第42話 合理的ストレス解消!
「影山……なんでお前がここに!? 来るなって言ったはずだろ!?」
僕の存在が意外だったのか、魔舌はかなり驚いているようだ。体を小刻みに震わせながら、僕に威嚇のような視線を向けてくる。
「おいおい、まさか僕のことをルール違反扱いするつもり? 自分のことは棚に上げようっていうんじゃないだろうな」
ダンジョン内で、他の味方を置いて勝手に脱出。明確な法律違反だ。直接的に人を殺さなくても、魔舌たちを裁く法は存在する。
「配信をしていたのが仇になったな。もう言い逃れは出来ない。諦めろ」
「黙れ! お前なんかに……お前みたいな迷惑な野郎に言われる筋合いはないんだよ!」
ん?
「オレは筋の曲がったことはしてねえ! ただ面白いと思ったエンタメを追求してるだけだ! それで他人を利用しようが、関係ない話だろ!? お前が大好きな『合理的』だろうがよ!!」
前から思っていたことだが、こいつとは会話の余地がない。会話とは、互いに分かり合うためのツールであり、分かり合えない相手とはする必要がないからだ。
だから、これから僕がやることは蛇足でしかない。
「その一。社会において、迷惑かどうかを決めるのは自分の筋が通ってるかどうかで決まる者じゃない。他人がどう思うかだ。もちろん、迷惑という意見が必ずしも正しい訳じゃない。……が、お前の場合はそもそも迷惑を超えて犯罪だ」
「その二。お前の言うエンタメは面白くない。ドッキリだの実戦だの、コンテンツの内容が乏しいから同じ内容の繰り返しになるんだよ。それで視聴者に飽きられないように同じことをどんどん過激にやる……馬鹿の一つ覚えすぎだと思わないか?」
「そしてーーその三。自分のために他人を利用するやつは合理的なんかじゃない。『囚人のジレンマ』。他者を利用したり、裏切りを働いたりするよりも協調する方が合理的なんだよ」
ふう、すっきりした。
魔舌には理解できないだろうけど、言いたいことが全部言えて満足した。
魔舌はしばらくポカンとしていたが、気を取り直したのか立ち上がって身構えた。
「う、うるせえんだよ! お前、状況わかってんのかよ!?」
魔舌は焦った様子だったが、チラリと後ろを見てほくそ笑んだ。背後の二人が、魔舌に続いて身構える。
「こっちは三人。しかも後ろの二人は現役の冒険者だ。この前は負けたが、お前みたいな不正野郎に勝ち目はねえんだよ!!」
なるほど、なかなか強く出てきたな。確かに現役プロの冒険者がいたらそうもなるか。
ただ、魔舌は致命的なミスを犯している。それは僕をゴーレム討伐に連れて行かなかったことだ。
「殺人で捕まるなら、お前を一人ぶっ殺しても変わらねえんだろ!? おい、二人とも……」
「その二人ならもう動けないよ」
魔舌が振り返ると――二人は既に気を失って地べたに伏していた。
魔舌が長いこと喋っていたので、サクッと倒しておいた。もちろん峰打ち――いや、峰撃ち、なんちゃって。
「な、なんで……お前はアーチャーで、弓を持ってなくて、動いてもないのに……なんでオレが追い詰められてんだよ!!」
魔舌にはわからない。理解できるはずもない。他人の気持ちも、僕との間にある圧倒的な実力差も。
「だったら怪我だけでもさせてやる! <ギガクラッシャー>!!」
「確かに、怪我はするかもな……突き指とか」
魔舌が振り下ろしたハンマーを人差し指一本で受け止めると、僕は魔舌の横腹に蹴りを入れた。
「ほら、面白くなりたいんだろ? だったらまず僕のことを楽しませなきゃ。立ち上がって」
「あああああ、あああああ!!」
体を持ち上げて無理やり立たせ、僕は再び魔舌に攻撃を加えた。
「なんだよ……復讐のつもりか!? オレがやってきたことへの当てつけか!?」
「そんなことしたって僕に何のメリットもないだろ。それに、僕は何もお前を制裁しようとしてるわけじゃないさ」
「も、もう許してくれ! 降参だ!」
降参? 何を言っているんだ、こいつは。
「これはこの前みたいな試合じゃない。だから降参はない。これは言うならば――コラボ、かな?」
「た、頼む! さっきのゴーレムとの戦いでもう戦えないんだよ!」
「そんなことは関係ない。お前は生徒の弱さを、冒険者の功名心を、美玲の誠意を利用した」
美玲はあの時、僕たちの忠告を聞いておくべきだった。
実力がない魔舌の口車に乗せられればこうなることは容易に想像が付くはずだ。彼女自身もわかっていただろう。この結末を予想できなかったのは、おそらく魔舌一人だけだ。
だが、騙されたのは美玲が愚かだからじゃない。彼女が真面目だったからだ。
彼女が抱える視聴者は大半が好意的なファンだが、彼女をよく思わない人間は絶対にいる。
合理的に考えれば、気にする必要がないような意見。だが、美玲はそんな些末な言葉にも答えようとした。魔舌はそんな彼女の心を利用した。
「だから、自分も利用されるんだよ。この僕の合理的ストレス解消に」
なぜだろう。今は凄く――イライラしている。
「た、助けてくれえええええええええええ!!」
顔面に叩きこまれた一撃の音は、魔舌の叫び声で掻き消された。
「……なんて、何言ってんだろうな。僕は」
二発目を打ち込もうとして冷静になった僕は、そうぼやいて立ち上がり、そのまま歩き出した。
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