第74話 合理的作戦タイム!
「間違いない。ここは31層だ!」
上に、まだ倒していないフロアボスがいる! 敵の強さからして、あれが30層のフロアボスだ。
フロアボスは、それよりも下の層よりも圧倒的に強い実力を持っている。僕の体感的には、10層のゴーレムは17層くらいのモンスターに通用するくらいの強さを持っている。
僕がさっき戦った目玉は32層のモンスター。となれば、30層のフロアボスは間違いなくそれよりも強い。
やれるのか? 僕に……いきなり30層のフロアボス。今ならまだ脱出アイテムで逃げることが出来るけど……。
「なんて、ちょっと悩んだフリはしてみたものの……全然逃げる気にならないな」
このまま30層をクリアせずに帰ったらさすがに消化不良だ。
「とはいえ、何も考えずに突っ込んだらそれこそ非合理的だし……作戦を立てるところからだな」
まずは相手を知るところから。僕は上の階の大きな気配に意識を巡らせる。
上の階のど真ん中に鎮座する巨大なオーラ。それは四足歩行の獣のようだった。
なんだこれは……ライオンか? それともデカい犬? どちらにせよ日本にいるような類の生き物ではないことは確かだ。
……いや、日本どころか現実の世界には存在しえない。このモンスターには首が二つあるのだ。
全身が炭を塗ったように黒く、その中で真っ白な目がギラリと光っている。驚くべきことに、その大きさは体高だけで人間の背丈を優に超えている。犬というよりももはや熊だ。
「どう見ても強そうだけど……一応鑑定もしておくか」
――
オルトロス
30層のフロアボス。
人間のレベルで38相当の強さです。
――
レベル38……!? 格上も格上じゃないか!!
僕のレベルは今27だから、それよりも圧倒的に上だ。人類のダンジョン最高到達記録が27層。それよりも遥かに強いのがこのモンスター。
「――最高だ」
僕の合理性を、限界を、試すのにこれ以上の相手はいない。
けど、レベル38相当かあ。レベル1差でもそこそこ大きな実力差が生まれるのに、11も差があったらどうなるかは想像に難くない。これは、いつも以上に考える必要がありそうだ。
僕の常套手段は散々披露してきた弓チク攻撃だ。これのメリットは、ボディが貧弱なもやしの僕でも、一方的に攻撃を加えることが出来ることだ。
だが、その反面、モンスターに距離を詰められるのにめっぽう弱い。一撃で敵を倒さないと位置がバレることは必定。ましてやフロアボスは階を跨いで追い回してくることが20層でわかっている。
おまけに、ここは21層だ。ここから攻撃をして、オルトロスに位置がバレてしまった場合、僕は逃げることが出来ない。先のフロアでモンスターに挟み撃ちされて終わりだ。
「となると、僕が切れるカードは……」
ツイスタリア――僕は手に持った緑色の弓を見る。
ツイスタリアを使って全力で矢を放てばオルトロスを粉砕することが出来るだろうか? ――否、その可能性はかなり低いだろう。そんなギャンブルみたいな作戦で突っ込んで行くほど僕は馬鹿じゃない。
じゃあ、残りの手札は……<合理化>? 【必中】? 時止め撃ち?
駄目だ、どれも決め手にかける。考えろ。単発の能力でうまく行かないなら、足して、掛けて、無駄なものを減らして――それでも駄目なら、逆転して、応用して――、
「……もしかして、これなら行けるのか?」
その時、電流が走るように新しいアイデアが湧きだしてくる。方向性が決まったら、今度はそれをどう実現するかを考える。
「そんなこと出来るのか? やったことはないけど――この方法ならあるいは?」
思考は数分に及び、それを実行するための準備にはさらに10分近くを要した。
やはりダンジョンはいい場所だ。格上の相手がいるからこそ、普段じゃ考えられないようなアイデアが生まれる。
ゲームで縛りプレイをしているような気分になれる。今ある手札を組み合わせて、最大限倒せる相手を模索する。僕はそんな瞬間に充実感を覚える。
これだよこれ。砂漠でオアシスを見つけたような、無人島でココナッツのジュースにありつけたような、満たされていくような感覚。僕が欲しかったのはこれだ。
「――よし、これだけやれば充分だ」
僕は準備を終えると、昇りの階段がある方に歩き出した。
そして、次に僕が取った行動は――、
普通に、階段を昇るということだった。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
目の前に、オルトロスがいる。モンスターを実物で見たときの圧迫感はいつも想像以上だ。
「初めまして。出会っていきなりで悪いんだけど……ちょっと練習台になってもらうよ」
僕が指をパチンと鳴らした刹那。ダンジョンの地面を貫通し、無数の矢がオルトロスを襲った。
陰キャアーチャーの合理的ダンジョン攻略 ~何って、ダンジョンの外から矢を放って無双してるだけだが?~ 艇駆いいじ @wtw_tie
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