第47話 合理的災厄!【SIDE:比奈】

「よし……これにしよう」


 休日の『フォルモ』は人が多い。翠谷台みどりやだいでも特に大きいこの商業施設は、いつ来ても老若男女様々な人がいる。


 私は本屋の料理本コーナーで何冊かの本を立ち読みした後、『誰でも簡単に作れるお弁当レシピ100』を小脇に抱え、レジに並ぶ。


 星翔比奈。16歳。料理にハマる。


 最初は冷凍食品をお弁当箱に詰め込むだけだった。料理ってなんかめんどくさいし、早起きしてやるほどでもないかなと思っていた。

 でも、ある日、試しに卵焼きを作った時、私は完全に目覚めてしまった。


 もっと綺麗に、美味しく卵焼きを作れるようになりたい。何ならもっと色々な料理を作れるようになりたい。

 そんな気持ちから、最近は休日も料理をするようになった。平日のお弁当も日に日に量が多くなってきたので、英夢君に食べさせている。


「ありがとうございました!」


 店員さんにお辞儀をして、店から出る。次は早速、この本のレシピにある食材を買って、お昼ご飯を作る。


「まずは簡単なやつがいいよね……うん、今日は角煮にしようかな。食材は……え、角煮ってコーラ使うの?」


 本を閉じ、目的地に向かおうとした瞬間。


「キャアアアアアアアアアアアアア!!」


「な、なに!?」


 聞こえてきたのは、耳をつんざくような女性の叫び声。私だけじゃなく、その場にいる誰もが声のした方を見る。

 そして、叫び声は伝播した。私たちの視線の先にいたのは――モンスターだった。


「なんでここにモンスターが……!?」


「おい! こっちにもいるぞ!?」


 別の方から声が上がり、今度は別のモンスターが、店頭に並んでいる物をなぎ倒しながら現れた。


 モンスターはダンジョンにしかいない。フォルモの近くにダンジョンはないし、ダンジョンからモンスターが溢れた場合は、すぐに冒険者たちが対処する。


 だけど、現に私たちの前には、ダンジョンから溢れてきたモンスターが複数。それが意味することは――、


「まさか……災厄!?」


 こんなにいきなり災厄が起こるわけ……いや、あり得ない話じゃない。現に私の前には複数のモンスターがいる。それに、災厄はいつ起こってもおかしくない。


「冒険者は!! 誰かいないのか!?」


 モンスターはまるで嵐のように暴れまわり、店頭のディスプレイを体当たりで粉々に壊している。さっきまでの日常は一瞬で跡形もなくなり、人々は叫びながら走って逃げている。


 どうしよう。どうするにも、今すぐに動かないと。動かないと、いけないのに。


 どうしたらいいか、わからない。


 私は冒険者じゃない。それに、今は武器も持っていない。複数のモンスターと戦って、勝てるはずもない。

 もう少し待っていればプロの冒険者が来るかもしれない。でも、もしそうじゃなかったら? もしこの災厄の規模が大きくて、他の冒険者が駆け付けることが出来なかったら?


 モンスターは強い。1層のモンスターでも、確実に勝てるようになるには訓練が必要だ。少なくとも、子どもやお年寄りが接敵して、勝てる可能性はまずない。


「どうすれば……」


『あの時、なんで割って入ってくれたの? 勝てるかわからないなら、見捨てればよかったのに』


 悩んでいる時、思い出したのは私が英夢君にした問いかけだった。


『言っただろ。君は僕にとって特別な存在なんだ。助けた方が合理的だと判断したまでだよ』


 英夢君。立ち向かうのってこんなに怖いんだね。私を助けてくれた時、あなたの目にはどれくらいの勝算が見えていたの?

 私には、何も見えない。今、何をするのがベストなのか。ベストな選択をしたら、最後にどういう結果になるのか。


 でも、英夢君ならきっとこう言うと思う。


「悩むなんて、合理的じゃないよね!」


 私は辺りを見回し、武器になりそうなものを探す。


「――うん、あれがいい!」


 私はフォルモのエスカレーターの近く――休憩スペースにあるベンチの取っ手を掴むと、思い切り持ち上げた。

 すごく重い……けど、レベルが上がっているおかげでギリギリ振り回せるくらいだ。


「お、お嬢ちゃん!? 早く逃げないと! って、なんでベンチを持ち上げてるんだ!?」


 おじさんが困惑した目で私に話しかける。私は首を横に振った。


「私、戦います!」


 前に美玲さんが言っていた! リーチの長さはゆとりの長さ!


「おりゃあああああああああ!!」


 私はベンチを思い切りモンスターの頭に向かって叩きつける。バキバキッという音とともに、モンスターが絶命した。


「皆さん! ここは私が時間を稼ぎます! 急いでここから離れてください!」

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