第16話 奏多克服作成開始

 いぶき姉さんの告白の日から数日が経って、僕は彼女に伝授された奏多克服作戦を実行に移していた。

 あれ以来、いぶき姉さんは僕の衝動への対処に関して軍師のようにあれこれと策を授けてくれている。


 今回の『奏多克服作戦』をいろんなところを端折って説明すると、僕と奏多がくっついてしまえばよいというものだった。

 いぶき姉さんの分析によるとその根拠はこうだ。


 あの写真を見た当時から今に至るまで僕の性の対象は一貫して奏多にある。

 その、奏多と瓜二つの女性のヌード写真を父が撮影したということがトリガーとなって、僕の中で性への衝動が爆発した。

 そこに、僕を好きだったいぶき姉さんが居合わせた結果、生じた行為が複合し、『あの写真=奏多=性衝動』という公式が完成し、僕の心理に定着して今に至るという言う訳だ。

 これまでは、この『奏多』の部分に無理やりいぶき姉さんの『慰め』が介在されていたことにより発散させていたのだが、僕がこれを拒否(というか辞退)したため、まずは『あの写真』を封印したうえで、僕と奏多が(性的な接触は年相応に)健全な付き合いができるようになれば、衝動克服への第一歩になるのではないか、ということだ。

 この分析を聞いたとき、改めて僕はどれほどいぶき姉さんに酷いことしてきたのか思い知らされたのだが、『キモチ良かったから許しちゃう。』と質の悪い冗談で蒸し返すのを止められ、これ以上の謝罪は不要となった。


 いぶき姉さん曰く


「その代わり、キミが奏多ちゃんを落として、この拗らせに終止符を打って、私の初恋を供養してくれ。」


 とのことだった。



 正直なところ、今の僕に『氷の姫』と名高い奏多と付き合うなんてことはおよそ無理なことだと思っている。

 あの乱暴な先輩は極端な例だが、その後も先輩、同学年問わず奏多へ愛の告白をする男子が後を絶たないし、いずれ奏多の御眼鏡に適う男子が現れるかもしれない。

 とはいえ、いぶき姉さんへの償いと恩返しのためにも、最初から諦めることはできないので、少しでも奏多との接点を増やすべく、行動していたのだ。


「(それにしても、奏多の写真を撮ることと何の関係があるんだろ?)」


 いぶき姉さんからの指示によると、いきなり付き合うということではなく、まずは、僕が奏多の写真を撮るということを目標にしろということだった。


「(そういえば、この間、『写真を撮って』と奏多が言っていたから難易度は低めだろうけど)」


 かと言って、学校生活においてクラスメイトを被写体にして写真を撮るというもの、案外簡単なことではなかった。


 休み時間の奏多は、クラスメイトに囲まれているか、男子に呼び出されていることが多いし、放課後はほとんど水泳部の練習に出ている。

 幼馴染だったとは言え、帰宅後や休日にわざわざ呼び出して写真を撮らせてもらうというもの変な感じがするし、正直手詰まり感が否めなかった。


 そうこうしているうちに4月も下旬を迎え、僕が撮った写真が掲載されている部活動説明会用のパンフレットが配布された。


 昼休み、クラスメイト徒たちは、パンフレットを手に取り、掲載されている先輩方の写真にあれこれと感想を述べて盛り上がっていた。



「わぁー、奏多ちゃん!水泳部のこの先輩スタイルよくてすごい美人ね!」


「ええ、愛理先輩ね。水泳部の中でも実力と美貌を兼ね備えた素敵な先輩よ。」


「そうなんだぁ、ねぇねぇ、この写真とか表情が生き生きしていてすごく素敵!!」


「おっ!どれどれ!?あぁ、この先輩の水着写真、めっちゃエr・・・ゴフッ!!」


「ちょっと、田中!水泳部の奏多ちゃんの前で下品なこと言わないでよっ!!」



 どうやら、僕の撮った写真は女子はもちろん男子にも公表でいろんな意味で盛り上がっているらしい。


「他の部の写真も素敵よねー!モデルの先輩方は美男美女揃いだけど、きっとカメラマンさんもプロのすごい人なんだろうなー。いいなー、プロのカメラマンさんに写真撮ってもらうなんて憧れちゃう!写真館で撮ってもらったのなんて、七五三が最後だわ。」



 教室の端でパンフレットを眺めながら聞き耳を立てていると、ときどき写真を褒める声が聞こえてきたので心の中でニマニマしてしまう。

 プロのカメラマンとは言いすぎだが、僕の写真がクラスメイトに評価されているとはなかなか嬉しいことだ。


「(はぁ、ここで、『その写真撮ったの僕なんだ、奏多、よかったら写真撮らせてくれよ』なんて言えたらなぁ。)」

 

 評価されて嬉しい反面、こんな風に注目されたり自己アピールすることがとことん苦手な自身のヘタレ具合には頭を抱えてしまう。

 

 考えるとモヤモヤしてしまうので、気晴らし中庭へお写ん歩(写真を撮りながらの散歩)にでも行こうかと、カメラ手にして立ち上がったところで、後ろの席の関口に声をかけられた。


「なあ、鈴村、お前写真部だよな?このパンフレットに書いてある『撮影:写真部1年Sってお前のこと?」


 ちょうどパンフレットを眺めているところで、関口がそんな発言をしたものだから、みんなが『え?』っとなって、パンフレットを凝視する。

 いぶき姉さんが勝手にクレジット表記を入れたのだろうか、まさか、バレると思ってなかったので、返事に困って言い淀んでしまった。


「あ、ああ、それは・・・。」


 別に隠したいわけでもないが、変に注目されたくもないので、適当に流そうと思ったのだが。


「えー?鈴村君、写真部なのー!?しかもこの写真撮ったの鈴村君なの?やばいやばい!プロじゃん!」


「おー!まじか!鈴村にこんな才能があるとは!」


「いつもカメラ持ってフラッと出てくけど、ガチ勢だったんだな!」


 適当には流させてくれなかった。

 さっきまで、奏多に写真の良さを熱く語っていた女子の佐々木さんがハイテンションで反応したもんだから、クラス全員の注目を浴びてしまった。


「い、いやぁ、これは部長に言われたとおりに撮っただけだし・・・。」


「部長って、鈴村いぶき先輩よね?」


「え、鈴村先輩って、3年の学年1位の秀才で美人で有名な先輩じゃん!」


「あれ?鈴村って同じ名字、もしかして姉弟?」


「ち、ちがうよ、いぶきさんとは従姉弟なんだ・・・。」


 いぶき姉さんと僕の関係を根ほり葉ほり詮索されるのはちょっと気まずい。もちろん、ただの従姉弟としか説明のしようがないのだが。

 


「鈴村君ってカメラの腕といい、鈴村先輩が従姉弟って意外とハイスぺなんだね!」


「てか、よく見ると鈴村先輩にもちょっと似てる!綺麗な顔してるし!」



 『あー、こういうの恥ずかしいから苦手なんだよなー』と思って、遠くを見つめると、僕の視界になんだかすごく不愉快そうな表情の奏多がこっちを見つめていた。

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