第8話~シュレーディンガーの猫~

 さて、君たちは『シュレーディンガーの猫』をご存じだろうか。オーストリアの物理学者、E=シュレーディンガーが考案した量子力学に関する思考実験で、ラジウムがα粒子を放出すると毒ガスが発生する装置を猫とともに箱に収め、α崩壊の半減期を経過した後に猫の生死を問うものである。半減期を迎えた時点でラジウム原子核が崩壊してα粒子を放出する確率は50パーセントであり、量子力学的には崩壊していない状態と崩壊している状態は1対1の重ね合わせの状態にある。一方、これを猫の生死と結びつけると、生きている状態と死んでいる状態を1対1の比率で重ね合わせた状態にあると解釈できる。量子力学的な効果を巨視的な現象に結びつける際に生じる奇妙さを指摘したものとして知られている。

 そうここにも。

「シュレーディンガーの猫を知らない⁉ なぜだ!」

「分からないから分からない」

「分からない人はこの世にいない! 量子力学を学んでいたら分かる!」

「量子力学なんて学ばないわ。当たり前だけど、私貴族階級出身だから」

「……情けない。簡単に言うと、『複数の状態が同時に存在している』ということだ!」

「興味がないわ」

「こらこら二人とも、食事中ですよ」

 あ、そうだった。食事中だった。

「とにかく学べ」

 夜ご飯を食べ終えた後、姫君は部屋で新聞を読んでいた。大きな見出しには『ラプラス、ついに解体!』の文字が。討伐してくれた人欄には、姫君の名前だけが載っている。

「無名な人より有名な人物名出した方がウケはいい。メディアによる汚いやり方ね。そうじゃないと稼げないんでしょうけど……」

 むすっとし

「……ソラの名前入れないと……可哀想じゃない……」

 と呟いた。日記には、毎日ソラのことを書いている。

「今回に関しては、正直私何もしてないからソラを載せてほしいんだけどね」

 ソラはみんなに影響を与えている。でも、みんな知らない。このもどかしさはどうにもできない。

「ソラ……ソラ……ソラ……ソラ……ソラ……ソラ……」

 ソラの名前を何度も呼んでみる。彼にはこの声はもちろん届いていない。

「ソラは……私のこと、どう思ってるのかな……」

 すると何を思ったのか、本棚から『量子力学』の本を取り出し、読み始めた。普段ならば絶対にこんなことはしないが、読んでみた。姫君は、本の虫ではないのだが今日は不思議な気分だ。月の明かりだけを頼りに読んでいた。



 気づけば朝になっていた。

「ノラギア、起きろ!」

 気持ちよく寝ている。かつ、顔が幸せそうなのである。

「一国の姫がこんな時間まで寝ててどうする!」

 本が足の上に落ちてきた。激痛が走った。

「いててて……って……ん?」

 そこには『量子力学』の本があった。さらに、波動関数のページを開いていた。波動関数は、量子力学において、純粋状態を表す複素数値関数のこと。

「教科書じゃねえか……」

 そこには勉強の努力の結晶があった。

「こういうのは見ないでおこう、頑張れよ」

 そう言って、ソラは姫君の頭を撫でた。部屋を出る前に

「知識は持ってても損をすることはないさ」

 そう言い、去っていった。だが、実は、姫君は起きていた。

「ありがと……ソラ」

 なぜか変な空気になる一国の姫なのであった。

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