第31話 合理的パレード!

「英夢! パレードが始まるわよ!」


 結局、僕らは夕方までディスティニーを満喫し、いよいよパレードの時間が迫ってきた。

 美玲は終始ご機嫌な様子で、獲得した景品のブラウニーのぬいぐるみを抱きしめていた。


 パレードって、そんなに楽しみにするほどのものだろうか? ただ光るだけなのに、それに興奮する感覚がよくわからない。同じようなものとして夜景もよく持ち上げられているが、夜に景色を見て何がいいのかピンときていない。


「見て! 来たわ!」


 美玲が指す方を見ると、道の向こうから光り輝く乗り物がやってきた。その上ではディスティニーのキャラクターたちが音楽に合わせて踊っている。


「英夢も手を振った方がいいわよ! もしかしたら返してくれるかも!」


 美玲は子どものように夢中になってキャラクターたちに手を振っている。

 赤、青、黄色……目まぐるしく変わる光が美玲の横顔を照らす。彼女の目はまるで星が宿っているようだ。


「私ね、ディスティニーが大好きなの。年に最低でも3回は行くくらい」


「そんなにか? アトラクションが頻繁に変わるわけでもないのに、何のために?」


「ディスティニーは私の目標なの。テーマパークと動画配信で方向性は違うけど、皆を笑顔にするエンタメ。だから、ディスティニーのアトラクションに乗ったり、ゲストの笑顔を見たりすると元気が出る」


 僕も周囲を見回してみると、老若男女のゲスト達はパレードを見つめている。その表情は皆一様に楽しそうだ。


「……仕事とプライベートは分けるなんて言ってるけど、やっぱり仕事のことは考えちゃうわね。でも、今日は仕事のことを忘れるくらい特別に楽しかった」


「特別なこと……何かあったっけ?」


「言わせないでよ。英夢のおかげに決まってるじゃない」


 美玲が僕の顔を見つめる。外が暗くなったからとサングラスを外した彼女に見つめられると、なんだかどきまぎする。


「今日は付き合ってくれてありがとね。英夢と一緒だったからすごく楽しめたわ」


「僕も楽しかったよ。美玲がルートを決めてくれたからスムーズだったし」


「よし! じゃあ最後にこれ!」


 美玲はそう言うと、懐からキーホルダーを取り出して僕に手渡した。


「これは?」


「ブラウニーのぬいぐるみを取ってもらったから、そのお礼! キーホルダーとか、そういうの買ったことないでしょ?」


 もちろん買ったことがない。装飾品の類はキーホルダーに限らず、指輪やネックレスなど、合理性に欠けるから不要だと考えていた。


「小さい物だけど、これを見ると楽しかった思い出が戻ってくるでしょ? キーホルダーを付けると、日常がちょっとだけ楽しくなるわ」


「そういうものかなあ」


「いい? 私とお揃いなんだから、絶対失くさないこと。バッグとか、身近なものにつけること!」


 しかもしれっとお揃いかあ。

 まあ、たまにはこういうのを信じてみるのも悪くないか。


 パレードが終わり、帰りの電車に乗る。

 ゲスト達は皆パレードを見てから帰るため、最初は混雑していたが、星景岡に着く頃にはだいぶ人も減っていた。


「んー! 今日は楽しかった! 元気もチャージしたし、そろそろ配信も再開ね!」


「怪我はもういいのか?」


「うん! だいぶ治ってきたし、いつまでもぐずぐずしてられないからね!」


 その時、電車の車内アナウンスが星景岡に止まることを告げた。


「じゃあ、ここで解散ね! あとで今日の写真送るから、ちゃんとメッセージ見なさいね!」


「わかった。じゃあ」


 僕は星景岡で降車し、解散となった。


「……ふう、今日は疲れたな」


 思い出して懐に手をやると、美玲から貰ったキーホルダーが出てきた。


 キーホルダーなんて非合理的なもの、何があっても付けないと思っていたんだけどなあ。でも、付けろって言われちゃったし。今日は楽しかったからなあ。


 これからも、こういう楽しい時間が続けばいいな。


「……英夢」


 今のは……美玲の声?


「美玲?」


 いや、彼女がいるわけがない。彼女は確かにさっき電車で別れたはずだし、周りを見ても彼女の姿はない。


「英夢、助けて」


 まただ。確かに聞こえた。美玲の声。僕に助けを求めていた。


「今のは、なんだ……?」


 幻聴? それにしては、はっきりと聞こえすぎていたような気がするが……。


「……ッ!」


 そして、その刹那に脳裏に浮かんできたのは、血まみれで倒れる美玲の姿だった。

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