第27話「贈り物」

 通常であれば貴族は、幼い頃に親に定められた相手と婚約をして、そのまま添い遂げるのが定石だ。


 私だっていくつも不満はあれど、婚約していた間はショーンとこのまま結婚すると思っていたし、彼だってなんだかんだ言ったりしても、そういったつもりだったはずだ。


 私とジョサイアの夫婦は、そういう意味では、とても珍しい道筋を辿って結婚をしたことになる。


 今思うと、自信を失って頑なになって……ジョサイアの話を聞かずに、結婚式を挙げてしまったことを、後悔している。


 雨のように浴びせられた祝福の言葉を、もっと、幸せいっぱいで楽しめば良かったと。


「……ここに居たんですか。レニエラ」


「はい。旦那様。どうですか? この新しいドレス」


 私ははしゃいだ子どものように、くるんと一回転したら、ジョサイアは微笑んで頷いた。


 今日は誘拐事件が起こった時に手を貸してくださったアルベルト様へ、お礼を言いに行く予定。ちなみにアルベルト陛下は多忙な日々から解放されて、例の温泉のある離宮にも休養を兼ねて行って来たらしい。


 あの温泉は、本当に素晴らしかったから、その話で今日は陛下と盛り上がるかもしれない。


「ええ。とても似合っています。ですが、アルベルトの前では、お洒落し過ぎかもしれないですね……」


 そう言って難しい顔をしたので、私は苦笑した。


「もう。愛妾のことは、陛下も冗談って言っていたでしょう……それより! ジョサイア。似合っている……だけなの? もっともっと、私に言う言葉があるのではない?」


 ヴィアメル王国の男性は、女性に対する褒め言葉が次から次へと、口からあふれ出てくるのが普通だ。その中の一員でもあるジョサイアは本当に真面目な性格だけど、新しいドレスを着てお洒落をした妻に何か言うべき言葉が、あとひとつかふたつあっても良いはずなのに。


 私が首を傾げて尋ねても、何故か顔を赤くして、ジョサイアは俯いた。


「……すみません。なんとも思って居ない女性には、別になんとでも……どんな褒め言葉でも、すらすらと言えると思うんですけど……レニエラに対しては、思って居るそのままを伝えようとすると、なかなか難しくて……」


 なんだか可愛い言葉を言い出した背の高い夫に近付き、私は彼の整った顔を覗き込んだ。


「まあ……ジョサイア。私はいくらでもどこでも褒めてくれて、構わないわ! もっともっと、より心のままに正直に褒めてくれても構わないわよ?」


 顔を赤くしたジョサイアを揶揄うようにしたら、より彼は照れてしまったようだ。


「君と結婚するまで、誰にも明かしたことのない想いで……君にも伝えることはないだろうと、そう思っていました。それが今、本人が目の前に居るんですよ?」


 ああ……そういえば、彼は私への想いを心にしまったままで、オフィーリア様と結婚してしまうつもりだったのよね。


「そうね……けど、あの時の私はもし、貴方から告白をされても、きっと断っていたと思う」


 真面目なジョサイアは何年も婚約状態にあったオフィーリア様との結婚は、責任を取らなければならないと考えていたはずだし、もし、私だって双方共に婚約者の居る状態で……なんて、社交界の噂の格好の餌食になってしまっていただろう。


「……そうですよね。だから、そういう意味で、オフィーリアが一番の功労者ですね」


 ……あ。そうだった! ジョサイアにも、私が彼女にとてもお世話になっていることを、伝えなければ。


「ねえ。ジョサイア。私が売りだそうとしている精油なんだけど、サンプルをお送りした時にオフィーリア様が出してくれた案で、お店でお客様に香油を混ぜてもらうことにしたの……そうしたら、お客様それぞれで、自分の好きな香りになるでしょう?」


 果実の花から作られる精油は、そのまま使うと香りが強すぎる。私は何種類か作ってそれを売り出す予定だったんだけど、彼女からの提案で、定番品の他にもオーダーメイド出来るならもっと良いと提案された。


 だから、お客様ご本人の好みで他の香油と混ぜて化粧水にしてもらったりと、独自のレシピで売り出すことにしたのだ。


「ああ……それは良い案だね。レニエラの事業も、彼女のおかげで上手く行きそうだし……オフィーリアに、何か特別にお礼でもしようか」


 思案している様子で言ったジョサイアに船団を持つ豪商の恋人の居る彼女には、これが一番良いだろうと提案した。


「そうですね……それでは、船でも差し上げます?」


「良いね。大型帆船に、リボンでも付けようか」


 また、私を甘やかして! と、怒りそうなオフィーリア様が、容易に想像出来て、私たち二人は同時に微笑み合った。


「……オフィーリア様はもうすぐ外国に出てしまうそうなので、何かお礼をするのなら、早めに差し上げなくては」


 私が思うところ、オフィーリア様は彼女を想って贈り物をすれば、きっと喜んでくれる女性だ。彼女ははっきりした性格だけれど、はっきりしない元婚約者のジョサイアに対し、あれだけのことをしてくれた優しい人だから。


「ああ……何が良いかな。君が選んだ方が、喜ぶだろう。何でも好きに買ってくれ」


 ジョサイアは本当に、自分の持つお金に対し頓着がないようだ。


 それは別に無限にお金の成る木を森ほどに保有しているようなモーベット侯爵家の財力のせいでも、なんでもなくて、仕事熱心で真面目だから、使う方法を知らないらしい。


 私はそんな夫と、今の話題にぴったりな解決方法を思いつき提案した。


「ねえ。ジョサイア。私たちがたくさん贈り物を持って、彼女の引っ越し先に黙って遊びに行くというのはどうですか? ……道中で、彼女の好きそうなお土産を買うのも良いですし……きっと、喜んでくれるはずです!」


 異国の地で住むのだから、旧知の仲の顔は格別な贈り物になるはずだと私が言えば、ジョサイアは驚きつつも笑ってくれた。


「オフィーリアはそういう驚かせ方を、自分がよく人にするから、きっと喜んでくれるはずだ」


「手紙を書くと言ったら、住所も教えてもらっているんです。そうしましょう? ……ジョサイアだって、これまで本当に大変で働き詰めだったんだから、長いお休みも取っても良いでしょう?」


 とは言え、それはオフィーリア様の優柔不断な婚約者に対する、ほんの仕返しだと知って、本当に強い女性とはかくもあらんと私は思った。


「良いね……僕の休みは溜まっているよ。新婚旅行と言えば、アルベルトだって許してくれるだろう」


 宰相補佐で王の側近だけど、過重労働過ぎるわ。人はお休みを取らないと、死んでしまう。


「今日は陛下が温泉のある例の離宮に行った話をするから、その時にお休みについて話を詰めましょう?」


「策士だね。レニエラ。それを先に話されると、休みを取りたいと言えば断れないだろうね」


 ジョサイアは苦笑したので、私もそれに頷いた。


 そして、登城するために私は彼の腕を取って、表で待つ馬車へと歩き出した。


「楽しみね。私たちの船を借り切っても良いわね」


「……それこそ、船を買っても良いよ。使った後は、どこかの商会に使わせれば良い」


 その時の私の頭の中では、視界いっぱいに青い空と青い海の広がる水平線が見えた。


 前に旅をした時とは、まったく違う喜びを味わえそう!


「楽しみね……! きっと、楽しい旅になるわ」


「そうだね。君がいれば、僕はそれだけで、いつでも楽しいけどね」


 微笑んだジョサイアは、さらりとなにげなくそう言ったので私は彼がお世辞でもなく嘘偽りのない気持ちを伝えてくれる良い夫と結婚出来たことを、神様と他ならないオフィーリア様に深く感謝した。



Fin


※本編はここまでです! ヒーロー視点続きます!

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