原作知識さん、仕事してくださいっ~禁忌魔法使いの裏ボス貴族に転生したので闇落ち回避のために力を封じて静かに暮らしてたはずが、なぜか女勇者が幼馴染みになってるよ~

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話 短編

「リーシュ、今日は体調はどうなのー?」


 窓越しに、顔を出した赤毛の女の子が外から声をかけてくる。幼馴染みのベルベッドだ。


 僕はベッドで半身を起こした状態で、彼女に答えようとした時だった。急に激しい頭痛に襲われる。

 しかし頭が割れそうなその痛みはすぐに引く。かわりに『俺』は、とある理由によって忘れていたことの全てを、思い出していた。


「ああ、最悪だ……」

「えっ、大丈夫っ!? 顔色もいつもより悪いし、誰か呼んでくる?」

「いや、ごめん。俺は大丈夫だから、ベルベッド。体調のことじゃないんだ。ちょっと思い出したことがあってさ」


 勝ち気ながらも美しく整った顔に、心配の表情を浮かべるベルベッド。


「リーシュが自分のこと、俺なんて言うの、珍しいね。本当に大丈夫なの?」


 その指摘は、なかなか鋭い。


 ──さすが将来の勇者様、か。洞察力が高い。あーあ、本当にどうしてこうなったんだろ。


「いや、本当に大丈夫。ちょっと頭痛がしただけでさ。少しだけ寝たら良くなると思う」

「そう? じゃあ残念だけど僕は行くね。お大事にね」

「ありがとう。それに、ごめんな。ベルベッド。せっかく来てくれたのに」

「ううん。じゃあね」


 そう告げて去っていくベルベッドを見送ると、俺はバタンとベッドに横たわる。見慣れた天井を見つめたまま、どうしてこうなってしまったかについて、一人、考え始めるのだった。



 俺こと、リーシュ=ランスレインは、いわゆる悪役貴族という奴だった。


 そのことに気づいたのは物心ついて、自分の容姿を確認した時だ。銀髪碧眼のリーシュという名前で、すぐにピンときた。


 前世でやりこんだゲーム『ルーラーズファンタジー』には、白銀のリーシュという裏ボスが出てくる。俺はどうやらそのリーシュに転生してしまったのだ。


 それに気づいた時は盛大にため息をついてしまった。よりによって闇落ちリーシュかよ、と。


 この『ルーラーズファンタジー』というゲームは少し特徴的なシステムがある。隠しパラメータで、カルマという物があるのだ。このカルマ、善悪の行動によって、ライト(正義)とイビル(悪)に振れる仕様になっている。


 そして闇落ちリーシュこと白銀のリーシュは特異な魔法を使うことでゲームユーザーの間では有名だった。


 それが、禁忌魔法。


 強力無比な攻撃魔法から、反則級の外道な洗脳魔法までバラエティーに富んだそれは、まさに裏ボスにふさわしいチートっぷりだった。


 しかし、どうやらこの禁忌魔法を、特に他者に対して使うと凄い勢いでカルマがイビルに傾く設定らしい。


 発売後しばらくして出た設定資料集。

 当然俺は購入したのだが、その資料集に最初は善良な貴族として領民に慕われていたリーシュ=ランスレインが、青年期の時に、とある事件を経てその秘められた禁忌魔法の才に目覚め、やがて闇落ちしていく話が載っていたのだ。


 そう、原作ゲームではリーシュが禁忌魔法を使うのは十六歳からのはずなのだ。

 それがなぜか、物心ついて前世の記憶を思い出した三歳の時点で、俺は禁忌魔法が使えてしまった。


 俺が原作知識として禁忌魔法のことを知っていたからか。はたまた、転生してきたせいか。結局、その理由はいまだに不明だ。


 なんにしてもリーシュが闇落ちしてしまう最大の要因である禁忌魔法。


 だから、俺はその三歳の時点である一つの選択をした。


 このままでは原作ゲームよりも早いタイミングで闇落ちは確実。そのまま裏ボスとして、勇者に殺される未来が待っている。それを回避するには一つしかない。

 そうして俺は、なぜか使える禁忌魔法を使って、自らの禁忌魔法を自分で封じることにしたのだ。幸いなことに封印の禁忌魔法を自分に向かって使う分には、イビルに傾くカルマは大したことがなかったので。


「問題は、どうやらその禁忌魔法の副作用で、思い出した前世の記憶も一緒に忘れてしまったことか……まさかその忘れている間に、原作でリーシュを倒して世界の平和を守るはずの勇者ベルベッドと幼馴染みになってるとは。なにしてるんだよ、俺は」


 そんな愚痴を思わず漏らしてしまう。せっかくここまでバッドエンド直行の禁忌魔法をほとんど使わずに来れたというのに。もう一つのバッドエンド要素である勇者ベルベッドと今の俺は、かなり親交が深まってしまっているのだ。


「結局、封印の禁忌魔法もなんでか十年で解けちゃったみたいだしな。また禁忌魔法を封印するにしても、再び記憶まで封印されたら、たまったもんじゃないし。うーん」


 いかにしてここから、原作ゲームのバッドエンドを回避するか、ベッドから出て、部屋の中を行ったり来たり歩きながら思い悩んでいると、ドアがノックされる音がする。


「はーい」


 うんうんと唸りながら、元気よく返事はしておく。


「リーシュ様。ベルベッド様がいらしていたようですが……っ! お、お体はよろしいのですかっ」

「ああ、ぴんぴんしてるが……うん?」


 どうやら部屋に入ってきたのは、リーシュの記憶によるとメイド長のメアリーだった。そしてこれもリーシュの記憶だが、ベルベッドは使用人たちからの人気が高いようだ。さすが将来の勇者、人徳も高いのだろう。


 それは置いておくとして、メイド長のメアリーは、才色兼備という言葉がよく似合う女性だ。しかし今はなぜか感極まったように瞳を潤ませている。


 ──あ、そうか。封印の禁忌魔法の影響で、リーシュは病弱にもなっていたのか! 失念してた。


「えっ……! リーシュ様が元気に立ち歩いていらっしゃるっ。本当に、本当に体調はよろしいのですか?」

「え、あー。うん。そうだな。今朝はなんだか、いたって健康だ。メアリーにはこれまで心労をかけたな」

「勿体ないお言葉っ。──すいません、お見苦しいところを」


 そういってさっと溢れだした涙を拭うメアリー。

 それだけで、すぐさまメアリーはメイド長の顔に戻ると、尋ねてくる。


「朝食はお持ちしましょうか?」

「いや、せっかくだし、応接間で食べるよ」

「っ! かしこまりました。直ちに準備いたします」


 そうして応接間で一人食事を終えた俺は、部屋にこもって書き物をしていた。


 ちなみに一人で食事をしたのは、単純に家族は誰もここにはいないからだ。母は原作ゲーム同様リーシュを生んですぐに失くなってしまい、伯爵である父は王都にいる。ここ、ランスレイン領の政務は代官がこなし、屋敷にいるのは俺とメアリーたち使用人、それと護衛たちだけだった。


 ついでに言うと、ランスレイン領は辺境ギリギリに位置するような僻地ということもあり、貴族でないベルベッドが伯爵令息である俺の部屋に、窓越しとはいえ気軽に訪ねてくる程度には、色々と弛かったりする。


「よし、取りあえず覚えていることはだいたい書き出せたかなー」


 俺は書き上げた書き付けを読み直しながら、独り言を呟く。書き出したのは前世の記憶として覚えているこの世界のこと。特に、リーシュにこれから起きる予定だと思われることを列挙していた。


 応接間での食事の間も、俺はいかにバットエンドを回避するかをずっと考えていたのだ。


 ここまでの経験で、まず力業で禁忌魔法を封印するのはダメ。封印自体が原因不明で解けてしまったし、何より記憶を失くす可能性のリスクが高すぎる。


 次に、俺を直接殺すことになるベルベッドと距離を取ることも考えたが、元々ゲームでは、ほとんど親交がない状態でも俺はラスボスとして殺される運命なのだ。


 今さらベルベッドを突き放したところで、その結末が良くなるとは到底考えにくい。


 だとすると、あと狙えるのは、俺が将来遭遇する禁忌魔法を使わざるを得ない出来事、だ。

 それらが起きないように、事前にやれるだけのことをするしかないと、俺は食事を噛み締めながら決意したのだった。


 俺が今の段階で想定出来るリーシュの闇落ちイベントとして書き付けに記載したものは、八件ある。


「ちょうどこれが今の時点で対応できそうだよな」


 書き付けに列挙されたうちの一つを、俺はじっと見つめるのだった。


 ◆◇


 翌日、俺は外出の準備をしていた。


 手持ちの中で一番地味な服に着替えると、準備の最終段階として、館の書庫にお邪魔して、過去の書類を漁る。幸いなことに規則正しく整理されていて、すぐに目的のものが見つかった。


 これぐらいかなと、俺は外出の準備を終える。


 そうこうしているうちに、やけに過保護なメアリーが心配して、結局一緒についてくることになってしまった。


 できればお守り役はいらなかったのだが、まあ気にしても仕方ないかと、俺は馬車へと乗り込む。外出自体は出来るのだ。

 このぐらいのわがままなら通せる、伯爵令息という自分の立場にこの時ばかりは感謝しておく。


 俺の後から、メアリーと護衛の兵士のアドルフが客車に乗り込むと、もう一人の護衛の兵士兼御者のレナーが馬車を出発させる。


 向かう先は、領都の、とある商店だ。


 俺の、リーシュ闇落ち回避の第一歩が今、始まろうとしていた。



「あの、リーシュのぼっちゃん。本当にここで間違いないんですかい?」


 アドルフが不思議そうにきいてくる。確かに病弱で屋敷に籠りきりの13歳の少年が来るには違和感のある店かもしれない。


「アドルフ、リーシュ様への言葉づかいが不敬ですよ」


 御者台からレナーがアドルフに注意する。リーシュの記憶ではアドルフはちょっといい加減で、レナーが生真面目な性格との認識だった。しかし前世の記憶を取り戻した今の俺からするとアドルフぐらいざっくばらんな方がどちらかと言えば話しやすい。


「ああ。レナー、ありがとう。でも俺は気にしてないから」

「はっ」


 かしこまるレナー。彼女はやはり少し堅苦しい。


「で、アドルフ。ここで間違いないよ。あと、アドルフとレニーには少しやってもらいたいことがあるから、よろしくね」

「何なりと」「……何を企んでるんですかい、ぼっちゃん」

「警邏権の行使」

「り、リーシュ様っ。危ないことはお止めください! ただでさえ、リーシュ様はお体が丈夫ではないのに」

「危なくないよ、メアリー。アドルフとレナーがいるんだから。体も無理はしないからさ」


 驚いたように止めてくるメアリー。どこかおちゃらけた様子だったアドルフの顔も一気に引き締まっている。


 俺はそれを見ながら馬車を降りる。


 ドアを開けて待っていてくれたレナーは、淡々とした様子。


 ──うん、肝が座ってるね。さすが辺境近くのランスレイン領の兵士だ。まあ、普通に考えて領主館に勤めるのは、兵の中でもエリートコースだもんね。


 頼もしいなと思いながら見上げた店の看板には『セドック魔導具店』と書かれていた。


「ごめんくださいー」


 俺は声を掛けながら店へと入る。


「いらっしゃいませ。っ! これはランスレイン様。このようなむさ苦しい店にようこそいらっしゃいました」


 深々と頭を下げてくる店主らしき、ふくよかな男性。

 俺はすぐに身元がばれてしまったことに内心ため息をつく。身元を隠したまま探りを入れられるように、わざと家の紋章がついてない地味目の服を着てきたのだが、その準備は無駄だったようだ。


 ──こうなると後は時間との勝負、だ。


「ランスレイン様。私は店主のワイスガルボと申します。本日はどのようなご用でしょうか。ご入り用のものが御座いましたら、何なりとお申し付けください」


 人の良さそうな笑顔を浮かべるワイスガルボ。


「そうですか。では、この店の倉庫を見せていただけますか。アドルフ、レナー」


 俺は店主に向かって単刀直入に伝えてから、店舗の外へと声をかける。

 待機していてもらったアドルフたちが怖い顔をしながら店へと乗り込んでくる。


 しかしワイスガルボはピクッとまぶたを動かすも人の良さそうな笑顔を維持したままだ。


「いかにご領主様のご子息様でも、それはあまりに唐突ではございませんか? いったい何故、そんなところをご覧になりたいので? そもそも地下の倉庫なんて埃だらけで、ご貴族様が行かれるような場所ではありませんよ」


 ペラペラとよく回るワイスガルボの口がそんなことを言ってくる。


「では、この二人、アドルフとレナーに確認をしてもらいましょう。ちなみに俺が事前に納税記録を調べた限りでは、ワイスガルボ氏はいくつか倉庫区画をお待ちのようですね。俺が見たいのが地下の倉庫だってよくわかりましたね?」


 この国でも、店舗区画と倉庫区画だと、かかる税が異なるので、必ず納税記録に残るのだ。


 俺の言葉に黙り込むワイスガルボ。


「アドルフ、地下の倉庫の入り口はそこのカウンターの中の床のはず」

「わかりやした」


 その時だった。ワイスガルボが突然カウンターの中の机を開けて手を突っ込んだかと思うと、何かを取り出す。


「っ! まずい、魔法薬だ。取り押さえて!」


 俺の叫びにアドルフとレニーが一気にワイスガルボに詰め寄る。しかしあと一歩、間に合わなかった。


「ヴァンダーブに栄光あれっ」


 ワイスガルボが一声叫ぶ。それもなんと、ゲームの時のラスボスの名前だった。そしてワイスガルボは手にした魔法薬らしきものを一気に飲み込む。


 次の瞬間、ワイスガルボの体から魔素が溢れ出す。魔素が衝撃波となってアドルフとレニーが吹き飛ばされていく。


「リーシュ様、危ないっ」


 いつの間にか近くに来ていたメアリーが、俺を庇うように立つと片手を前につき出す。

 その手から展開されたのは、防護の魔法。人ひとりをゆうに覆えるぐらいの大きさで展開された魔法の盾が、衝撃波と、それによって飛ばされてきた室内のさまざまな物から俺を守ってくれる。


「メアリー、ありがとう。すごい魔法だね」

「怪我はありませんか? リーシュ様。……良かった。これは昔やんちゃしてた頃の名残です。ただ、あまり長くは持ちません。だから、今のうちに逃げてくださいっ!」


 魔法の盾の裏でメアリーから告げられたのは、彼女を見捨てろと言うこと。

 しかし、俺は到底それに頷くことはできない。


 ──原作では、今から3年後に、領都で謎の失踪事件が起きる。その原因は、この店の地下で行われる人間の魔物化実験。敵国の術者に洗脳されて寝返ったワイスガルボが魔導具屋の仕事を隠れ蓑に、徐々に違法な薬品や機材を集めていくのだ。そうして準備が終わった頃、ここに敵国の錬金術師が潜伏を始める。そして破壊工作の実験の素材として人を拐い始める、というのが、俺の原作知識の情報だった。


 俺はギリッと歯を食いしばる。


 ──だから、今ならそんなに危険はないはずだと。俺は、すっかり原作知識にあぐらをかいてしまった。油断した俺が皆を巻き込んだんだ。だから俺は、逃げない。皆を助ける。例え、禁忌魔法を使ってでもっ。


 俺が決意を固めている間に、衝撃波が収まる。見る影もなくなった店内にいたのは、一匹の獅子の頭をしたモンスターだった。


 鋭い爪の生えた両手を広げて雄叫びをあげる獅子頭。そこへ、左右から吹き飛ばされたアドルフとレニーが躍りかかるように切りかかる。


 二人の剣が獅子頭をとらえる。ざっくりと切り裂かれる獅子頭の上半身。しかし次の瞬間だった。切り裂かれたはずの獅子頭の体が黒い霧のような物をまとうと、傷が消えていってしまう。


 そのまま爪の生えた両腕を振り回す獅子頭。

 その横凪ぎをアドルフとレニーは剣で受け止めるも、その獅子頭の力に耐えきれずに再び吹き飛ばされてしまう。


「リーシュ様! あれは、あの黒い霧は、魔神の加護です! 神に選ばれし者の攻撃しか、あれは倒せませんっ。逃げてくださいっ」


 二人の様子をみて再び叫ぶメアリー。

 ゲームのラスボスである魔神ヴァンダーブ。その加護を得た眷属はゲームでも勇者にしか倒せない存在とされていた。


 しかし実は例外が一名、いる。


 それが、闇落ちして魔神を復活させることになる禁忌魔法の使い手たる、俺だ。


 俺が、こちらに害意をもって向かってくる獅子頭へ禁忌魔法を使おうと一歩踏み出したときだった。


 目の前を深紅の閃光が駆け抜ける。


「リーシュ! 大丈夫っ!?」


 ベルベッドだった。

 今の俺の幼なじみにして、将来の勇者たるベルベッド。その十四歳の少女が、片手に抜き身のショートソードをさげ、その身に真っ赤な光をまとって、俺とメアリーをかばうようにして、ショートソードで獅子頭の爪を防いでいた。


「ベルベッド、どうしてっ?!」

「昨日リーシュの様子が変だったから、気になってお屋敷に遊びに行ったら、なんと出掛けたって言われたんだよ! 大丈夫か、心配になるじゃん」


 ベルベッドのショートソードが獅子頭の指を切り飛ばす。その剣閃は鮮やかの一言につきる。

 原作知識によるとこれでベルベッドは正規の剣術の教育を受けておらず、兵士である父親の動きを真似た自己流なのだ。まさに主人公補正というやつなのだろう。


 俺がそんなことを考えている間に、室内に響く獅子頭の悲鳴。


「──心配かけて、すまん」

「ほんとだよ、もう。追っかけてきたらなんだか変なモンスターに襲われかけてるし。やっぱりリーシュは僕がちゃんと見てないとダメだね」


 剣を振り、獅子頭の残された片方の爪と打ち合っていたベルベッドが、俺の方を見ながらため息をつく。


「うぐっ。──それより、ベルベッド、前っ!」


 よそ見をしたベルベッドに向かって獅子頭のが大きく口を広げると、その口から巨大な舌が飛び出してくる。


 無数のトゲの生えたそれが、死角からベルベッドに迫る。

 しかしベルベッドはまるで見えているかのようにそれを手にしたショートソードで切り飛ばす。


「なんか不思議と視野が広いんだよね、これ」


 そういって自分の周りの赤い光を示すように手を動かすベルベッド。


 ──勇者としての覚醒、か。これも原作ゲームだとベルベッドが17歳の時のはず。こっちも早まってしまったか……


 あまり深く悩まない性格のベルベッドはまあ良いかとばかりに肩をすくめると、獅子頭に向かって一気に剣戟の雨を降らす。


 獅子頭の体の部位が次々に切り取られていく。そしてそのうちの一つが、獅子頭のモンスターとしてのコアを捉えたのだろう。

 一度大きくその身を震わすと、ついにその体が煙となってきえていくのだった。


「終わったみたい?」

「ああ。見事、だな。ベルベッド」

「えっ……。そうかな。──えへへ」


 なぜかとても嬉しそうなベルベッドに、ほんわかしつつ、俺は荒れた室内を見回して山積みとなった事後処理を思って、こっそりため息をつくのだった。


 ◇◆


 あの後、地下室に調査に下りたアドルフたちによって、禁制の素材や実験用器具が綺麗に整頓され集められている現場を確認できた。

 そして、荒れ果てた店舗部分をなんとか片付けて、ワイスガルボが隣の敵国に寝返っていた証拠も無事に見つけることが出来た。


 ただ一つ、あのワイスガルボが獅子頭のモンスターとなった魔法薬だけがいまだ謎だった。

 あれは、原作ではこの時点ではあり得ない物品なのだ。


 このあと、人さらいと魔物化の人体実験をしでかす錬金術師は、まだこの国に来ていないはずで、そもそもあの魔法薬があればそんな人体実験そのものが不要のはずなのだ。


 しかし魔法薬について時間をかけて調査をするも、残念なことに一切手がかりとなる物は見つけられなかった。ワイスガルボが最後に叫んだラスボスの名前を除いて。


 そうして実りの少ない調査を進めながら、俺の方はリーシュとしてのいつもの日常に戻っていた。ただ、一点だけ、大きな変化があった。


 メアリーを始め館のメイドたちと護衛、そしてベルベッドからも危険なことをしたとして、叱られてしまったのだ。

 そして何故か話し合いがもたれ、メアリーとベルベッドが謎の共同戦線を築くと、俺が今後外出する際には必ずメアリーとベルベッドを連れていくことを、約束させられてしまったのだった。


 そんな腑に落ちない変化がありつつも、俺は次の来るべき闇落ちイベントを回避するため、準備に邁進するのであった。


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