第16話「解決」

「それで……レニエラ様は、貴方はどんな仕事をするつもりだったの?」


 ひとしきり私たちは話して給仕が持って来たお茶を飲んだオフィーリア様は、婚約破棄された私がどんな仕事をしようとしていたのか、気になっていたらしい。


 彼女もこれからは恋仲の豪商の妻として生きて行くみたいだし、貴族の身で仕事をしようとしている私の話が気になったのかもしれない。


「あ……そうなんです。実は色々とあった後に、気晴らしに行こうと弟に誘われて旅行をしていて……遠方の異国から来た商人から、果実の花から出来る精油の精製方法を買い取ったんです。それをこの国で売ろうと思っています。香りも良くて美容にも良いし、心身の安定を助けるんですよ」


 私の始めようとしている商売の話を聞いて、オフィーリア様は心配そうな表情になった。


「ねえ。それって……大丈夫な話なの? 商人が全員が全員、悪どいとは言わないけど、利にさといことには間違いないわ。貴女みたいな貴族令嬢って、騙しやすいと思われてしまいそうだけど……」


「ふふっ……大丈夫です。その時の一緒に居た私の弟は、本当に頭の良い子で頼りになるんですよ。だから、精製方法を買い取った商人に気に入られたのは、実は私ではなく弟なんです」


 実はあの時にアメデオが私が気に入った精油を見て、遠方ではなかなか買えないのならと、商人が話を持ちかけてくるように言葉巧みに誘導したのだ。


 本当に頼りになる弟で、私はいつも助けて貰っている。


「貴族令嬢なのに……家庭教師ではなくて、商品を開発して商売を始めようとするなんて、物凄く珍しいわね」


 確かにどんな理由があれど、結婚出来ず未婚のままになった貴族令嬢は、礼儀作法などを教える家庭教師になったりする。そして、仕事振りでは仕えた家の紹介で、結婚出来たりもするのだ。


 けれど、あの時の私はもう結婚する気はなかった。


「私はもう、結婚するつもりがなかったんです。だから、ジョサイアにも一年後に別れようと言っていました……けど……」


 そうだ……そういう……今まで考えていた、すべての前提が崩れてしまった今、私はどんな顔をして彼と会えば良いの?


 戸惑った私が中途半端に言葉を止めてしまったことには触れず、オフィーリア様は肩を竦めて言った。


「その精油、気になるわ……私も使ってみたい。良かったら、またそれを持って会いに来てくれる?」


「はい! もちろんです。試作品をお持ちするようにします。少量しかないので、小瓶になってしまいますが……」


 試作品はまだまだ改良の余地があり、他の香油と合わせる配合なども、商品化を見据えて試している段階だ。


 だから、十分な量は持って来れないと伝えた私に、オフィーリア様は笑って首を横に振った。


「別に、それで構わないわ……その時に、帰ってからジョサイアと何を話したか教えてくれる? 誤解が解ければ、きっと上手くいくとは思うけど、もしあの意気地なしがそれでも何も言わなかったら、私がホールケーキをあの綺麗な顔にぶつけてあげるわ」


 私が以前にしたことを、彼女はジョサイアにしようと言う。


「まあ……ふふっ。けど、オフィーリア様はそれをする権利はあると思います」


 彼女がこれまでにしたことは、全部ジョサイアのためだったと思えば、オフィーリア様にはその権利があると頷いた。


「そうでしょう? そもそもジョサイアが、僕は好きな女性と結婚したいからと、自己主張すれば良かったのに、変な自己犠牲の道を進んだから、こんなことになったのよ! まあ、私は今幸せだし結果が良かったから、別に恨んでもないわ。幸せになれば良いと思う……性格的に合わなくて嫌いだけど、憎い訳でもないから」


 そう言ってあっけらかんとオフィーリア様は笑ったので、私はつられて笑顔になった。



◇◆◇



 私がそろそろ帰ると言って、オフィーリア様は良かったら一緒にと夕食に誘ってくれたけど、急に押しかけたのに申し訳なくて遠慮して帰ることにした。


 その時に、オフィーリア様の恋人も目にしたけど、美しい彼女にお似合いな色気ある美男だった。商人らしくユーモアのセンスにも優れているようだったので、オフィーリア様と二人の会話はいつも楽しそう。


 私は宿屋の前まで見送りに来てくれたオフィーリア様と、名残を惜しんでいた。


「……レニエラっ」


 名前を呼ぶ声が聞こえて私は信じられない思いで、後ろを振り返った。


「ジョサイア!? 何故ここに居るの?」


「こちらの台詞です……オフィーリア。久しぶりですね」


 そこには走って来たのか、荒い息をついていたジョサイアが居た。


 私は驚きと共に、彼は仕事に行ったはずだと思った。しかも、ジョサイア待ちの書類があるからって、呼び出しまでされていたのよ?


 オフィーリア様を見て怒っている様子のジョサイアを見て、私はどうしようとは思った。


 これまでの情報によると、彼がオフィーリア様に感謝こそすれ、怒っているはずなんてないはずだけど……。


「あら、ご多忙のはずの宰相補佐さんじゃない……貴方って、怒ること出来たのね。ジョサイア。いいえ。貴方の感情が動くのは、彼女のことだけ……かしら?」


「そろそろ、恋人に対し隣国へ、圧力を掛けるのは止めてくれと言って貰えませんか。両国の重臣はすべてこの関税問題に掛かりきりで、しかも終わりが見えない。僕への仕返しなら、十分なはずです」


 ……え?


「そうねえ……まあ、だいぶ気が済んだから、許してあげるわ……おめでとうなんて、言わないわよ。貴方がちゃんとしないから、私はほんっとうに嫌な思いをしたんだからね」


 余裕の表情のオフィーリア様は険しい表情をしていたジョサイアに目を向けて、微笑んで言った。


「それは、確かに悪かったと、思っています。ですが、幼い頃から婚約していた政略結婚なので、僕の一存では……」


 ジョサイアの言葉を遮るように、オフィーリア様は右手をかざした。


「別に、そんな言い訳なんて聞きたくないわよ……けど、ちゃんと言えたのね。ジョサイア。貴方は意気地無しだから、一生何も言えないままで終わるのかと思ったわ」


「ありがとうございます……こうして、レニエラと結婚することが出来たのも、オフィーリアのおかげです」


 そんな風にお礼を言いながらも、ジョサイアが不本意な表情を隠さない。


「え……あの、オフィーリア様?」


 ここまでの二人の話の意味がわからなくて、困惑した私を見てオフィーリア様は肩を竦めた。


「ふふっ。嫌いなジョサイアへの、せめてもの、嫌がらせよ! 小国だろうが、隣国から関税について話し合いたいと言われれば、国として対応しなければいけないでしょう? 一番に夫婦傍に居たいと思う蜜月に、仕事ばかりになれば良いと思ったの……けど、なんだか気が済んだから、もう止めるわ」


「あ、もしかして、これまでジョサイアが忙しいのも、全部全部……!」


 これまで、寝る間も惜しんで仕事をしていたジョサイア……そう。自分が率先して、仕事をこなしていたのも、全部、オフィーリア様が仕掛けていたんだ!!


 だって、自分の元婚約者が仕掛けて王も多忙を極めているとなれば、真面目なジョサイアは自分が一番に働くはず。


「そういうこと! 私の恋人は、今関税についてごねている隣国で、ほとんどのお金の流れを握っているの。だから、王族と言えど彼の意向は無視出来ないの」


 なんだか、オフィーリア様のことを、今日までずっと勘違いしていた自分が、恥ずかしい。


 彼女は元婚約者への恋の橋渡しをした挙げ句、ちゃんと手痛い仕返しまでも遂行済みだった。


「尊敬します。オフィーリア様。素敵……」


 両手を組んで私がそう言えば、オフィーリア様は微笑み、ジョサイアも苦笑していた。


「あら! 例の元婚約者への復讐を望むなら、力を貸すわよ。レニエラ様」


 それは、もう……良いかも知れない。あの人がどこで何をしているか、わからないもの。


「いえ。終わったことなので、大丈夫です」


「それもそうね! 過去の男なんて、忘れて次の男に目を向けた方が良いわよ……ジョサイア。ちゃんとしなさいよ。レニエラ様とちゃんと向かい合わないなら、私は何するか、わからないからね」


「わかっています」


 オフィーリア様の指摘に、ジョサイアは引き攣った笑いで何度か頷いた。

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