第19話 撮影会①~奏多視点~

 SIDE:奏多


 部活見学週間の3日目、私は焦っていた。


 焦りの発端は、部活動説明会のパンフレットが配布されたときに、コータ君のカメラマンとしての腕がクラスのみんなにバレてしまったところから始まったんだと思う。


 コータ君がこのパンフレットの写真と撮っていたのを同級生で知っていたのは、私を含めてほんの数人だったはず。

 そもそも、コータ君の顔と名前が一致している同級生で、入学当初から部活に参加していたのは私だけと言っても過言ではないから、その事実を知っていたのは私だけだったかもしれない。


 それが、あの名前もよくわからない男子の一言のせいで状況が一変した。


『なあ、鈴村、お前写真部だよな?このパンフレットに書いてある『撮影:写真部1年Sってお前のこと?』


「(本当にあの男子は余計なことをしてくれたわ)」


 私はコータ君の写真が素晴らしいことは元々知っていた。

 パンフレットの写真、特に愛理先輩の写真は、撮影現場に居合わせたこともあってとっても悔しいけれど、私から見ても本当に素敵な写真だった。

 写真を見たとき、『ああ、私もこんな写真とってもらいたい』と心から思ったもの。

 でも、これがクラスのみんなや、一年生、いや、学校中に知れ渡ってしまったら、いろんな女の子がコータ君に撮影を求めてしまうじゃない。

 クラスメイトにも『写真撮ってもらうなんて憧れちゃう!』なんて言ってた子がいたし。

 きっと、その中には撮影中に発情してコータ君に邪な誘惑を仕掛ける子もいて、うかうかしてたら誰かに取られてしまうかもしれない。



 そんな風に、焦り始めたときに事件は起こったのだ。


「ねえ、奏多ちゃん、この投稿見た?」


 同じクラスの佐藤さんスマホに表示されている写真を見せてくる。


「その生徒がどうかしたの?」


「あ、この子はA組の紺野さんって子なんだけど、それより投稿の本文見てよ!」


 ちょっと字が細かくて見えずらいが、投稿にはこのように書いてあった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 写真部で撮影してもらったよ♡

 すっごく素敵に撮ってくれたから

 嬉しぃ!

 #カメラ男子ラブ #写真部

 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁっ?」


 その文を見て思わず声を出してしまう。


「え?どうしたの?」


「あ、いえ、なんでもないわ。この投稿がどうかしたのかしら?」


「なんかね、今、写真部の新入生見学で撮影会をやってるみたいなの。この子そこで、鈴村君に撮ってもらったんじゃないかなーって思うんだけど、なんか、この写真、すごいメス顔じゃない?って思って。」


「メス顔って何かしら?」


 私にだって『メス顔』くらいわかる。

 でも氷の姫としては、そんな下品?な言葉を知っているなんて思われたくない。


「恋する女の顔ってことだよ!この子、鈴村君に撮ってもらって、恋しちゃったのかなー、なんて。」


「そうなの?鈴村君、写真の腕前はすごいと思うけど、そんな簡単に好きになったりするのかしら。まあ、私には関係ないことだけど。」


 いや、もうこの子は確実にガチ恋してる。

 写真に写ってる瞳はハートマークになってるし、『#カメラ男子ラブ』ってそのまんまの意味に違いない。

 恐れていたことが現実となった。

 私を撮ってくれるって約束してたのに、他の女に先を越されるなんて・・・。


 この投稿を見てから私は居ても立ってもいられなくなり、隙を見てこっそりと教室を抜け出して写真部の部室へ急いだ。


 

 このままじゃ、コータ君が他の女たちに奪われてしまう。

 

 人目につかないように気を付けながら、中庭や旧校舎の廊下を駆け抜け、写真部の部室の扉を開ける。

 幸い、見学会は終了時間を過ぎており、部長でコータ君の従姉のいぶきさんとコータ君しかいなかった。


「ちょっと、コータ君、どういうつもり?」

 

 掛けてきたから少し息が上がっているが、呼吸よりも先に言葉が出てしまう。


「え?こんなところに来てどうしたんだ?」


「どうしたもこうしたもないわ。こんな写真を撮って。私との約束はどうしたのよ。」


 いけない、焦りとちょっとの怒りで、コータ君を問い詰めるようになってしまっている。

 氷の姫がこんなんじゃいけない落ち着かなきゃ、と思っていると、私の権幕に驚いてきょとんしているコータ君の横から、いぶきさんが事情を説明してくれた。


「・・・と言う訳で、我が写真部の部活体験会は急遽、撮影会にさせてもらったんだ。ほら、夏の文化祭では写真部は展示会を開くからさ。今のうちに沢山の被写体を撮る練習をこの子にさせたいと思って。」


 聞くところによると、写真部の撮影会を開いたのはいぶきさんの発案で、コータ君は、それに来た生徒を順番に撮影していただけらしい。

 投稿したあの子がコータ君のカッコよさに気づいてしまったのは、かなり気にくわないけど、コータ君に非はないからこれ以上責められないと少し冷静になった。


 「いやぁ、わかってくれたらいいんだよ。あ、そうだ、本当は今日はもう終了しちゃったんだけど、よかったらお詫びに写真を撮らせてくれるかい?この子にとっても奏多君ほどの被写体を撮る機会はなかなか巡ってこないからね。」


 え?いいの?そんな急にって感じだけど、今から撮ってもらえるなんて最高すぎる。

 本当は、密室のスタジオでコータ君と二人きりでが良かったけど、そんな贅沢は言えないから、ここは、いぶきさんのナイスアシスト?に甘えることにした。


 「う、うん、部長がそう言うなら、僕としても撮らせてくれると嬉しい。」


 コータ君も乗り気になってくれて、私も俄然やる気が出てしまう。

 水泳部の練習もあるけど、一年の私はまだ自由参加だから少し遅れても文句は言われないし。

 ようやく整った息と嬉しくて飛び跳ねそうな心臓の鼓動を抑えて、了承の言葉を言う。


 「じゃあ、お言葉に甘えて。」


 この時点で、私はもうお腹の奥の方が熱くなっているのを感じていた。

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