第45話 合理的必殺技!
フロアボスは息を切らしながら、憎き相手の僕を睥睨している。
直にモンスターの目を見るときはいつも、喩えがたい感覚に襲われる。恐怖。高揚。期待。不安。パレットの中の絵の具をぐしゃぐしゃに混ぜたような緊張感が僕の中を巡る。
「ギギャギャギャ!!」
「<ラピッドショット>!!」
フロアボスは僕が放った矢を全身に浴び、よろめきながら走ってくる。
「……速い!」
フロアボスは肉薄すると、蹄の付いた手を振り下ろしてきた。
寸前で回避した僕は、すぐに矢で反撃する。
危なかった。今避けられたのは奇跡だ。これだけ疲弊させたのに、まだこんなに速く動けるのか!?
「ギャガガガガガ!!」
「<リペルアロー>!!」
目にもとまらぬ勢いの一撃を矢で跳ね返すと、フロアボスの体は後方に吹き飛ばされてダンジョンの壁を突き破った。
爆発のような衝撃。僕もその風に押されて後ずさる。
「ギギギャギャ……!!」
人間のようにニタリと笑うフロアボス。ヤギが笑うということに意味があるのかはわからないが、標的の僕を前に悦んでいるような気がしてならない。
「楽しんでもらえてるならよかった。僕も嬉しいよ」
ただ……これはかなり厄介だな。
まさかフロアボスにここまで体力があるとは思わなかった。おまけに、こいつは僕が戦ってきたどの相手よりも素早い。【必中】のおかげで攻撃面では問題ないが、攻撃を避けきれる自信がない。
「やるしかないのか、あれを……!」
試験の前。<具現化>を習得した僕は、創造した矢を使った技を沢山考えていた。<ラピッドショット>や<リペルアロー>などは、全てその期間に僕が考えたものだ。
<具現化>できる条件は一つ。『自分の想像の範疇にあること』。
<ラピッドショット>はガンマンの早撃ちから着想を得たもので、それをするためのロジックが自分の中にあるから使える。<リペルアロー>は比奈の加護【絶対反射】を見て自分なりの解釈を加えた。だから出来る。
一方で、<具現化>は自分の常識外の物事に関してはめっぽう弱い。例えば、このダンジョンごと破壊するような威力の技は、想像できないから撃てない。
――いや、正確には撃てるかわからない。想像が及ばないので『この技を使いたい』という意志のみに頼ることになり、イメージ通りに撃てるか、全く別物になるかわからない。
奴を撃ち破るには、僕が持ちうる最高火力の一撃を以って屠るしかない。
僕はこれまでに、そんな攻撃を見たことがない。自分で撃ったことも、食らったこともだ。
だが、これまでの経験を組み合わせれば、できる可能性はある。
問題は……技の威力的に、具現化に時間がかかってしまうということだ。
こんなに素早い奴を相手取って時間を稼ぐなんて正気じゃない。
「何か……手はないのか!?」
口を動かしている間にも、フロアボスは絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。<リペルアロー>にも適応されているため、跳ね返された時に反動が大きそうな威力の攻撃はしてこない。
だが、じわじわと、着実に攻められている。隙を見せた瞬間が終わりの合図だ。
動くなとは言わない。だが、奴がどこを攻撃してくるかが先に分かれば――、
……待てよ? あるじゃん、相手の行動を先読みする方法!
「頼む! もうこれしかないんだ!」
僕は必死に目を見開き、フロアボスの動きを凝視した。未来を見る能力を使うためだ。
今まで意識的にこの能力を使ったことはない。そもそも出来るかどうかすらも不明だ。
だが、この猛攻を耐え抜くには未来視の力が必要不可欠だ。何としてでもこの力をコントロールしなければいけない!
合理的に考えて、遠い未来の美玲の死を予見できたんだから、1秒後ならなおさら見えるはずなんだ。1秒でも駄目なら0.1秒。0.01秒でも……!
「……来た!」
うっすらだけど、フロアボスの攻撃が早くに見えた! 今度は逆に、先読みする時間を0.1秒に、そして1秒に!
「見える……奴の動きが、完全に読める!」
体感的には1秒くらい。フロアボスの攻撃を先読みすることができている! こうなればこっちのペースだ。相手の動きを読んで、予め避けておく!
「ギギャ!?」
僕が攻撃を躱しはじめたので、フロアボスはさらに攻撃のペースを高める。もちろん、それらが当たることはない。
「<リペルアロー>!」
フロアボスの一撃に力がこもってきたその時、意表を突いて攻撃を跳ね返した。
再び吹っ飛ばされるフロアボス。この隙を狙うしかない!
「見せてやる……僕の『最高火力』を!」
<具現化>するのは最高の一撃だ。矢は2発もいらない。たった一撃で、奴を吹き飛ばす。
<三倍>の効果で3本あった矢を1本に凝縮する。かつて戦国武将が3本の矢は折れない言ったように、威力を耐久力を、スピードを1本の矢に合成していく。
3本だけの威力じゃまだ足りない。弦を強く引き、1本の密度を上げていく。僕の体が衝撃で吹っ飛ばない程度に、全身全霊を込めて、持ちうる全てを奴にぶつける――!
これは、ただの射撃じゃない。たった一つの最適解。僕が全ての合理性を総動員して、作り上げる最強の一撃。
「<ラショナル・ワン>」
僕が放った一撃は、地面を裂き、フロアボスの胴体に直撃し、激しい轟音を立てた。
反動で吹っ飛ばされそうになり、全身を駆け巡る衝動と向かい風を抑えるようにる身構える。
光が、3層を包み込んだ。
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