第58話 合理的入団!

 放課後。ホームルームが終わると同時に僕はバッグを抱えて走り出す。


「英夢くんストップ!」


 ……そんな僕の腕を引いたのは比奈だ。


「比奈? 一体何を……」


「英夢くん、体育祭の『入団届』は出したの?」


「何それ……知らない……」


 比奈の口から発される、全く聞き覚えの無い言葉。比奈は『やっぱり』と言ってため息をつくと、腰に手を当てた。


「来週、体育祭があるでしょ? そこで参加する組を決めて入団届を出さないといけないんだよ。今日が最終日」


「……それって、強制参加のやつ?」


「うん、学校行事だからね」


 面倒だなあ……テストと違って、こなさなくても問題ないタイプの行事はやる気が起きない。体育祭なんて特に、どうせ騒がしい生徒が騒ぐだけのイベントじゃないか。


「ぶっちゃけ組なんてなんでもいいんだけど……入団届を出さないといけないの?」


「うん。本部があるから、そこでそれぞれの団の窓口の人に入団届を出して、受理されたら晴れて入団だよ」


「ちなみに比奈はどこに行くか決まってるの?」


「ううん。英夢くんのことだからどうせ先延ばしすると思ってたから、一緒に決めたいなって思ってたの」


 さすが、僕のことをよく理解してらっしゃる……。


 強制なので仕方なく、僕は比奈と一緒に『本部』とやらに歩いて向かう。


「なあ、組って何があるんだ?」


「皆の話を聞いてる限り、赤か白の2択だね。例年だと赤組が優勝のことが多いから、赤の方が人気みたい」


 ふーん。じゃあ赤組に入団届を出せばいいや。どうせこんなのは単なる手続きなだけだし、さっさと終わらせて帰ろう。



「受理できません」


 赤組の本部。僕の入団届を突き返して、窓口の女子生徒が微笑んだ。


「ちょっ、え? 受理できないってどういうことですか?」


「そのままです。あなたは赤組では受け入れられません」


 笑顔を保ったまま、淡々と述べる女子生徒。僕は現実を受け止められなかった。


「そうじゃなくて、理由を教えてほしいって意味です」


 その時、窓口の女子生徒の後ろに立っていた屈強そうな男子生徒が割って入ってきた。


「しつこいな。後がつかえてるんだよ」


 学年章からして2年生。力士のように大きな手のひらで僕の肩を掴みながら睨んでくる。


「……1年か。だったら教えておいてやる。赤組にお前は不要だ。特にアーチャーみたいな、役に立たないジョブの奴はな」


「その意味がわからないです。体育祭なんて、人数が多ければ多いほど有利になるはず。僕の入団を断る必要がないのでは?」


「確かに人数が多い方が戦いでは有利だ。だが、もし各組の『最大人数』が決まっていたらどうだ?」


 ……あー、そういうことか。わかってしまった。


 体育祭は全生徒が強制参加。そして、各組のパワーバランスが同じにならなければ公平さが損なわれてしまう。

 つまり、各組に入ることが出来る最大人数は、学院の生徒数を半分にした人数ということだ。


 どちらの組も、優勝するためにはそのキャパシティの中で優秀な生徒の割合を高めた方がいい。……つまり、理論的には全校生徒の中から上位50%を選出するのがベスト。


 その枠を僕みたいな1年生アーチャーに使いたくないということだろう。


「それに……アーチャーみたいな根暗のジョブを入れると組の士気に関わる。うちは活気のある連中を採用してるんだ。お前が来るような場所じゃねえ!」


 そこまで言わなくてもよくないかなあ!?

 ……にしても、取りつく島もなさそうだ。


「英夢くん……一緒に白組行こっか!」


 比奈は僕の肩をポンと叩き、サムズアップで励ましてくれた。

 ……本当に、僕のことを分かってくれるのは比奈だけだ。


 でもまあ、赤組が駄目でも、消去法で白組には入れるはずだ。

 別に優勝したいわけじゃないし、入れるなら白組でもいいや!



「受理できません」


「なんっっっっでだ!?」


 白組の本部。受付の前で、僕は叫んだ。


 おかしい。赤組か白組のどっちかには入れるんじゃなかったのか!? 話が違くないか!?


「え、英夢くん……」


 さすがの比奈もフォローし難いようで、困った様子で僕のことを見つめるだけだ。


 絶対におかしい。体育祭の組は赤か白で、全生徒がどちらかに入ることが義務付けられている。確かに入団届の提出のスタートダッシュが遅かったことは認めるが、それでもこんなことになるのはおかしい。


「英夢くん、実はね、言ってなかったんだけど……」


 頭を悩ませていたその時、比奈が申し訳なさそうに話し始めた。


「実はね、体育祭の組分けは赤と白の2択じゃないの。あるの、『青組』が」


 ……そういうことか!


 どうりで断られると思った。あるんじゃないか、3つ目の組が! つまり、1組辺りの最大人数は、全生徒の3分の1だった。だから僕は赤組にも白組にも入れてもらえなかった。


「そうなのか! それを早く教えてくれればよかったのに!」


「でもね、青組は長い歴史で1回しか体育祭で優勝したことがないの。なぜならーー」


「僕みたいに、赤組にも白組にも拒否された生徒しか集まらないからか」


 比奈はクラスでも人気が高い。ジョブ的にも実力的にも、赤か白のどちらかに入ることが出来るだろう。彼女としても、僕がそのどちらかに入るのを想定して2択を提示していた。


 だが、僕はどちらに行くことも出来なかった。もはや選択肢はない。


「……僕は青組に行くよ。比奈は赤か白、好きな方にーー」


「じゃあ、私も青にする!」


 ……マジ?


「いや、比奈は赤でも白でも行けるだろ? 青に行くのは僕だけでいい」


「ううん。私、英夢くんと一緒の組にしようと思ってたから! 青で一緒に優勝狙おうぜ!」


 比奈がウインクをしてサムズアップをする。その様子を見て、周囲にいた白組の生徒たちは嘲笑した。


「ハハハハ! 青で優勝? 冗談だろ」


「星翔さん、あのヒョロガリのこと好きなのか? だとしたら男を見る目無さすぎだろ!」


 比奈が僕のせいで馬鹿にされている。百歩譲って僕のことを嘲笑するのはいいが、比奈は関係ないはずだ。……だが、いちいち言い返すのも合理的じゃない。


 僕らは足早に白組の本部を去った。



「全く、今日だけで何回根暗呼ばわりされたかわからないな……」


「英夢くんはイメチェンした方がいいよ! 腕にシルバー巻いてみるとかさ!」


「シルバーねえ……」


 二人で廊下を歩く。散々笑われた後なのに、比奈はいつも通り楽しそうだ。


「なあ、比奈。本当によかったのか? 僕と一緒に青組なんて。青じゃ友達いないだろ?」


「うん! 私もどこの組でもよかったし! それに、まだ友達がいないってことは、これから伸びしろしかないからね!」


 僕を励ますために言っているわけでは……なさそうだ。

 本当に、比奈のこういうところには救われる。


「それに、さっき優勝って言ったのは本気だよ! 英夢くんと私、一人あたり100人くらい倒せば勝てるからね!」


「どこから来てるんだその自信は……」


 青組の本部の部屋の辺りに差し掛かった時、比奈が足を止めた。


「ねえ、あれって……」


 本部の扉の前に立っているのは、図書室で会った少女。確か名前は……紫乃浦さん、 だっけ?

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