第7話 写真部
「なるほど。それなら、まあ、学校生活はなんとかなりそうだね。」
「はい、笑顔を見なければ大丈夫なことが証明されましたし、
入学式の翌日の放課後、僕は写真部の部室でいぶき姉さんに昨日の出来事を報告していた。
奏多は、今日も氷の姫だった。
クラスメイトは隙あらば囲んでいたが、その冷たい表情をくずすことはなく、かと言って周りを突き放すようなことはしていないようだった。
僕はそんな奏多を教室の端からしっかりと観察できたことで、入学式での確信したことが正しいことを確信できたのだ。
奏多の笑顔を見なければあの衝動は起こらないこと。
奏多は氷の姫となっているから、今後、笑顔を見る機会は少ないはずだということ。
「ふうーん、まあ、まっとうな学校生活が遅れるのは光明だね。」
「なぜ奏多が氷の姫になったのは気になるところですが・・・」
「奏多ちゃんにも思うところがあるんじゃないのかい?それより・・・。」
いぶき姉さんは、どこか不満そうに、でも、ほんのり頬を赤らめて、僕を見つめる。
「正直、今日も慰めが必要かなと期待していたのだが・・・。まぁ、もしもの時は私がいることを忘れないでくれよ?」
「はい、その時はよろしくお願いします・・・。」
「さて、それじゃあ、本題に入ろうか。」
「本題ですか?」
「そう、写真部の最初の活動についてだよ。」
いぶき姉さんによると、4月の3週目、つまり2週間後に部活動説明会が開催される。
新入生はそこでさまざまな部活の説明を聞き、自身の参加する部活を決めるのだが、その説明会の開催にあたり、主要な部の紹介記事が掲載された写真付きのパンフレットの準備が必要なんだとか。
このパンフレットは生徒会が主導で作成されるが、掲載される写真の撮影が写真部に依頼されているとのだった。
「去年は部員が何人かいたから大した苦労はしなかったんだけど、今年は私だけだからね。」
「それで僕を先に入部させてこき使おうとって訳だったんですね。」
「こき使おうだなんて人聞きの悪い。キミの実力を見込んで貴重な戦力を先に確保したかったんだよ。」
「はいはい、わかりましたよ。いぶき姉さんにはかないませんから。」
ほとんどの新入生は部活動説明会の後に正式にそれぞれの部に加入するのだが、中学時代から名を馳せたスポーツ部の選手や先輩との繋がりがある生徒は先んじて部活に参加することができる。
僕もいぶき姉さんに捕まっていたということだ。
「じゃあ、時間がもったいないから撮影に繰り出すとしよう。」
「今日は何部に行くんですか?」
「早速で申し訳ないが、今日は水泳部だよ。」
「えっ、いきなり?わざとですか・・・?」
「いやいや、こればっかりはスケジュールの都合としか言いようがないから、理解してくれ。」
「それはわかっていますよ。大丈夫です。」
駄々をこねてもしかたないのでおとなしくいぶき姉さんに従うのだが、水泳部にはすでに奏多が有望選手として加入している。
聞いた話によると奏多は海外でもジュニアオリンピックの強化選手に選抜されるほどの競泳選手で、地区レベルでは何度も記録を塗り替える程の活躍だったそうだ。
もちろん、その情報はうちの水泳部にも伝わっていて、来日後すぐに水泳部関係者から接触があり、入部が決まったと母さんが話していた。
ピーッ!
バシャンッ!!
バシャバシャ!!
水泳部が活動している屋内プールにやってくると、たくさんの選手たちが練習していた。
もちろん全員水着姿で、正直、男子高生の僕には目のやり場に困る場所ではある。
が、あの衝動が発生することはなく心の中でほっと胸をなでおろす。
「やほー!いぶきちゃん。今日はよろしくねー!」
「あ、彼が例のいとこ君か!うふふ、結構可愛い顔してるんだね♡」
水泳部部長の渡瀬ひなの先輩が僕たちを出迎えてくれた。
「例のってなんです?」
「あ、いやーこっちの話だから気にしないでねぇ。」
何やらいぶき姉さんが事前に僕のことを紹介していたみたいで、妙に生温かい話し方をされる。
「こほんっ、妙な挨拶はそこそこにして撮影を始めていいかい?」
「はいはーい!じゃあ、あっちのプールで練習してる、
そう言うとひなの先輩はプールに駆け寄り、愛理先輩に声をかける。
それから、いぶき姉さんが愛理先輩と僕に撮影するカットの説明をして、段取りをつけてくれた。
いぶき姉さんデイレクションをして僕がカメラマンという役割だ。
「では最初のカットいくよー!」
いぶき姉さんがどこからか持ってきたメガホンを口元に充てて、映画監督さながら指示を出す。
パシャ、パシャ、パシャ
まずは、スタート台でスタートのポーズ、続いて、飛び込む瞬間を空中でとらえる。
撮っては確認し、撮っては確認しを繰り返し、次々に撮影を進めていく。
最後はプールから上がって、ゴーグルとキャップ撮って立ちポーズで数枚撮ってフィニッシュだ。
ゴーグルをかけていた時にはわからなかったが、愛理先輩は、円らな愛らしい瞳が目を引く美少女だった。
「はい、オッケー!撮影終了だよ!」
「ありがとうございます!あの、写真少し見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい、大丈夫です。確認してみてください。」
首から下げているカメラの液晶画面を隣に並んで見るため、確認時は非常に距離が近くなってしまう。
愛理先輩が画面を覗き込むと、プールの塩素の匂いの中にほのかな甘い香りが漂っていた。
「わぁ!!すごーい!自分で言うのも恥ずかしいけど素敵!プロのカメラマンさんみたいに撮ってくれたね♡」
愛理先輩は上機嫌に僕の写真を褒めてくれた。
あまり至近距離で水着姿の愛理先輩を見るのは憚られて、プールの方に目線を移すと、見覚えのある美少女がプールの縁に座ってこちらを見ていた。
いや、睨んでいたと言ってもよいかもしれない。
ここでも氷の姫は冷たく凛とした表情をしていた。
「(水着姿も可愛いなぁ。)」
一瞬心の声が漏れそうになったが、僕は気付かないふりをして、愛理先輩と会話を続ける。
「(よし、水着姿を見ても大丈夫っと。)」
「それじゃ、今日は終了ということで!データは後でひなのさんに送っておくよ。」
いぶき姉さんが何かを察してなのかそうでないのか、撤収の声をかけてその場はお開きとなった。
プールを後にする僕に遠くからの突き刺すような視線と、近くからは生暖かい視線を感じたが、気のせいということにした。
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