第6話 入学式

 SIDE:航太


「はーい、では初めての出欠と取りまーす!!」


 なんとか教室にたどり着いたところで奏多かなたを振りきることができた。

 運よく僕の席は教室の窓側の端、最初は遠目にクラスメイトに取り囲まれる奏多の姿を確認していたが、ちらっと笑顔が見えたところで危険を感じて顔を伏せていた。


 しばらくすると、今日からお世話になる担任の春木はるき先生が到着し、生徒たちはおとなしく席につく。

 さすが、東京有数の進学校で学力だけでなく民度も高いことがうかがえる。


「ということで、これから入学式会場の大講堂に向かいますので、廊下に整列してください!」


 この鳳凰ほうこう高校は、文武両道の精神を徹底し、入学者は推薦入学一切なし、ガチの学力&面接一発勝負にも関わらず、文科系、スポーツ系共に毎年様々な全国大会で優秀な成績を収めるモンスター高校だ。


 クラスは、A~Hクラスまであり、噂によると1年生は敢えて学力、部活動などの一切の事前情報を加味せずランダムに振り分けされるらしいが、不思議なことに毎年、勉強のクラス平均も体育祭などの運動系行事の成績も、あらゆることでクラスの実力は拮抗するらしい。


 そんな、高レベルで拮抗する実力者が集まる鳳凰高校において、今日の新入生代表挨拶は、入試を首席合格した美少女幼馴染 美月奏多が務めることが発表された。


「(3年海外にいたのに、首席ってすごいな。)」


 小学校時代も勉強も運動もできるパーフェクト女子だったのだが、この鳳凰高校で首席合格とは、幼馴染としては鼻が高い。


「(『首席合格おめでとう!』くらい言ってあげたかったんだけどな。)」


 自分の不甲斐なさを顧みながら、ただ静かに入学式の進行を見守る。


 式次第が新入生代表挨拶の順番になって、奏多が名前を呼ばれ、ステージへと上がっていった。


 壇上で一礼し、顔を上げたところでやばいと思って、僕は目線を下にそらす。


 周りからは

「うわー、綺麗な人―。」

「すっげー美人だなー。」


 なんて、ひそひそ声が聞こえてきたが、そんなことはよくわかっているし、晴れやかな笑顔でみんなの視線を独り占めしているであろう奏多の顔を見ることはできない。

 それを見てしまえば、この入学式という厳粛な儀式のさなかにあれを発動してしまうことになるからだ。


「(そんなことが絶対にあってはいけない。)」


 そう、心の中でつぶやいたところで、ちょっと違和感のあるつぶやきが聞こえてきた。


「でも、あんな綺麗で冷たい顔、初めてみたわー」

「ほんと、氷のお姫様って感じ。」

「笑顔も見てみたいけど、これはこれで・・・イイかも。」


「(ん?冷たい顔?氷の姫?)」


 奏多のビジュアルをよく知る僕からしたら、極めて意外な反応にかなり意識をもっていかれた。

 元来、奏多はとても可愛らしく表情豊かな美少女なのだ。


 それに続いて、いよいよ奏多の代表挨拶が始まるが。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは・・・。」


「ん???」


 出だしの一文を聞いただけで、思わず声を出してしまった。

 別に、文章自体はありふれたものだったが、声が予想していた奏多のものじゃなかった。


 あの朗らかな天使のような可愛い声ではなく、低く冷たい感情の抑制された声。

 緊張しているからといったようなトーンではなく、あくまで冷静な平常ながら、その場を氷漬けにして、聞いている人すべてを生け捕りにするかのような支配的な声。


「(なんだこの声は?)」


 僕はあれが発動しないように、最後まで奏多を見ないと心を鬼にして誓っていた。

 しかし、この声の主がとても奏多とは思えず、自身の好奇心が勝ってしまったことで、思わず顔を上げて演台を凝視してしまう。


「(奏多!?)」


 そこにいたのは、間違いなく奏多であるがどうにも奏多ではない女子生徒だった。


 さらさらな髪と制服の上からでもわかるモデルのようなスタイル。

 絹のようなつやのある色白の肌、大きな瞳、少し小さいが完璧に整った唇

 これは奏多に他ならない女の子だった。


 でも、決定的に違うものがある。


 僕が幼少期から恋焦がれ、焦がれすぎておかしくなった原因。

 あの写真の女性と瓜二つのあの表情。

 だれもが認める彼女の魅力を最大限に引き出す、あの微笑み、いや笑顔がそこに全く存在していなかったのだ。


 その表情は、まるですべての民を見下す女王のように冷たく、一方で氷のように透き通るほど純粋。

 あの笑顔を知る僕が見ても、彼女は緊張も雑念も一切なく、生まれてこのかたずっとこの美しく冷酷な顔を保っていたと思うほどに、自然にその冷たい表情をしていた。


 ひとり頭の中で逡巡し終えたところで、ふと気づいたことがあった。

 ぼくは、呆気にとられながらも彼女の顔をいたって冷静に分析していたことに。


「(そういえば・・・。)。あっ!」


 思わず、出かけた驚きの声を無理やり飲み込む。

「(おかしい、おかしい!。けど、やっぱり!!)」


 そう、この状況はおかしかった。

 遠くからとは言え、奏多の顔を見ても、僕のあれは発動していないのだ。


 再会の日から、何度もすんでのところで堪えてきたあの現象が起こらない。

 さっき、いや教室に入るまで、一瞬でも気を抜いて目を奪われると否応なく発動しかけた現象。


 それが、こんなにもまじまじと見つめているにも関わらず、目をそらさずに冷静に分析ができた。

 

 予想していなかった事態に困惑しながらも、奏多の顔をしっかりと見れたことも喜びは大きかった。

 さらに、僕が今日を迎える前に立てていた一つの仮説を実証できたのだ。


 その根拠は二つの事実

 奏多の顔から一切の笑みが感じられない

 その顔を見ても、僕の衝動は起こらない


 これから、実証された仮説はこうだ。


 僕は奏多とあの女性のにどうしようもなく欲情してしまう。

 けれど、今の奏多のには何も反応しない。


 そして、最後に改めて証明されてしまった事実はこうだった。


 僕は、これから先、奏多の笑顔を見ることはできない。

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