第32話 合理的予知!

「よし、今日のノルマも終了……と」


 朝15分早く起きて、ダンジョンのモンスターを外から一掃する。もはや慣れた作業だ。

 <観測者>の使い方にも慣れてきて、今ではダンジョンの外ここから10層までゴーレムに攻撃を当てることも出来る。


 おまけに、最近覚えたスキル<等速>のおかげで矢を放った後に速度が落ちず、常に威力が高いまま攻撃をすることが出来るようになった。


 もはやゴーレムも敵じゃない。一体ずつモンスターを狩っていたあの頃とは大違いだ。


「にしても……あれは何だったんだろう」


 昨日のホームで聞こえた美玲の声。そして脳裏によぎった彼女の姿。

 その原因を昨日から探っているが、答えはまだ見つからずにいた。


「英夢くん、おはよー!」


 登校中も考えていると、背後から比奈が歩いてきた。


 ……そうだ。比奈に聞いてみよう。まあ、的確な回答が返ってくる気がしないけど。


「……それって、虫の知らせじゃない?」


 比奈に詳細を話すと、意外にも比奈から答えが返ってきた。


「いやいや、そんな非合理的な話があるわけないだろ」


「英夢くんはお化けとか宇宙人とか信じないタイプ?」


「お化けと宇宙人は別物だよ。お化けは存在しないが、宇宙人は存在する可能性がある」


 しかし、虫の知らせか……。僕はまったく信じていないが、彼女が出した解が僕の中の全てを上回っていることも間違いない。


 だとすると、これから先に彼女の身に危険が迫ってくるということか? 思えば、彼女の姿が映った背景は暗く、ダンジョンのようだったかもしれない。


「英夢くん、美玲さんのことが心配なの?」


「違うよ。ただ……あの現象がなんだったのかはっきりさせたいだけだ」


「また嘘ばっかり。だって英夢くん本当は優しいくせに」


 優しい、と言われるのは慣れていない。恥ずかしいので視線を逸らす。僕らが歩く隣では、車道で車が何台も通過していた。


 ――その刹那だった。


 ビィィィィィィィィ――!!


 耳をつんざくようなクラクションの音。音を出しているのは、前方から迫ってくる一台の車。


 運転主が――倒れている!? まさか、運転中に気を失ったのか!? しかも、そのまま僕らの方に向かってきている!


 駄目だ、間に合わない――!


「英夢くん……」


 比奈の声が聞こえる。今ならまだなんとか、彼女だけでも――!


 僕はすぐに彼女に飛びついた。あとはあの車が僕らのいる方に突っ込んでくるだけだ。そして僕は、車に轢かれて……。


 ……轢かれて、ない?


「え、英夢くんどうしたの!?」


 僕は我に返った。目を開けると、僕の視界に映り込んできたのは顔を赤らめる比奈の顔と、周囲の冷たい視線。


「あ、あれ……? 車は?」


「何の話? 遠い目をしたと思ったらいきなり抱きついてくるなんてどうしたの?」


 いや、僕は確かにこっちに突っ込んでくる車を見た。それに、比奈の声だって――、


 そう内省した瞬間だった。


 ビィィィィィィィィィ!!


 バァン!!


 僕らの真横を、自動車が通過した。

 僕らが進む一歩先。僕らの道を塞ぐようにして横になって壁に突っ込んでいる。


 もし、僕らが1歩でも先に進んでいたら、車と壁の間に挟まれて潰されていただろう。


「え……嘘? 事故……?」


 比奈がその場に力なく座りこむ。僕は状況を受け入れるのに必死だった。


 ただ、これで明らかになったことがある。

 比奈の言った通り、僕はどうやら先のことがわかるらしい。それは虫の知らせ――というよりは未来視といったほうが正しそうだ。


 なぜそれが出来たのか、発動する条件は何なのか、何もわからない。だが、今回のことで確信した。



 僕と比奈は警察と消防に連絡して、事故の状況を説明することになった。

 運転手は事故の前の段階で亡くなっていたのだろうとのこと。そして不幸中の幸いと言うべきか、この事故で怪我をした人は誰もいない。


 ……もしかしたら、僕たちがその唯一の被害者になっていたかもしれないが。


 諸々の手続きが終わり、僕たちは再び学校へ向かうことになった。比奈は完全に萎縮してしまったようで、しばらく沈黙が続いて気まずい。


「……怪我はなかったか?」


「うん。英夢くんは大丈夫?」


「ああ、お互い何もなくてよかった」


「英夢くんが、守ってくれたんだよね?」


 守った……のかはわからない。だが、僕が見た未来が同じように起こったのは確かだ。


「さっきの件だけど、やっぱり美玲さんに会うべきだと思う。何か危険なことが起こるのは確かだから」


「だけど、会ったところで何か変わるかな。運命は変えられないって言うし」


「ううん、変えられるよ。だって、英夢くんが私の運命を変えてくれたんだから!」


 ……そうか! 僕が見た未来は、決定された運命ってわけじゃないんだ。

 少なくとも、あの時に見た未来に僕の姿はなかった。だったら、僕がその場にいれば話は変わるかもしれない!


 僕はスマホを開き、メッセージアプリを起動した。

 メッセージの送り先は美玲。この前のディスティニーのアルバムの下に、新規に文字を打っていく。


『今度の休みに、比奈と3人でダンジョン攻略に行かないか?』

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