第17話「理由」
そして、別れの挨拶を済ませ、私たちに手を振ってくれるオフィーリア様に振り返し、言葉すくなに道を歩いて移動した。私がここまで使った馬車はもう帰してしまっているらしく、近くに停めてあったジョサイアが乗って来た馬車へと乗り込んだ。
隣に座っているジョサイアは、いつになく緊張しているようで何も言わない。
こうして黙っている彼は、整った横顔を見ていると、ため息が出てしまうくらいに素敵だし、黙って鑑賞するには、ちょうど良い男性なのかもしれない。
けど、ジョサイアと結婚をして、ついさっき今までの何もかもを覆されるような真実を知ることになった私は、彼には聞きたいことがたくさんあった。
そうよ。彼が何故ここに居るのかも、わからない。
馬車がすべるように走り出した時に、ここで黙っている訳にはいかないと決意して切り出した。
「ジョサイアは、私と結婚を望んでくれていたから……叔母に私を紹介して欲しいと、頼んでくれたんですね」
こちらを見たジョサイアは、私が先に話し出したことに、とても驚いた様子だった。
初めて会った時も思ったけど、ジョサイアは私と話す時……いつも、緊張しているんだわ。
だから、言葉を選んで話そうとしていたの?
……良くあるような社交辞令で、人を褒めること自体は簡単だと思う。私だってなんとも思っていない相手になら、別にそれが失敗したとしても、その後どう思われようが、どうでも良いと思うもの。
けど、それが……もし、絶対に失敗したくない相手だったとしたら?
「そうです。レニエラはオフィーリアに、全部聞いたんですね」
ジョサイアはそれ自体は、そうだろうと思って居たんだと思う。どこか噛みしめるようにして言った。
「……ごめんなさい。私、今思うと、ジョサイアが何かを言おうとするたびに、先回りして聞かないようにしていたわ」
ジョサイアは顔合わせで初めて会った時から、私に何かを伝えようとしていたと思う。
けど、私はそれを敢えて、見ない振りをした。
何も言わなかったのは、真面目な彼がどう言うべきかと言葉を選んでいたからだと、今では理解出来るけど……私はあの時に、彼には愛する人がいると思い込んでいた。
そもそも、自分一人で生きて行くつもりだったし、もう二度と傷つきたくはなかったもの。
だから、先回りしてこうだろうと決めつけた。
オフィーリア様は、ジョサイアが自分に向き合わなかったと怒っていたけど、私だってジョサイアの居る方向へ向いてもいなかったので、彼だってそれから何も言えなかったに違いない。
「あの時は……どうして、僕がレニエラに結婚を申し込んだのかを、どう説明して良いものかと、わからなくなり……だとしても、今の今まで説明を怠り、本当に申し訳ありません」
ジョサイアはこれまでの自分の行動何もかもを、悔いるようにして言った。
「いいえ。なんだか、今思い出すと、本当に自分のした事が恥ずかしくなります。きっとこうだろうと思い込み、私が貴方に話す時間を与えなかったと思うわ。何もかも、私が悪いんです」
これまでに悩んだことすべてが、何もかもが、私が自分勝手にしていた誤解からだった。
ジョサイアが俯いた私の手を握り、真剣な顔をして首を横に振った。
「まず、レニエラは何も悪くありません。僕がどこかタイミングを見つけて、ちゃんと説明すれば良かったんですが……傷付いている君には時間をかけて、ゆっくりとわかってもらうべきだと思いました」
「ふふ……傷ついてはいないです。それって、婚約破棄のことでしょう? 一年も前のことだもの。私は大丈夫です……ジョサイア」
私は微笑んでそう言ったけど、ジョサイアは握っていた手に力を込めた。
「……本当に?」
彼の水色の目があまりに真剣だったから、私はここでどう言うべきか迷った。
ここでは、嘘はつけない。二人の関係を、先へ進めたいと思うなら、彼と向き合わなければ。
私は……傷ついている?
ええ。きっと彼の言う通り、私は傷ついているだろう。けど、それは彼の想像しているようなことではなくって……。
「私が傷ついたのは、別に元婚約者に婚約破棄されたことではなくて……その時に当たり前に持っていたものを、すべて失ってしまったから。けど、今は代わりのものを、この手に既に持っている。けど、たまに思い出すの……何も知らずに居た、あの頃の自分を」
いまだに消せない想いがこぼれるようにして涙があふれたけど、それは切ない表情になったジョサイアが、さりげなくハンカチを出して拭ってくれた。
「……彼のことは、好きだった?」
ジョサイアは確認するように聞いたので、私は慌てて首を横に振った。
「まさか! 全然、好きではなかったわ。大嫌いだった。けれど、彼と結婚するとは思って居た。だって……私たち何年も一緒にいた、婚約者同士だったもの」
そして、そこまで言った私は、すぐ近くにあるジョサイアの顔が、薄暗い馬車の中でもわかるくらいに赤くなってしまっているのに気がついた。
今までずっと、お酒に弱かったり赤面症なのかと思っていたけど……これって、彼が私のことが、好きだから?
そうやって意識してしまうと、急にこの状況が恥ずかしくなった。握られている手も、息がかかるくらいに間近にある綺麗な顔も。
逃げ出したいくらいに、恥ずかしい。
「僕はレニエラが僕に心を開いてくれるには、恐らく長い時間がかかると思いました。だから、とりあえずでも結婚してくれるなら、それだけで満足だと……貴族離婚には両者の同意が、必要ですし」
「それって、私の弟もジョサイアと結婚する前に何度も暗示にかけるくらいに言ってましたわ。一度結婚したら、なかなか離婚出来ないんだからって」
アメデオからも口を酸っぱくして似たようなことを何度も言われていたけど、まさかジョサイアがそんなことを考えていたなんて。
今まで思ってもいなかった。
「君とのことは、絶対に失敗したくない。だから、何度も説明することを躊躇いました。逃げ出したオフィーリアのことを気にしていることを知っていたので、時間を置いて、レニエラに次第に惹かれて好きになったとするべきかと……」
「……私のことを好きなのに、オフィーリア様と結婚しようとしたのなら、どちらにも不誠実でしたね」
けど、それは女性側から見た場合だ。爵位を継ぐ役目のあった彼にも、きっと言い分はあるはず。
「それには、何の言い訳も出来ません……幼い頃に婚約したからには、責任を取り結婚しなければと考えていました……今思えば、オフィーリアは普通ならば有り得ないような贅沢な要求をして、僕がどうする試していたんですね。自分に向き合って、話をするかどうか」
「あの……私は二人の気持ちが、わかります。貴族として親に決められた婚約を果たそうとしていたジョサイアも、他の人が好きなのなら、自分と向き合って話をすべきだと言っていたオフィーリア様も」
ジョサイアは私のことが前から好きだったらしいけど、私は顔合わせまで彼から話しかけられたことも手紙も貰ったこともない。
つまり、今日まで彼から好意を向けられているなんて、知る由もなかった。
だから、ジョサイアは想いを自分の心の中に収めていただけだ。本来ならば、誰にも咎められることのない恋だった。
私のことを胸に収めたままで婚約者だったオフィーリア様と結婚しようとしたジョサイアは、ある意味では、誠実な人でもあったのだ。
けど、あまり保守的な貴族とは言えない考えを持つオフィーリア様の目には、それが不誠実に映ってしまっただけで。
「オフィーリアには、悪いことをしました。彼女が怒っていることはわかっていたのですが、何を怒っているのかがわからずに、多忙を言い訳に彼女に言われるがままにしました。そういう意味では、僕が間違えていたんだと思います」
「あの……ジョサイア。私のことを、いつから好きだったんですか?」
一番に気になっていたことを聞けば、彼は目に見えて狼狽し顔は真っ赤になってしまった。
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