第15話「誤解」
「けど……ジョサイアと婚約されていたなら、それを履行するべきです。ましてや、結婚式直前に駆け落ちをするなんて……それでは、彼は……あまりにも」
あまりに予想外過ぎる今の状況に混乱していた私は、それを彼女へ向け言ってしまってから、いけないと思った。
ここに来た理由は、別にオフィーリア様を批難したかった訳でもなんでもないのに……。
「……さっき、レニエラ様はあんなに大事にしてくれたのにと言ったけど、ジョサイアは婚約中だった私のことを全肯定をしていてるように見えて、全否定をしていたのよ。だって、もし私個人を少しでも理解してくれようとしていたのなら、好き放題をしていた私をそれではいけないと否定すべきだったわ。貴女だって、話を聞いて思わなかった? ……違う?」
私の言葉に対し、オフィーリア様は迷いなく淡々と返した。
「……それは……確かにそうです」
こうして詳しい経緯を詳しく説明されて、私だって彼女の言うとおりだと思う。けど、どうしてもそれを、すんなりと受け入れることは難しい。
今まで私の中にあった彼らと、現実の二人が、あまりにも違い過ぎたから。
「あの人が私に甘やかして優し過ぎるなんて、全部見せかけのまやかしよ。全然、優しくもなんともない。親同士が決めた婚約者だったから、耳障りの良い言葉を言って希望を言えば叶えていれば、余計なこと言わないでしょ。つまり、忙しい自分の邪魔にならないようにしていたのよ。好きでもない婚約者の私とは対話なんて、する気がないの。だから、私はジョサイアが嫌いなの」
「婚約者なのに……それは、良くないですね」
彼女の気持ちを対面して聞くと、オフィーリア様の言うとおりだと思う。
政略結婚の色が濃い貴族同士だから、いずれお互いに愛人を持つこともあるだろう。けれど、それはどんなに高位の貴族だとしても、跡継ぎが出来てからの話だ。
それまでは、出来るだけお互いにわかり合う努力をしたいという彼女の意見は、もっともだった。
「理由は、明白だったわ……ジョサイアは、ずっと貴女と結婚したかったんだと思う」
「私と?」
さっきからジョサイアが私が好きなことが前提で話が進んでいるけど、本当に信じられない。
……だって、もし私のことが好きなら……。
「信じられないみたいだけど、そうなの! だとすれば、自分から好きな人が出来たから婚約解消してくれと私や親に頭を下げるべきなのに、自分の結婚すら役目や仕事の一部だと思っていたんでしょうね。特に現王アルベルト陛下は若年で即位したばかり、側近の自分が、婚約解消して本当に好きな人と……なんて、そんな理由で問題を起こすのは得策ではないと思って居たのかもしれないわね」
「あ……確かに、そうかもしれないです……」
ジョサイアは、真面目な性格だ。だから、仕えるアルベルト様の治世が不安定なのに、身近な自分の何かで世間を騒がせたくないと考えていたのかもしれない。
「けど、それって、ジョサイアの問題でしょ? 私には、一切関係ないもの」
「そ……それは、確かにそうです」
それは、ごもっとも過ぎて何も言えない。婚約者なのだから、ジョサイアの仕事の事情は理解すべきとは言っても、二人の問題なのだから、それは彼女が決めることだ。
「親に決められた婚約者だからと、他の女性を想い続ける男に一生愛している振りをされるなんて、絶対に嫌なの。私は愛する人に愛されて、そして、そんな結婚するのに値する人なの」
「……はい。そうですね。確かに、そう思います」
彼女の言い分を聞いて、私は自然とそう言っていた。
オフィーリア様は確かに、私が当初から思っていた通り、我が儘な自分勝手な部分を持っている女性なのかもしれない。
……けど、彼女が誰にどう思われても自分の望む幸せを欲したいと思うことに、誰が文句を言えるというの?
「ふふ。ありがとう……けど、別にレニエラ様にここで自信過剰だの、なんと思われようが、どうでも良いわ。だって、自分がどれだけの価値を持っているかを決めるのは、他の誰かでもなくて……私、ただ一人だけだもの」
「すごく……素敵です。私は、婚約破棄されてから……自分の価値がなくなったと思いました。だから、自分で仕事を持って、一人で生きて行こうと」
オフィーリア様は強くて、自分の芯を持っている。自分の価値は自分で決めると言った通り、もはや、社交界で下される評価なんか、どうでも良いのだと思う。
私はそれを失ってそれこそどん底まで絶望したというのに、彼女はだからそれが何? と軽く笑い飛ばして、好きな人生を生きようとしている。
それに、私はオフィーリア様という人と、これまでにちゃんと話したこともなかった。それなのに、誰かから話を聞いただけで……彼女はわがままで自分勝手で、嫌な女性なのではないかという決めつけをしていたのだと思う。
だって……彼女が愛し合ってたはずのジョサイアとの結婚式直前に何故駆け落ちをしようとしたのかという理由を、一度でも深く考えようとしたことはあっただろうか?
「あら……何を言っているの。たった一人の男に失礼な態度を取られたからと、だから何よ。婚約破棄を言い出した婚約者の顔にホールケーキをぶつけた話を聞いた時は、私もやってやったわね! と、楽しく思ったわ」
「あ……ありがとうございます……」
それは……知っているわよね。大騒ぎになったらしいもの。
「ジョサイアは貴女には、優しいと思うわ。ちゃんと話したら、理解しようとしてくれると思う。せっかく二人は結婚したんだから、そうするべきだと思うわ」
オフィーリア様は苛烈な性質の持ち主のようだけど、私には優しく諭すように言ってくれた。
元婚約者の想い人が私だとしたなら、嫌な印象を抱いていてもおかしくないのに、胸の大きさだけを先に言ったということは、それ以外は気にしてないってことを暗に伝えたかったのだと思う。
「けど、私たち……契約結婚なんです。一年後に離婚しようって言っていて……」
「え? ……どういうことなの?」
これは彼女には言っておかなくてはと私が言えば、オフィーリア様はとても驚いた表情になった。
「私……二人が愛し合っていたのに、何か誤解があったから、直前に逃げてしまったと思って居たんです。だから、ジョサイアは傷心したばかりだし、私を彼の結婚相手に選んだのも、急遽の間に合わせだったから……彼には、誰にも選べたのにと思って……私からそうしようと伝えたんです」
「あきれた……結婚した妻に、自分の気持ちもはっきりと伝えていないなんて……いいえ。そんな器用な人なら、私ももっと穏便な方法で婚約解消しているわね。今日は帰ってから私から話を聞いたと、ジョサイアへ確認しなさい。きっと、二人の誤解は綺麗に解けてしまうはずよ」
オフィーリア様は、大きくため息をつきながらそう言った。彼女のように大胆で直接的な物言いをする人とは、ジョサイアの真面目で慎重な性格があまり合わなかったのかもしれない。
こうして彼女と面と向かってみれば、私はそれを良く理解出来た。
別にそれは、どちらが悪いと言う訳でもない。家柄と年齢と色々な条件が合わさって婚約したものの、相性が合わないことだってあると思う。
「あの……オフィーリア様。お聞きしたいのですが、結婚式前に逃げた理由は、ジョサイアから逃げたかっただけですか?」
素直に疑問に思っていたことを聞けば、オフィーリア様は面白そうに笑った。
「ふふ。違うわよ。今付き合っている大富豪の彼とは、元々恋仲だったの。一旦騎士との駆け落ちに見せたのは、表向きよ!」
「え……どういうことですか?」
「もちろん先方も了承済みで、口止め料を含めて報酬だって十分あげているわ……私が外国の大富豪と逃げたことになると、それと比較されることになるジョサイアの名誉が一層ね。だから、私が一介の騎士と逃げ出したけど別れて、大富豪と恋に落ちた移り気な女を演じれば、これからもあの国に残るジョサイアは、誰からも同情されると思ったの」
「オフィーリア様は、全部……彼のために?」
嘘でしょう。残るジョサイアのことまで考えて、結婚式直前に逃げたの?
「ええ。だから、私は結婚式前に逃げてやったの。あれだけ大事にされていて、その上で恥を上塗りされて……まあ、移り気な女は憎まれるけど、ジョサイアには可哀想だと同情が集まるでしょうね。私はもうすぐこの国を出て行くから、別に誰になんと言われようが、どうでも良いもの」
「あの……ごめんなさい。私はオフィーリア様を誤解していました」
私が謝ると、彼女は肩を竦めて微笑んだ。
「ここまで来たら……ついでだから言うけど、私が結婚式直前に逃げ出したのは、あれだけ切羽詰まった状況なら、前々から好きな女性にすぐに告白をしに行くと思ったのよ……うじうじと別の女性が好きな癖に、何の行動も起こせずに悩むイラついていた男がね」
「なんだか、私、オフィーリア様のこと……大好きになりました」
だって、こんなの……何も言わずに自分と結婚しようとしたジョサイアのために、私と結婚するように全部計画したってことでしょう?
すごく優しいと思うの。
「あら。ありがとう。私も私のこと、大好きなの。相性も良くなくてずーっとイライラしていた元婚約者の恋路も心配する女なんて、きっと私くらいしかいないわよ」
オフィーリア様がおどけてにっこり笑ったので、私も思わず彼女に満面の笑顔を向けた。
夫の元婚約者の人にこんなこと思うの、おかしいかもしれないけど……頭が良くて性格もすごくさっぱりしてて、出来れば友達になりたいって。
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