第18話 初めての
「(僕も奏多もいぶき姉さんの掌の上で転がされてる?)」
すべてがいぶき姉さんの思惑通りに進んでしまい、この天才軍師お姉さんに若干の恐怖を感じながら、ついに奏多を撮影する時が来てしまった。
「じゃあ、撮影していくからこのセットのところに立って。」
「わ、わかったわ・・・。」
氷の姫は少し緊張した面持ちで、セットへ向かう。
本来ならカメラマンとして、緊張をほぐしたり、笑顔にするような声をかけてあげるべきなんだけれど、笑顔を見せられてしまうと非常にまずいという思いから、うまく言葉が掛けられない。
「じゃあ、いつも通りのクールな表情からとらせてもらおうかな?」
「ええ、こうかしら。」
奏多がすぅーっと息を吐いて、カメラのレンズを見つめる。
ファインダー越しに目が合っているようで、こちらが緊張してしまうが、まるでパリコレモデルのようなキリっとした表情に思わず息をのんでしまう。
ピピッ、カシャ。
ピピッ、カシャ。
ピピッ、カシャ。
部室が妙に静かなせいで、フォーカスの電子音やシャッター音がやたらと響いてしまう。
それでも、数回シャッターを切っただけで、奏多の被写体としての優秀さに気づいてしまった。
レンズをズームするとファインダー越しに見える奏多の大きな瞳、シミやくすみが一つとない白肌、つやつやで綺麗に手入れされた髪、冷たくカメラを睨みつけるような表情も、ときどき悲し気に見える横顔も、どこをとっても高校入学直後の少女とは思えない。
まるでファッション誌やSNSで見たことのあるような一流の被写体だ。
「(奏多、すごく綺麗だ。)」
今の僕には声に出すことはできないが、カメラを通して、少しでもその気持ちが伝わればいいなと思った。
「じゃあ、次はこの椅子に座ってみてくれるかな。」
カメラマンにあるまじく、気が付けば無言のまま何枚も撮り続けてしまっていたところに、いぶき姉さんが助け舟を出す。
はっと、我に返り、一呼吸おいて気合を入れ直したところで、ファインダーに映ったのは、椅子に腰を掛け、白く長い脚を組んだ奏多の姿だった。
「(ちょっと、脚が見えすぎ。)」
奏多に直接指摘するのが恥ずかしくて、いぶき姉さんに目くばせをしたのだが、気付かないふりをしている。というか、なんなら若干ニヤついている。
「じゃ、じゃあ、また撮っていくね。」
「ええ、き、綺麗にとってくれると嬉しいわ。」
椅子に腰を掛けた奏多はシャッターを切るたびに、視線を変えたり、手の位置を変え、脚の組み方を変えと、特に指示がなくとも自在にポーズをとってくれる。
ただ、どうしても気になってしまうのは、スカートとハイソックスの間にある所謂『絶対領域』がまるで僕を誘惑するように映ってしまうことだ。
「(脚に視線が行っているのが気づかれるとまずいな)」
心の中でそう呟いて、ファインダー内の視線を上にあげ、顔にズームしたところで、先ほどとは奏多の表情が変わってきていることに気づいた。
冷たく乾いていた目はほんのり潤み始め、頬にはかすかに体温が宿っている。
唇は若干緩み色味と艶やかさを増して、魅惑の絶対領域はぴたりと閉じてなんだかもじもじしているような・・・。
なにより、先ほどまで一流もでるのごとく自由自在に動き回っていた視線はカメラのレンズに焦点を合わせて、微動だにしなくなった。
ピピッ、カシャ。
「か、奏多、照明が熱いかな?そろそろ疲れただろうから終わりにしよう。」
正直、奏多の艶やかな視線にかなりドキドキしてしまった。
これで笑顔だったらいよいよヤバかったなと思いつつ、表情の変化は疲労と照明の熱のせいだろうということにして、撮影終了を打診する。
「ひゃ、ひゃい・・・ぁ。」
「え?」
「あ、いえ、なんでもないわ。そうね、少し暑くて疲れたわ。お気遣いありがとう。」
一瞬おかしな音が聞こえたような気がしたが、素直に疲労を認めてくれたので、初めての撮影はここでお開きとなった。
明日もスタジオセットは使うので片付けは不要なのだが、いぶき姉さんは用事があるからと戸締りを僕たちに託してそそくさと帰ってしまった。
二人きりになってしまった気まずさを感じ、帰り支度をしながらぎこちない会話をする。
「じゃあ、データは後日渡すから。」
「ええ、楽しみにしているわ。今日は時間外だったのにありがとう。」
「いや、なんだか、誤解させてしまったみたいだし、お詫びでもあるから。それに、約束を果たせてよかったよ。」
「や、約束を覚えていてくれたのね。」
「もちろん、今日は予定外だったけど、僕も楽しみだったから。」
素直な気持ちを伝えると、表情を崩さないながらも恥ずかしそうに視線を落とす。
「また、撮ってくれるかしら?」
「え?うん、もちろん。」
予定外に奏多との約束もいぶき姉さんのミッションもこなすことができたたのだが、これで奏多を撮るのはもうお終いなんだと思っていた。
けれど、奏多にまた撮ってほしいと言ってもらえて、次の機会があることに心が躍る。
そのあと、奏多は少し遅くなってしまったが水泳部の練習に合流するということで、急いで部室を出ることになった。
奏多が部室のドアを閉めるタイミングで、何か言っていたような気がしたけど、少し建付けの悪いドアの音にかき消されてよく聞き取ることができなかった。
僕は、何を言っていたか気になりながらも、浮かれ気分が顔に出ないように隠しながら家路についた。
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