第15話 ごめんなさい。ありがとう。

 行為の後、制服を着直したいぶき姉さんは、やけに冷静な口調でことの経緯を話してくれた。


 幼いころから弟のように懐いていた僕を、いつしか異性として見るようになっていたこと。

 僕の幼馴染である奏多と凛花にはモヤモヤとした嫉妬心を抱いていたこと。

 二人がいなくなり、自分が僕を独り占めできると喜んだこと。

 あの日、僕の衝動が発現したところに居合わせ、あの女性と奏多への嫉妬心と僕に対する独占欲から無我夢中で行為に及んだこと。

 それからは僕の衝動を利用し、僕がいぶき姉さんに依存するよう「」と称した行為を繰り返したこと。


「姉さん、ごめんなさい。僕が姉さんの気持ちを解ろうともせず、甘えていたせいだ。」


「謝らなきゃいけないのは私の方だよ。謝って許されることじゃないけど、キミの衝動を利用して、私の欲望を満たしていたことに変わりない。」


「それでも、僕は姉さんに救われていたよ。」


「キミをに使っていたのは私なのにかい?」


 きっと、僕といぶき姉さんは共依存の関係になっていた。

 僕は衝動を抑え込むために、いぶき姉さんの慰めに依存していた。

 いぶき姉さんは、自身の欲と秘めた恋心との葛藤に対処するため、僕を独占することに依存していた。


「同機はどうであれ、いぶき姉さんが傍にいて僕を慰めてくれたから、僕は救われたんだ。」


「そうか、そう思ってくれたなら、私にも救いがあるのかな。」


 けれど、このままいぶき姉さんとの関係を続けることは許されない。

 僕を慰めるたびにいぶき姉さんの心は、カラダは、傷ついていく。


「でも、ごめんなさい。これだけ姉さんに甘えてきた僕に、こんなことを言う資格はないかもしれないけど、姉さんの気持ちには応えられない。」


「ああ、解っていたよ。私は道を間違えたんだ。従姉弟いとこだからか、姉さんだからか、正面からキミに迫ることはできなかった。本当のキモチを伝えることはできなかった。でも、こんな形で申し訳なかったけど、ようやく最後に伝えられてよかったよ。」


「うん、僕は姉さんに憧れていた、姉のように慕っていた。だから、僕を好いてくれていたのは本当に嬉しかったよ。あんなことをしてきて、内心では嫌悪されても仕方ないと思っていたから。」


「まぁ、本当にキミは鈍感だしね。カラダまで差し出したのに気づいてくれないんだもの。」


 想いを吐き出したいぶき姉さんはどこかすっきりした表情で、いつもの揶揄うような口調なっていた。


「それは・・・、本当にごめんなさい。」


「本当のことだけど、今のは冗談だよ。」


「うぅ、事実だから何も言えない・・・。」


「あはは、そんなに真に受けて凹まないでくれよ。それに、それでも・・・」


 そこまで言うと、いぶき姉さんは僕の正面に向き直って、恥ずかしそうに顔を赤らめると、ぎりぎり触れない距離まで近づいて耳元でつぶやいた。


「キミを抱いてるときは本当に幸せだったよ。」


「(んーっ!)」


「ふふふっ、顔が真っ赤だよ?大丈夫?慰めようか?」


「い、いや、今その揶揄い方はやめてください!」


「あははは、キミを揶揄うはホントに面白いね!あー、可笑しい。」


 僕を揶揄って笑ういぶき姉さんは、本当に眩しいくらい美しい笑顔をしていた。

 今、見惚れるなんてことを言ってはいけないが、素敵な姉さんに戻ってくれてよかったと思う。


「それはそうと、今後のことを考えないといけないね。」


「今後のこと?」


「そうだよ、だって、私はもう慰めなんて真似はできない。『お姉ちゃん、慰めて』とキミが甘えてくるなら喜んで慰めるけど、そうはしてくれないだろ?」


「そんなこと・・・、もうできないよ。」


「ならば、対策を考えないと!」


 確かにそうだ。

 今まではいぶき姉さんが慰めてくれたから、他の人にバレることもなかった。

 考えたくもないが、いぶき姉さんがいなかったら他の誰かを襲ってしまうなんて最悪の結果もあり得たかもしれない。

 だが、これからは、いぶき姉さんに決して依存しない。

 そのためには、衝動が起こった時にどうするかではなく、衝動が起こらない方法を考えねばならないのだ。


「対策というか、対処療法でしかないんですが、まずは、あの写真を絶対に見れないようにしようかと。」


「まあ、それは正解かもね。でも、大事なオカズがなくなって大丈夫かい?」


「オカズって・・・。そんな使い方できないのはいぶき姉さんが一番よく知っているでしょ?」


「あははー、そうだよね。じゃあ、あの写真は私が責任をもって処分するし、写真のデータは私が厳重に保管するってことでいいかな?」


 いぶき姉さんの申し出は願ってもない案だ。

 僕が持っていると何があるかわからないから、僕のコントロール下にない方が良いに決まっている。

 でも、これはまたいぶき姉さんに違う形で依存することにならないだろうか。

 今のいぶき姉さんを疑いたくはないが、また、いぶき姉さんが写真を使って何かしてくるという可能性を消すことはできない。

 そう考えると素直に賛成と言えず、しばらく言葉を発することができなかった。


「もしかして、また私が悪用するとでも思ってる?」


「いや、そうは言いませんけど・・・。」


「疑念を持たれるのは尤もだ。が、これは私自身への戒めでもある。私が何かしさえしなければ、キミはあの写真を目にすることはないんだ。キミが信じてくれるなら、私はキミを裏切るようなことは二度としない。」


 『自分自身への戒め』という言葉に、いぶき姉さんの覚悟を感じると同時に、彼女も前に進もうと考えてくれているのだとすこし安堵した。

 それと同時に、本当の姉のように世話を焼いてくれることが嬉しかった。


「わかりました。いぶき姉さんを信じるよ。」


「そうか、ありがとう、信じてくれて。ならば、こっちは任せてくれ。では、もう一つの心配事なんだが。」


 もう一つ?と首をかしげる僕にいぶき姉さんは続ける。


「さすがのキミでもわかるだろ?奏多ちゃんのことだよ。そもそもの原因はあの写真の女性が奏多ちゃんと瓜二つということだ。キミにとっての本物は奏多ちゃんなんだから、キミはその本物を克服しなければならない。」


「そ、そうかもしれないですけど、克服と言ってもどうすれば。」


「実は、私に良い考えがある!」


 何かほんのり嫌な予感がするが、僕に拒否権はなさそうなので良い案があるなら縋りたいというのは本音でもある。

「いい案とは?」


「キミ、奏多ちゃんの写真を撮りなさい!」


「は?」


 いぶき姉さんが何をさせようとしているのか理由がわからず、ぼくは口を半開きにした間抜けな顔で固まってしまった。

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