第72話 合理的落とし穴!

 その後、僕は初めての21層へと足を踏み入れる。

 前回はかなりヘトヘトだったから、先に進まずに引き返したんだっけ。


 21層のモンスターはさっきの一撃で全て倒している。違和感があるほどの静寂の中、ダンジョンの壁に僕の足音だけが反響している。


「感知できる範囲にはモンスターの気配はないし……ここはサクッと超えても良さそうだな」


 既に22層に続く階段の位置は分かっている。わざわざ時間をかけてリスクを背負うのは合理的じゃない。最短ルートを選ぶのが吉だ。


「この感じならしばらくは余裕そうだけど……」


 言いかけた、その時だった。


「なん……だ……これは!?」


 僕の頭に流れ込んできたのは、未来視のイメージ。【必中】の効果だ。


 見えてきたビジョンは、周囲はダンジョンになっていた。既視感のあるそこで、僕が歩いているのがわかる。

 その刹那、僕の足元に異変が起きた。ダンジョンの金属製の床に、黒い渦のようなものが浮かび上がったのだ。


 黒い渦は螺旋を描くように回転しており、昔何かで見た回転する錯視の図のようだ。見ているだけで吸い込まれていくような渦は、徐々に広がっていき、瞬く間に僕の体よりも大きくなってしまった。


 次の瞬間、僕はその渦に吸い込まれて下へと落ちていく。


「このビジョンって、まさか――」


 間違いない。これは遠い未来の映像なんかじゃない。僕が見ているのは、すぐ先の未来のこと。


 つまり、今だ。


「しまった!」


 足元を見たときには既に遅い。さっきまで客観的に見えていた黒い渦は、既に僕を飲み込むほど大きくなっていた。


「うわあああああああああああああ!!」


 すぐに襲ってくる落下感。足が地面から離れたときの浮遊も柄の間、僕は引っ張られるようにして下に落ちていく。


 これは落とし穴か!? だが、ビジョンを見たことで僕は足を止めたはずだ。それにも関わらず落ちたということは、この渦は僕を狙って移動したと考えるのが妥当だ。


 いや……それももはやどうでもいい。この穴、どこまで続くんだ!?


 まさか、このまま落ち続けて落下死? もしかしたら落ちた後の先なんてないのかもしれない。なんにせよ、ここから脱出しないといけないのは間違いない。


 視線を上に向ける。僕が落ちた穴は既に見えなくなっているので、アンカーアローで21層に戻ることは出来ない。


「だったら横だ!」


 僕は出来る限り速く、そして強い一撃を横に向かって放つ。

 穴の側面には先が見えないほどの闇が広がっている。だが、あの穴の半径からしてそこまで大きくはないはずだ。


 矢が闇の中を進んでいく。その時、僕の読み通り矢がまるで行き止まりに突き当たるようにして動きを止めた。


 すると、矢が闇を切り裂き、さっき飲み込まれた時とは逆に、暗闇の中から穴が開きだした。


「アンカーアロー!」


 しめたと思った僕は、開いた穴に向けて矢を放つ。矢が穴の外に出た瞬間、僕はそこへ移動した。


「危なかった……!」


 あの渦に飲み込まれて数秒経ったか経たないかという短い時間。だというのに僕の息は切れ、心臓はバクバクと鼓動している。


 穴を超えた先は、ダンジョンの光景だ。ここが何層なのかはわからないが、ひとまず戻ってこれたということだ。


「何だったんだ、今のは……?」


 突然現れた黒い渦。僕がまだ知らないダンジョンの初見殺し要素ってところか?

 あの穴に落ちた後、もし抜け出すことが出来なかったら……一体どうなっていたかわからない。


「とりあえず危機的状況は抜けられたけど……一難去ってまた一難だな」


 ここはどこだ? ダンジョンなのは間違いないが、穴に落ちたのに変わらず21層にいるはずもない。


「……まずい!」


 ほっと息を吐く暇もなく、僕はすぐに気配を消した。

 すぐ近く、角を曲がった先にモンスターがいる。見たことがない、目玉のようなものが浮遊しているモンスターだ。


 危なかった。<隠密>を使ったからこれで大丈夫――、


「キイイイイイイイイイイイイ!!」


 その瞬間だった。


 角を曲がってきた目玉は、僕のいる場所を見る・・と奇声を上げ始めた。


「……冗談だろ? まさかそんなわけ……」


 いや……ありえないというのは合理的じゃない。ここはダンジョンだぞ? それも、ここが一体何層なのかさえわからないんだ。


「キイイイイエ!!」


 目玉は僕の方に直進しながら、雷のようなものを放ってくる。眼前に迫ってくる紫色の

光。僕は咄嗟に地面を蹴り、すぐに回避した。


「やっぱりそうだ……こいつ、<隠密>が効いてない!」


 かなりマズいことになった! このモンスター、間違いなく僕より格上だ!

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