第60話 合理的開戦!

 生徒たちが集められたのは、学院からそう遠くない場所にある森だった。

 都内にこんなに広大な自然があるのかと驚いたのも束の間、この土地自体が学院の所有物だと知ってさらに驚かされた。


 生徒たちは3つの陣営に分かれて、それぞれの組の拠点に集合。遠くから聞こえる勝どきや雄たけびの声は他の組の生徒たちによるものだろうか。……その一方で、僕らの拠点はかなり静かだった。


「定刻になったので、体育祭開始準備を始める! 青組57名に、これよりデバイスを配付する!」


 教員から渡されたのは、青色のリストバンドだ。スマートウォッチのように四角形の板が付いており、そこには『21』という数値が表示されている。


 体育祭と聞いていたから、最初は騎馬戦でもやるのかと思っていたが……まさか、内容はポイントを奪い合うバトルロワイアルだったとはな。


 生徒は一人当たり10ポイント、団長は1000ポイントを所有しており、倒すことでポイントを獲得することが出来る。

 青組は参加人数が少ないため、公平性を保つために一人当たりのポイント数が21ポイントになっているということだろう。


「それでは、これより10分間の準備時間の後、体育祭開催とする!」


 教員がそう言うと、力丸団長が全員の前に出る。


「皆! 今日はよく参加してくれた! 人数こそ他の組より少ないが……それでも私たちは必ず勝てると確信している! 段取りに関しては、昨日の決起集会で伝えた通りだ! 皆で頑張ろう!」


「オー!」


 ひと際大きな声を上げたのは、僕の隣に立つ比奈だ。彼女はかなり楽し気な様子で右隣の僕と左隣の紫乃浦さんの肩を叩く。


「じゃあ、私は作戦通りここを固めるから! 二人とも、生きて会おうぜ! アイルビーバック!」


「どちらかというと歩き回るのは私たちなので、戻ってくるのは私たちな気がしますけど……ありがとうございます。必ず勝ちましょう!」


 それから僕らは開戦前の準備をしてーー10分後。


「……銃声だ」


 遠くから聞こえてくるスターターピストルの音。開戦の合図だ。


「さて、僕らは出ようか」


「は、はい!」


 僕と紫乃浦さんは歩き出し、森の獣道を歩いていく。


 普段はダンジョンでうろつくか室内で勉強ばかりなので、こういう自然の溢れた場所を歩くと気持ちがいい。木々の隙間から差し込む木漏れ日。鼻腔に流れてくる森特有の匂い。休日にこういうところを歩いたらいい一日になるんだろうなあ。


 横を見ると、紫乃浦さんは小動物のように辺りを見渡し、おどおどしながら進んでいるようだ。


「紫乃浦さん、緊張してるの?」


「あ、はい……すみません、気を使わせてしまって……」


「別に気は使ってないよ。でも、せっかく2時間近く暇するんだし、喋って時間を潰した方が合理的かなって」


「た、確かにそうですね……! じゃあいっぱい喋りますね! あ、じゃあ私のことは冬香って呼んで大丈夫です! 呼びやすさは……そんなに変わらないか」


「いや、ありがたいよ。それじゃこれからは冬香で」


 冬香は落ち着かないらしく、話しながらも警戒は怠っていないようだが……それでもさっきよりはいくらか緊張はほぐれてきているらしい。


「あの……こんな時に言うのも変だと思うんですけど……影山くんの本当の強さの話を皆の前でしたの、迷惑でしたよね……それをずっと謝りたくて」


「別に構わないよ。力丸先輩の恋愛事情の話を聞いてたら比奈が絶対に言っていたはずだし、言う人が違っただけだよ。……まあ、僕には恋愛がそんなに重要なこととは思えないけど」


「そうですか? 私は、想い人に告白するために団長になった力丸先輩はとても素敵だと思いましたよ」


「特定の異性を好きになることがあるのは百歩譲ってわかる。だけど、好きならすぐに告白すればいいと思うんだ。いや、そもそも告白なんて手続きを踏むのも非合理的だ」


「ふふっ、なんか影山くんらしさがある考え方ですね」


 冬香が初めて笑った。彼女の笑顔は小さな蕾がぱっと花開くような可愛らしさがある。


「確かに、恋愛は非合理的ですよね。日本の文学だと源氏物語とか、海外だと若きウェルテルの悩みとか……恋愛が人を悩ませたり、非合理的な行動をさせたりする作品は数多くあります。……でも、だからこそ、それだけの魅力があって、人はそれに惹きつけられるんじゃないでしょうか?」


 冬香は僕の目を真っすぐに見つめてそう言った後、ハッと肩を震わせ、顔を赤らめた。


「ご、ごめんなさい! つい長々と喋ってしまって……」


「いや、冬香の考えが初めて聞けたから嬉しいよ。冬香が恋をどう捉えるかは自由だ」


 その時、青組の拠点の方から爆発のような音が鳴り響いてきた。

 僕らは足を止め、音がした方を見据える。


「やっぱり……影山くんが言った通り、もう青組の拠点で動きがあったみたいです!」


「うん。ちょっと見てみる」


 僕は<観測者>を発動し、青組の拠点を感知してみる。


 さて……作戦通りいってくれればいいが。

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