第12話 まだ言えないこと
「コ、コータ君・・・。」
「奏多、大丈夫?」
「あっ・・・、(ゴホンッ) ええ、助けてくれてありがとう。」
不埒な先輩が去り、一瞬、捨てられた子犬のような潤んだ瞳で見つめていたように見えた奏多だったか、咳払い一つで、氷の姫に戻り、冷静に謝辞を述べてきた。
「そう、ならよかった。同意の上なら邪魔しちゃ悪いかなと思ったんだけど、そうは見えなかったから。先輩が引いてくれてよかったよ。君の足掛けにも助けられた。」
「あ、あんな男に同意なんてする訳ないわ。あ、足はたまたま引っかかってくれたのよ。」
茶化したつもりはないが、少し不機嫌そうに言い訳をする奏多が可愛いと思ってしまった。けど、それより、奏多と面と向かって会話をしているのに、あの衝動が起きていないことへの安心感の方が強かった。
「そうか。どちらにせよお互い無事で何よりだよ。」
「そ、そうね・・・」
「じゃあ、僕はこれで。」
本来は少し話をしようと奏多を探して来たのだが、こんなハプニングがあってはそれどころではない。
そうなった以上、僕は出来るだけ早くこの場を立ち去るべきだろうと考えていた。
「え、もう行くの?せっかくだもの、少しお話できないかしら?」
「あぁ、お昼ごはんの続きは大丈夫なの?」
「ええ、心配ないわ。それに、さっきの写真も気になるし・・・。よかったらここに座って。」
「ああ、そうか、わかったよ。」
奏多にこう言われては、逃げることはできないと思った。
あんなことの後なのにやけに冷静で覚悟を決めているような話しぶりに、先生に職員室に呼ばれたとき(何かやらかしたかな?)みたいな怖さを感じたが、怒りは感じないから、大丈夫だろうと。
本より奏多と話すのは僕の目的でもあったし。
奏多の隣に拳3個分くらいの微妙な距離を開けて腰を掛けると、奏多が話し始める。
「そ、それで、改めてさっきはありがとう。見ず知らずの先輩にいきなり迫られるなんて思ってもいなかったから、驚いてしまって。助けてくれなかったら、どうなってたか・・・。」
少しクールな口調は変わらないが、しっかりと感謝の心は伝わってくる。
「ああ、助けると言っても大したことはできなかったけど、君が無事でなによりだよ。」
実際、あの先輩が奏多に覆いかぶさったときは、本当にどうしようかと思った。
『やめろ!』なんて、大きな声を出したり、まして、実力行使で止めるなんて僕には到底できなかっただろう。
助けなきゃという気持ちは確かにあった。
けれど、カメラのシャッター音を響かせたのはとっさの思いつきに過ぎないし、そのあとだって流れに任せてあることないこと言ってみただけだ。
「いえ、コ、コータ君が来てくれなかったらと思うとぞっとするわ。あ、あと、その、写真って本当に写ってるのかしら?」
「あ、もしかしてバレてた?実は、犯行現場が写ってなんかないよ。写ってるのは白っぽい歪んだ世界だけだよ。とっさにシャッターを切っただけだから、画角もピントもあったもんじゃない。もしかして、あの先輩を訴えたり、制裁するつもりだった?」
「あぁ、やっぱりそうなのね。いや、訴えるなんて考えはないわ。未遂だし、逆恨みされても困るし、私が襲われてる姿が写っているのもちょっと複雑。でも、もし写ってたらコータ君に撮ってもらえた写真なのになって、ちょっと思ったの。」
パパラッチや敏腕カメラマンでもない限り、犯行現場をしっかりと撮るのは至難の業だ。
それに、奏多が襲われている写真なんて、本来撮りたくもない。
でも、『僕に撮ってもらえた』だなんて、どういうことだろう?
「そ、そう・・・。あと、もう一つ質問なのだけど・・・。」
「・・・何かな?」
「コータ君は私のことが嫌いなのかしら?」
僕はその質問に少し動揺した。
でも、質問の意図は理解できる。
そりゃ3年ぶりの再会したというのに、これまで、まともに顔を見ることもできず、あの衝動が起こらないためとはいえ、あからさまに避けていたのだから、そう思われて然るべきだ。
でも、僕は奏多を嫌ってなんていない。
むしろ、幼いころからずっと恋心をいただいている美少女だ。
「い、いや、それは違う。断じて嫌っているなんてことはないよ。」
「それなら、どうして私を避けているように見えるのか、教えてはくれないの?入学式の日に言っていた『私の笑顔を見ると・・・』って何のこと?」
奏多の口調が少し崩れる。顔は努めて冷静を装っているが、氷の姫の心には熱がこもっているのがよくわかる。
僕は、いっそあのことを打ち明けてしまおうかとも思った。奏多なら、幼いころのようにすべてを受け止めて僕を導いてくれるかもしれない。
「そ、それ・・・。僕は、君の笑顔を見ると・・・」
そこまで言いかけた。けれど、あの写真のことも、その衝動のこともすべてをきちんと説明できる自信がなかった。というより僕自身にもわからないことが多すぎた。
だから、今は『嫌ってなどいない』ことを伝えるだけで今は精一杯だった。
「・・・いや、すまないが、今は言えない。僕にもなんと言っていいかわからないことだらけなんだ。だけど・・・、僕は今の君を嫌いじゃない!これは本心だ。」
「そ、そうなのね・・・。うん、そうね、今は嫌われていないなら良かったわ。私の笑顔が何なのかは気になるけど、今の私はこんな感じだし、それを嫌いじゃないと言ってくれるなら。」
「すまない。いつか、ちゃんと説明したいと思ってはいるよ。」
「わかったわ。だったら、それを待つことにするわね。ん、じゃあ、そのかわり一つお願いを聞いてくれないかしら?」
「お願い?」
「うん、お願い。」
奏多が僕にお願いあるなんては思ってもいなかったし、どんなお願いなのか全く予想がつかなかった。
「私をコータ君の被写体にしてほしい。コータ君に私の写真を撮ってほしい。笑顔は見せない、コータ君が嫌いじゃないと言ってくれた今の私を。」
予想していなかった奏多のお願い。
でも、それを聞いた僕の心の中にまた一つ、新しい火が灯る音がした。
「わかった。そういうことなら君の写真を僕が撮るよ。」
少し困惑はあったけど、写真を撮ってほしいというのはとても嬉しいことだった。
それは、本来僕が望んでいたことでもあるし、ある時まではいつか父のようなカメラマンになれた暁には大好きな奏多に被写体をやってほしいと思っていた。
あのことがあってから、ほとんど諦めていたことだけれど、もし、僕にその権利があるのなら、謹んで勤めさせてもらいたい。
「いいの?本当に?」
「ああ、僕も撮りたいと思っていたよ。腕を上げておかないと。」
「そうね。楽しみにしているわ。」
僕の返答を聞いて、奏多はまたしっかりと氷の姫の表情に戻っていた。
でも、その目は確かに喜んでくれているのがわかる。
僕は奏多の幼馴染で、奏多のその目を知っているから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます