分の命を手放すようなものだ」
「剣に対する愛だけは本物っすね」
「貴殿、見ない顔だな」
「新しくこの国に来た姫君の家に住んでる現役大学生です!」
「ああ、あの人か。姫君の家に住んでるってので分かった」
「騎士団ってどういう現状なん?」
「『騎士団は、軍隊よりも上の位に立ち、王に間接護衛をするもの』と騎士法に定められている」
「なるほどな」
「最近、隣国のウエストランドやオーヘンランド、現在世界一国土面積が大きいラッシュなどが大規模な戦争を起こそうとしている。戦争になれば、我々騎士は真っ先に行かなければならない」
「そうなんすか……」
「我々人類は、恐怖心に勝てないとやっていけない。恐怖なんぞ、母親のお腹の中に置いてきた」
その言葉に感銘を受け、遺伝子がノックアウトされたソラなのであった。
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