第27話 合理的試合開始!
レオニスク冒険者学院、第一体育館。
鼻から大きく息を吸うと、体育館特有の木のような匂いがする。体育は嫌いだけど、この匂いは好きだ。
「次! 1年B組、魔舌凶一! 1年D組、影山英夢!」
お、僕の番だ。
僕は立ち上がり、体育館の中央に歩き出す。
「英夢くん……絶対に負けないでね!」
事情を知っている比奈は心配そうな表情で僕を見つめている。
「大丈夫だよ」
中央は簡素なステージになっており、まるでボクシングのリングだ。この範囲内で戦えという意味だろう。
ステージに上がると、そこには魔舌が鋭い目つきで僕を睨みながら待っていた。
「……ムカつくな」
「何が?」
「オレは今日、お前が来ないと思っていた。どうせビビってケツ捲るってな。……だが、お前は来た。しかも、素手でな」
魔舌は自分の身長の半分はありそうな巨大な木製のハンマーを持っている。ダンジョン攻略で使うような金属製のものと比べると見劣りするが、それでもかなり威力はありそうだ。
「虚勢か侮辱のつもりかは知らねえが……お前がそのつもりなら、オレも遠慮なく行かせてもらうぜ」
「御託はいいから、かかってきなよ」
そう言った途端、魔舌の中で何かが切れたのがわかった。
「始めッ!!」
先生が開始を宣言した瞬間、魔舌は勢いよく走り出した。
「死ねええええええええ!!」
巨大なハンマーを振り上げ、飛びかかってきた刹那。
「<ラピッドショット>!」
魔舌は腹部に衝撃を受け、後方に吹っ飛ばされた。
「い、今何をした……?」
地面に仰向けに倒れた魔舌。何が起こっているか理解が出来てないようだ。
「何って、決まってるだろ? 矢を撃ったんだよ」
「ふざけんな! お前は素手だろうが!」
「違う。僕は素手でも矢を撃てるんだよ」
ずっと思っていた。アーチャーというジョブは、まだ合理性を極めていないということに。
一番ネックなのは、アーチャーが近接戦闘に向かないこと。今の時代、近〜遠距離の全てでバランスよく戦えるジョブなんていくらでもある。
アーチャーが近接戦闘に向かない理由。それは攻撃の前に矢をセットし、弦を引き、狙いを定める。これらのモーションに時間がかかるということだ。
では、この工程は必須なのか? そうではない。
矢はいらない。準備が不要な矢を創ればいい。
弓もいらない。弦を引く必要がない弓を創造すれば。
狙いもいらない。【必中】の加護がなんとかしてくれる。
早撃ちをするガンマンは0.1秒単位で、狙いを定め、トリガーを引き、目標を撃ち抜く。無駄な動作が挟まっても0.1秒だ。
では、これらの三つの工程を無くした狙撃はどうか? 一切無駄のない合理的なそれは、ガンマンの早撃ちすらも凌駕し――、
0.01秒の間に、相手に攻撃を到達させる。
「な、なんでオレが吹っ飛ばされるんだよ……!? 何もしてないで突っ立ってる相手に、オレが……!?」
「何もしてないと思うなら、その防具を見てみなよ」
試験では防具の着用は必須だ。魔舌が着ているヘヴィウォーリアー用の鎧は、胴体に大きな穴が空いている。
「な、なんで鎧が壊れてるんだ……!? 欠陥品か? 転んだ衝撃で割れたのか?」
違う。矢で貫いたからだ。
<具現化>の熟練度が上がり、狙ったものを破壊した瞬間に消える矢を作ることが出来るようになった。だから、矢は魔舌の体を貫かずに消えたのだ。
「なあ、何が起こってるんだ……? 魔舌の奴、調子悪いのか?」
「だよなあ、いきなり派手に倒れたりして……いつもの動画みたいに何か演技してるのか?」
試験の様子を見学している生徒達がヒソヒソ話を始めた。その全員が、状況を理解できていない。
「英夢くん、がんばれー!!」
「おい、あの影山とかいう奴、星翔さんから応援されてるぞ」
「あいつ何者なんだ? 星翔さんの弱みでも握ってるんじゃないだろうな?」
比奈の方もなかなか注目を集めているようだ。ありがたいけど、応援は心の中でお願いしたんだけどな!
「あああああああ!! うるさいうるさい!!」
魔舌は起き上がると身震いし、大きく叫んだ。
「ちよっと大人しくしてりゃ、どいつもこいつも好き勝手騒ぎやがって……オレが負けるわけねえんだよ!!」
「そう言う割には、結構長いこと倒れてたみたいだけど?」
「うるせえ! オレはまだまだやれるんだよ! さっきはただ転んだだけで――」
言いかけた刹那、魔舌はまたしても<ラピッドショット>を腹部に食らって地面に倒れた。
「どうした? また転んだのか?」
「な、なんでこのオレが……」
この勝負に負けたら、魔舌は配信でリンチした生徒に謝罪をすることになる。
せっかく謝罪するんだ。ならば――自分でも同じ目に遭ってからのほうが、誠意がこもって合理的だろ?
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