第38話 合理的亀裂!

 僕の予想通り、7層の辺りで連携に綻びが生まれてきた。


「おい! 前線ちゃんと働けよ!」


「ああ!? なんだお前文句あんのかよ!?」


 一部のメンバーは攻略もそっちのけで喧嘩を始めてしまった。皮肉なことに、カメラはモンスターと戦っているメンバーよりもいがみ合う二人組にスポットを当てている。


「ちょっと、あんたたちそんなことしてないで手伝ってよ!」


「ほっとけよ。どうせまだ雑魚しかいないんだし、撮れ高があった方がお前にとってもいいだろ?」


「雑魚って……状況分かってる!? 7層のモンスターと戦うには連携が必須なの! こんなことで仲間割れしてたら危険よ!」


「いいや、そうでもないさ」


 魔舌は前線で戦う冒険者たちを指した。

 そこでは、魔舌が連れてきた派手な見た目の冒険者たちが我先にとモンスターに攻撃を放っている。


「自由にやらせるってのは悪いことばかりじゃない。それぞれが手柄を奪い合うからこそ、競争が生まれて個人のパフォーマンスが上がるんだよ」


「でも、全体を見たら明らかに和が乱れてる!」


「付いてこれない奴なんてほっとけよ。あと、7層のモンスターは雑魚だ。オレは最強の配信者になる男だからな。こんな雑草相手に手こずるつもりはねえ!」


 魔舌は美玲にそう言い捨てると、前線のメンバーに指示を出しに戻っていく。

 美玲は不服そうな表情だが、それが画面に映ることはない。美玲も続いてすぐに前線へ戻る。


 チームワークは壊滅的。だが、かろうじて成り立っているという感じかな。


 だけど、これも……おそらくは時間の問題だ。


 そんな僕の予想が当たるかのように、事件は9層で起こった。


「うわああああああ!!」


 突如上がる叫び声。美玲たち一行は一斉に声の方を見た。

 すると、そこでは、メンバーの一人がモンスターに襲われていた。


「……! 離れなさい!!」


 美玲がそのモンスターの背後に急いで駆けつけ、首を刎ねた。周りにモンスターはいない。


「ちょっと! 大丈夫なの!?」


 幸い、まだ命はある。だが、モンスターに襲われた男はかなり重傷で、荒い呼吸をしながらその場に倒れて苦しそうな顔をしている。


「これは……かなりまずいわ! 引き返しましょう! ヒーラーは……」


 美玲が男に止血を施そうとしたその時。


「引き返すわけないだろ」


 遮ったのは魔舌だった。


「……今、何て言った?」


「引き返さない。さっき言ったろ? 付いて来れない奴はほっとけって」


 刹那、美玲は魔舌の胸ぐらを掴んでいた。


「……おい、気安く触るなよ。配信中だぞ?」


「あんた……正気じゃないわ。冗談で言ってるなら訂正したらここで食い下がってあげてもいい」


「冗談言ってるのはどっちだよ。ダメージを負ったのはそいつのミスだろ? なんでオレがそいつのヘマのせいでみすみすゴーレムを逃さないといけないんだよ?」


 その時、美玲が魔舌の頬にビンタをした。パチン、という音とともにメンバーの視線が一点に集められる。


「信じられない。人の命をなんだと思ってるの? 現実を見ないような作戦を敷いて、自分は再生数稼ぎなんて……理解できない」


「おいおい、理解できないは言い過ぎだろ。お前だって数字に魅力があったからオレの誘いに乗ったんだろ? それをオレが最大化してるだけじゃねえか」


 魔舌は美玲にビンタされたことも意に介さず、そのまま一人、前に向かって歩き始める。


「戻りたきゃ勝手に戻れよ。その代わり本隊は前に進む。欲しいものがあるなら、何かを切り捨てなきゃいけねえんだよ!」


 他のメンバーたちも、功名心で集まった連中だ。魔舌の言葉にやや驚いているようだが、彼に続いて歩き出す。


 残ったのは、美玲とその視聴者数人だ。


「……私は離脱する。どのみち今の戦力でゴーレムを倒せると思えない」


「いや……大丈夫だ」


 美玲がダンジョンの外へ帰還するアイテムを使おうとした時、重傷の男が美玲の手を掴んだ。


「俺は自分で戻る。ミライちゃんは、先に行ってくれ……」


「でも、そんな傷じゃ一人でなんて……」


「だったら僕が付き添います。ヒーラーだしちょうどいいでしょ」


 メンバーの眼鏡の男は、重傷の男に回復魔法を掛けながら、肩を貸した。


「二人とも、どうして……」


「……あいつの言う通りだよ。俺が怪我したのは俺がヘマしたからだ。だから俺が戻るべきだ。でも、ミライちゃんは違う。ミライちゃんは皆の希望なんだよ」


「僕たちはミライちゃんの配信を見るのが大好きなんですよ。今日、ゴーレムを倒して記録を打ち立ててきてください! もちろん僕たちも楽しみますよ、アーカイブでね」


 重傷の男と眼鏡の男は、二人でアイテムを使って地上へ戻っていった。


 神妙な面持ちの美玲だったが、しばらく沈黙した後、本隊がいる方へ歩き出す。


「……やりましょう。なんとしても、私たちでゴーレムを倒す!」


 美玲が取ったのは、退場しないという選択だった。

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