第3話 魔女の森入り(3)

 山の天気が急変する。

 白いひょうのような塊が、俺たちに向かって降って来た。

 裕希ゆうきは慌てて、リュックサックで頭を覆った。


 呆けていた俺の頭に直撃した。

 その雪玉モドキは、俺に当たると破裂して白い煙を上げた。

 甘ったるいバニラ香水みたいな匂い。


 煙を吸い過ぎたせいで、俺には幻が見えた。


 白い煙の中、サッカーの試合で決定的なミスをした瞬間が見えた。

 イエローカードの累積で俺は退場し、チームは連敗した時だ。


 煙の中で景色が切り替わる。

 バンドメンバーと、歌詞と音そのもので売り方をめていた。

 売れもしないバンドの曲に、俺が余計な歌詞の注文を付けて、複雑な問題になった。


 もういいや。人生終了で。


 意識が朦朧もうろうとして、俺は仰向けに地面へ倒れた。

 裕希ゆうきは打開策を考え続けて、リュックサックから虫よけスプレーを出した。

 雪玉モドキに、そんなもので効くのかよ。


「殺すんじゃないよ。虫は追っ払うんだよ。森へ帰りな!」


 俺に向けて、裕希ゆうきは虫よけスプレーを噴射した。


 白い霧同士がぶつかり合い、消えていく。

 ただの虫よけスプレーじゃないな。

 白い雪玉モドキの煙は全て消えた。


 仕事の出来る女性の顔を裕希ゆうきはしていた。

 俺は一度だけ、お礼をした。


きょうくん、大丈夫?」

「匂いが消えたらなんもだ。助かった、ありがとうよ」

「え、何、ありがと……うれしい。もう一回言って」

「やだ。もう言わない」

裕希ゆうきありがとうと、ワンスモアプリーズ!」

「聞こえていたなら、何回も頼むな!」


 また子供返りだ。

 裕希ゆうきがじゃれ付く。


 お互いにみくちゃになって、地面を転がる。

 その時、視線の先に光る石が見えた。

 俺は手を伸ばして、その石をつかんだ。


「白い宝石か。えーと、文字つき」

「え、見せて、見せて」

「勤勉」

「ディリジェンス」


 おそらく、この石は例の小さい雪玉の怪異を倒したら、手に入ったのだ。


 もしかして。

 裕希ゆうきが持っていたリュックサックを借りて、中を俺は片手で漁った。

 なんと、石ころが3つ入っていた。


 黄色の宝石は、人間性ヒューマンネイチャーの文字。

 赤が、充足サフィシェンシーで。

 黒は、忍耐ペイシェンスだった。


 作詞の経験が少しある俺は、4つの石ころの文字に感想があった。

 それを聞いて、裕希ゆうきは笑った。


「何だか中二ちゅうにみたいな言葉選びだな。面白すぎるぜ、はっはー」

きょうくんの猫みたいな顔、面白過ぎる」

「顔は至って真面目だろうに。いや、話も真面目だぞ」

「例えだよ。例えだにゃあ」


 石ころをリュックの中へ戻した。

 ゴンドラを使って、俺たちは山を下りる。


 今度は、裕希ゆうきが車を運転だ。

 助席の俺は、ドライブが快適に感じた。

 

きょうくん、何処へ行こうか」

「とりあえず……腹減った。駅に戻ろうか」

「あはは、了解」


 俺の腹が鳴った。

 緊張感が少し解けるとこれだ。

 阿仁合あにあい駅に着いたら、何か食おう。

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