第50話 合理的非合理!

「英夢くん? ここって入っちゃ駄目なところじゃないの?」


「ん? 大丈夫大丈夫。何かあったら避難のために入ったって言えばいいだけだから。不法侵入上等!」


 僕は施錠されたドアを力で破壊し、フォルモの屋上へと足を踏み入れた。


「やっぱり空気が美味いな。さっきまでダンジョンにいたからなおさら、天井がないと開放感があっていい!」


「うん、確かに気持ちいいけど、こんなところに来てどうするの?」


 僕は屋上のフェンスの前に立ち、下を指した。


 その先には、フォルモの駐車場。ーーそして、その真ん中に不自然に隆起した巨大な洞窟がある。


「あれって……ダンジョン!?」


「あれが今回の災厄の元凶だよ。駐車場に現れたならそりゃ店内にも入ってくるって感じだよね」


 駐車場では、車をモンスターが破壊し、爆発がところどころで起こっている。

 爆発音と人の叫び声。モンスターの恐ろしい声。様々な音が交わってまさに混沌と化している。


「まだあんなにモンスターが……これじゃどうすることも出来ない……!」


「そこで僕だよ」


 僕の【必中】は、感知できる範囲の敵に攻撃を当てることが出来る。そして、平面に敵が現れるダンジョンでは、もっぱら感知系スキルを使って敵に攻撃を当てている。


 だが、僕は今、ダンジョンにはない高所に立っている。そして、視界には無数のモンスターたち。


 ずっと夢だった。アーチャーたる者、高所を知らなければならないと、ずっと思っていた。圧倒的有利なポジションから広い空間を制圧していく合理性。その快感は計り知れない。


「<シューティング・スター>!」


 僕は天高く矢を放つ。<具現化>で放たれた矢は駐車場の真ん中に到達すると、まるで花火のように分散して駐車場に降り注がれていく。


 数秒後、分散された矢はモンスターたちを貫いていく。矢の数が多い分一撃の威力は高くないが、ダンジョンのボスがいない今、殺傷力はそれでも充分すぎるくらいだ。


「綺麗……!」


「これで一件落着だ」


 全てのモンスターを倒すことが出来た。あのダンジョンがこの駐車場に定着するか、消えてしまうかはわからない。しかし、モンスターが溢れて人を襲うことはないだろう。


「はあ、さすがにちょっと疲れたな……」


 僕はフェンスにもたれかかり、その場に座り込んだ。


 フロアボスとの戦いを終え、災厄の沈下。どちらもこの1時間でのことだ。こんなにハードなスケジュールをこなすとは思わなかった。


「お疲れ様。英夢くん、今回も合理的な活躍だったね!」


「……どうだろうなあ」


「え?」


 ここ最近、ずっと考えていたことがある。


「最近の僕、なんか合理的じゃないような気がするんだよなあ……」


「というと?」


「昔は人助けなんかしなかったよ。僕はずっと自分のことだけ考えてたし、自分以外の他人がどうなってもどうでもよかった」


 前に魔舌に説教したけど、僕とあいつはさして変わらなかった。他人を顧みずに自分の利益だけを追求したほうが楽だし、結果的に得できる場面は多い。


「でも、最近なんだか変なんだ。色々理由を付けて人を助けてみたり、他人のことでイライラしたり……なんか日に日に合理性が失われていく感じがする」


 こうなったのっていつからだろう。僕は記憶を辿る。


「それでいいんじゃない?」


 その時、比奈が僕の隣に座った。


「英夢くんは英夢くんの合理性を突き詰めればいいんじゃないかな! って思った!」


「……どういうこと?」


「だって、合理的な道が1個しかないなんて面白くないじゃん! 英夢くんは自分なりの方法で合理性を極めて、それで強くなれたら一番いいと思わない?」


 ……なんか、色々破綻してるなそれ。


「私はさっき、英夢くんと同じ立場に立って、人を助けるって決めたけど……正直言って凄く怖かったよ。英夢くんって凄いんだなって思った。人を助けることって、合理的かはわからないけど、強いことだと思うよ」


 人助け……か。


 そういえば僕がこうなり始めたのって……比奈と話すようになった時からだよな。


 比奈と友達になったのは、僕にとってはかなり想定外のことだった。これまで、そんな形で人と付き合ったことはない。他人に期待していないからこそ、友達にならないようなコミュニケーションばかりしてきた。


 だが、彼女はそんな僕の心の壁を超えてくる。比奈に会うたび、彼女は僕の知らない世界を教えてくれる。ファッション、ブレスト、弁当。それからーー彼女の言う合理性。


「なんか、比奈には反論できる気がしないな。僕は君に変えられてしまったのかもしれない」


「それを言うなら私だって! 英夢くんと会ってから色々変えられまくりだよ!」


 変化を受け入れることは生物にとって重要なことだ。地球が出来てから現在に至るまで、様々な生物が環境の変化に適応し、変化を繰り返してきた。

 それは生存するために必要なことだったからで、変化することは強さーーすなわち合理性と言える。


 だったら、僕が彼女の言う『合理性』を受け入れることもまた、強くなるための変化と言えるだろうか。


 ――なんて、また言い訳を考えてしまった。


「帰って昼寝でもしよう。明日は学校だし、出来るだけ家でダラダラしたい」


「えー! せっかくの休みなんだからもっと体動かそうよ! そうだ、買い物付き合って!」


「この状況で買い物かあ……意外とメンタルが図太いな」


 僕は『合理的』という言葉が好きだ。

 合理的に、効率よく、最短の道を進むことこそが正しいと信じている。これからも僕は合理的に強くなっていくだろう。


 逆に、『非合理的』という言葉が嫌いだ。


「……まあ、昼寝の前にちょっとだけ買い物に付き合おうか」


 ――だが、それも悪くない。

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