第17話 モテ期と依頼
「あのー、写真部はこちらですか?この写真を撮った人がここにいるって噂を聞いて来たんですけど・・・。」
パンフレットが配布された数日後、部活動説明会が開催された。
僕の撮った写真を掲載しているパンフレットは大好評で、いろんな部活の先輩から、新入生がたくさん見学に来てくれたとお礼を言われたらしい。
先輩方の対応窓口はいぶき姉さんが担ってくれているので、僕に直接何かということはないはずだ。
と、思っていたのだが、説明会後の部活見学週間3日目を迎えたところで状況が一変する。
なぜか写真部に見学者が殺到し始めたのだ。
「あぁ、今のところ、部員は私とこの子の二人だけでね。パンフレットの写真を撮ったのはこっちの子だよ。」
「そうなんですね!へえー、思ってたよりカワイイ系なんだぁ。」
見学者と言っても、その大半が入部希望者ではなかった。
パンフレットの写真を撮ったのが一年生の男子だという噂が学校中に広まっており、『写真を撮ってもらいたい』という女子生徒が現れたのだ。
というのも、実は我が写真部は見学者に向けに撮影体験会を催している。
本来は、カメラに触れて、試し撮りするような体験会を想定していたのだが、なぜか写真を撮りたいという人より撮ってほしいという声が多く、体験用に用意していた簡易スタジオセットを使用した撮影体験会、もとい被写体体験会となってしまったのだった。
しかも、撮った写真はその場でデータをプレゼントというサービスをいぶき姉さんが勝手に始めてしまったため、序盤に来ていたカースト上位の一軍女子がSNSにその写真を投稿してしまい、一気に僕が撮影会をしているという噂が広まってしまったのだった。
「はい、次は笑顔くださーい。(カシャ)いい笑顔です。(カシャ)じゃあシリアスな感じもお願いします。(カシャ)いい表情です。(カシャ)」
こう何人も撮影を続けていると僕も段々とカメラマンハイになってきて、ノリ良くで表情を要求したり、褒めたりしてしまう。
僕の言葉に、被写体さんが表情や仕草で答えてくれる。カメラマンとしては一番楽しい瞬間の一つだ。
「いやぁ、大盛況だね!とうとうキミにモテ期が来たみたいだね。」
「大盛況って言ったって、入部希望者じゃないですよ?」
「それはいいんだよ、カメラマンとしてのキミの評判が広まれば、彼女だってキミを放っておけなくなるはずさ。」
部活訪問の時間が終わり、一息ついたところでいぶき姉さんが揶揄ってくる。
あのことがあった後も、以前と同じように、というか、ますますお節介をやいてくれて、本当に感謝しなくてはいけないなと思う。
でも、正直、奏多がこんな仕掛けに乗ってくるとは思えない。そもそも部活で忙しいのだし、他の女子に嫉妬する必要がないくらい絶対的な美貌を持っているのだから。
「おぉー、この写真はいいねぇ、この子、瞳がハートマークになってるよ。これはキミに惚れたな。」
「瞳がハートって、少女漫画じゃないんだから・・・」
ある女子生徒がSNSに投稿した写真を見せつけてくれる。
いや、ハートになんかなってないけど・・・。でも、なんとなく頬が赤らんで、瞳が潤んでいるように見えなくもない。
「『
「もう、揶揄わないでください!」
「これを見たら彼女、飛んでくるかもしれないよ?嫉妬は一番のスパイスだからねぇ。ふふふ。」
「そんな訳・・・。」
ガラッ!
急に部室の扉が乱暴に開かれた音がする。
「(ほらね。うふふ。)」
いぶき姉さんが小声でつぶやいたのスルーして、扉の方を見ると、怒りに満ちたような表情で、肩を大きく上下させている奏多が立っていた。
「ちょっと、コータ君、どういうつもり?」
扉を開けた勢いとは裏腹に、冷静だが威圧的な声で奏多は何かを問い詰める。
「え?こんなところに来てどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないわ。こんな写真を撮って。私との約束はどうしたのよ。」
『こんな写真』、と、奏多がスマホの画面に表示していた写真は、さっき、いぶき姉さんが揶揄ってきた女子生徒がSNSに投稿した写真だった。
あの氷の姫の奏多がご立腹なのは雰囲気でわかるが、僕は写真部として撮影会をしていただけだし、その写真の女子生徒とは今日初めて会ったと言っていいほど面識がない。
どうして、怒られるんだときょとんとしていると、となりでいぶき姉さんがニヤッとして奏多へ説明を始めた。
その『ニヤッ』に嫌な予感がする。
「やあ、奏多君、久しぶりじゃないか!覚えているかい?近所に住んでいたこの子の従姉だよ?」
「あ、ええ、もちろん覚えています。ご無沙汰してます。いぶきさん」
「覚えていてもらって良かったよ。まあ、固い挨拶は抜きにして、私からその写真の訳を説明するね。」
いぶき姉さんは、そう言うとにやにやした顔つきのまま、奏多にことの経緯を説明し始めた。
「・・・と言う訳で、我が写真部の部活体験会は急遽、撮影会にさせてもらったんだ。ほら、夏の文化祭では写真部は展示会を開くからさ。今のうちに沢山の被写体を撮る練習をこの子にさせたいと思って。」
「そ、そうなんですか・・・、私はてっきり・・・。」
表情こそ崩してしないが、明らかに不機嫌そうだった奏多の声の調子は、恥ずかしさと安堵が同居したようなものに変わっていた。
「いやぁ、わかってくれたらいいんだよ。あ、そうだ、本当は今日はもう終了しちゃったんだけど、よかったらお詫びに写真を撮らせてくれるかい?この子にとっても奏多君ほどの被写体を撮る機会はなかなか巡ってこないからね。」
「「え?」」
僕としては嫌な予感が当たったという意味での驚きだったが、なぜか奏多とシンクロしてしまった。
「もう帰宅時間近いのに、いいのかしら。」
その言葉にいぶき姉さんはちらっと目くばせをしてくる。
「う、うん、部長がそう言うなら、僕としても撮らせてくれると嬉しい。」
この状況で、僕に拒否権はない。いぶき姉さんに対しても、奏多に対してもだ。
諦めて、撮らせてほしいと奏多へ告げると、微笑むことはなかったが、ほんのり柔らかい表情で「じゃあ、お言葉に甘えて」ということだった。
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