第34話 合理的コーチング

「キシャアアア!!」


 飛びかかってくる猫モンスター。小さな体から繰り出される引っかき攻撃を、比奈の大きな盾が弾き返す。


「はぁッ!」


 敵が怯んだ瞬間、比奈はすかさず剣で一撃を入れる。危なげのない勝利だ。


「うん、1層のモンスターは大丈夫そうね! なかなか筋がいいじゃない!」


「はい。最近は意識的にダンジョンに行くようにしてて、1層のモンスターは倒せるようになってきたんですけど……」


「問題は2層ってことか」


 まあ、この前のコボルト大量発生の後で自信を失くすのは当たり前だ。


「そうね、確かに層を超えるのは怖い……でも、先の層へ行けるようになると未知と出会うことが出来るわ。いい意味でも悪い意味でも。冒険者ってそういう楽しさもあると思うの」


「なるほど……確かに、自分の知らなかった世界を知れるのはいいことですね!」


「それに、私の場合はたくさんの人が応援してくれるから、足を止めるわけにはいかないわよね!」


――


・ミライちゃん! ゴーレムに再挑戦、楽しみにしてるよ!


・ミライちゃんかっこいい&可愛い!


・比奈ちゃん純粋って感じで応援したくなる!



――


 配信も冒険もかなり順調だ。僕は何もしなくて良さそう。


 それに、この前の美玲が血まみれになるような事件も起こらなそうだし。これは杞憂だったかもしれないな。



 それから僕らはダンジョンを散策し、2層の階段を降りた。

 今回は<観測者>を使っていないし、新鮮なダンジョン攻略だ。他の冒険者たちはこういう感覚で望んでいるのか。


「来たわよ、比奈ちゃん!」


「はい!」


 モンスターと盾でぶつかり合う比奈。攻撃を盾で受けるたびに、ガキン! という音が鳴り響く。


「グオオオオオオオ!!」


 比奈の戦闘が長引いている間、音に引き寄せられて他のモンスターたちも集まってきた。


「比奈ちゃん、後ろのモンスターは私たちが何とかするから、そいつに集中して!」


「わかりました!」


 集まってきたモンスターの数は3。美玲もついに2本の剣を引き抜いた。


「仮面の人! あんたもちょっと手伝いなさい! 私は手前の一体を倒す!」


「じゃあ、僕が残ってるやつをやればいいんだな」


――


・ミライちゃんの戦闘きた!!


・比奈ちゃんも頑張れ!!


・仮面の人、本当に2体も同時に相手取れるのか?


――


 コメント欄の人たちは二人の戦闘を見たそうだし、僕の方はさっさと片付けるか。


「<ラピッドショット>」


 ノータイムで放たれる見えない矢。それは2体のモンスターの体を貫き、一瞬で絶命させた。


――


・え、仮面の人、今何した?


・何もしてないように見えたけど、モンスターは倒れてる。なぜ?


・もしかして仮面の人って意外と強い?


――


 この程度で強いとは舐められたものだな。普段はこんなやつダンジョンの外から倒しているんだから。


 だが、視聴者たちが驚いているのを見ると思ったよりも気持ちがいい。


「えいっ!」


 その時、比奈がモンスターを倒したようだ。美玲の方も片付いている。


「二人とも、ごめん! 私が手間取ったせいでモンスターを集めちゃって……」


「私たちは大丈夫よ。それより、2層のモンスターとも安全に戦えてるみたいじゃない!」


「えへへ……少しずつですけど、盾の使い方が上手くなってきたような気がします!」


 美玲に褒められて、比奈は嬉しそうだ。出会って少しの間ではあるが、二人が姉妹のようになっている気がする。


「この調子なら、3層のモンスターとも戦えるんじゃないかしら? ちょっと行ってみない?」


「え、でも私、2層でもこんなに手こずってるんですよ?」


「当然よ。パラディンは相手から攻撃を防ぐのが前提のジョブだから。一対一で戦ったら手こずるに決まってるわ。パラディンが時間を稼いでいる間に攻撃するのは私たちの仕事!」


 美玲は自信たっぷりに笑うと、右手に持った方の剣を高く掲げた。



 僕たちはそのまま3層へ降りていく。モンスターはすぐに見つかった。


「ブオオオオオオオオオ!!」


 僕たちを見つけて迫ってくる豚の頭をした人型のモンスター。


 比奈は前傾姿勢で盾を前に出すと、モンスターの体当たりを受け止めた。


「なにこれ……強い!」


「比奈ちゃん、そのまま守りに徹して! 攻撃は私がなんとかする!」


 初めての3層のモンスターからの攻撃の威力に、歯を食いしばる比奈。

 盾で攻撃を防がれて怯んだモンスターに、今度は美玲が斬りかかった。


「<フレイムアクセル>!」


 双剣に炎を纏わせ、とてつもない速度で振り回す。彼女の身のこなしは徐々に加速していき、やがてモンスターも手出しできないほどになっていく。


 だが、モンスターのフィジカルは人間のそれを遥かに凌駕している。攻撃を受けながらも、手を大きく振り上げた。


「ブオオオオオオオオオ!!」


「美玲さん、ここは任せてください!」


 モンスターの腕が振り下ろされる。刹那、比奈は美玲を守る形で盾で攻撃を受け止めた。


「うわっ!」


 衝撃が強かったためか、比奈は盾で攻撃を受け止めきれず後方へ弾かれた。モンスターはそれを見て追撃の準備を始める。


 ――しかし、それを美玲が見逃さない。


「比奈ちゃん、助かった! あとは任せて!」


 美玲は地面を蹴り、ジャンプでモンスターに肉薄すると、かまいたちのような一閃でモンスターの首を斬り落とした。


「ふう、なんとか勝てたわね」


「す、凄い……あんなに的確にモンスターを倒すなんて!」


 比奈は地面に尻餅を付きながら、美玲の動きに感心していた。

 僕は彼女に手を差し伸べ、起き上がらせる。


「今のモンスターはなんとか勝てたけど、さすがにここが限界みたいね。今日はもう帰りましょうか」


 美玲が方向をくるりと変えて、2層の方へ戻ろうとしたとき。


「――ッ! 二人とも、警戒して! まだ終わってない!」


 美玲が突然大声を出したので、僕たちはすぐに彼女と同じ方向を見た。

 そこにいたのは、さっき僕らが倒したのと同じ豚のモンスターの生首を掴んでいる、鬼のようなモンスターだった。

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