第4話 逆高校デビュー
「おはよう、航太君。こないだも言ったけど、これからまた奏多のことよろしくな。」
入学式の朝、学校の玄関口で両親を伴った
「あぁ、はい、大丈夫です。」
僕は生返事を返す。
「コータ君、ほんとに大丈夫?こっちは3年ぶりだし、頼りにしてるんだけど。」
母親の
「うん・・・・。じゃあ、生徒は一度教室に行くから、母さん達は控室に行ってね。」
奏多の言葉には、簡単な相槌だけでこの場を切り上げようとする。
視線は送らない。いや、彼女の微笑みを凝視してしまうのが憚られて、僕は視線を外したままにしかできない。
「わかったわ。じゃあ、またあとでね。行きましょう、麗華、壮太。」
「ええ、そうしましょう、
母さんたちは互いを下の名前で呼び合う。
僕の両親と奏多の両親は大学の同級生だった。
皆、写真サークルに所属し、主に男性はカメラマン、女性は被写体として作品作りに励んだ仲間だったらしい。
被写体となるだけあって、麗華さんも母も実年齢より10歳以上若く見えると言っても良い容姿を保っている。
学生時代であれば、被写体として十二分に絵になっていただろう。
母さんたちの会話が始まったところで、好機とばかりに僕はすっと教室へ向かって足を踏み出す。
「ちょっと、コータ君!私も行くから!」
不満そうに、奏多が僕について来くるので、『ん』と頷くだけで奏多の半歩先を行くことにした。
「コータ君ってなんか変わったよね。昔よりクールになった感じ?日本の思春期男子ってみんなそうなのかなぁ?」
奏多は中学の3年間海外で暮らしていたので、思春期の真っただ中を外国人と過ごした。
もしかすると向こうは、そういうのは早くて、高校生ともなれば思春期特有のアレコレなんて卒業しているのが普通なのかもしれない。
「僕は、別に変ってないよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「・・・君の笑顔はあまり見たくないんだ・・・。」
僕は敢えてはっきりは聞こえないように、ぼそぼそと言った。
こんなことを言われて良い気分になる女の子はいないし、申し訳ないと思っている。
「・・・え?なんて?」
「いや、何でもない。早くいかなきゃ。」
「ちょ、ちょっと。」
これ以上は無理と、早く話を切り上げたくて先を急がす。
今の僕にはこうするしかできないし、奏多だけには事情と本心を打ち明けることはできない。
だって、奏多の綺麗なその顔は、あの女性と瓜二つ。
あの日から、僕の心に鋭い棘を刺し、僕の中の男を目覚めさせたあの女性。
いや、男の目覚めなんて、実は小学校高学年ころからすでに自覚していて、幼馴染だが遠くへ行ってしまった奏多を思い浮かべて、なんてこともあったけど。
僕の中の男を淡い不完全な状態なまま一気に異常値に引き上げてしまったのは、まぎれもなくあの女性であって、僕の斜め後ろをついてくる奏多である。
あの写真を見た日に僕の脳裏に焼き付いた映像と、中学を卒業した日の翌日に再会した奏多の姿が完全にリンクしてしまっていた。
さらには、いぶき姉さんとの慰めと称した行為とも複雑に絡み合い、一つの方程式のようなものが完成してしまった。
つまり、奏多の笑顔とあの女性の裸、そしていぶき姉さんとの行為、これらが導く答え。
それは、奏多の、彼女の笑顔を目の当たりにするたびに押し寄せるどうしようもなく制御の効かない性衝動である。
敢えて簡潔に言えば、奏多の笑顔を見るたびに欲情が止まらなくなるのだ。
思春期の健全な男子であれば、異性の姿に悶々とした欲を抱くのはいたって普通のことだろう。
でも、僕のはそんなかわいらしいものじゃない。
なまじ、いぶき姉さんの慰めオプションがついてしまったばかりに、深い場所でまがまがしい渦を巻いた状態で発現する。
きっと僕はおかしくなってしまった。
幼馴染の笑顔を見ただけで、恐ろしいほどに欲情する男子高生なんて危険極まりない。
まして、このことが奏多本人に知れた時には、最大級の嫌悪を浴びてしかるべきである。
そう自覚した僕が採れる選択肢は一つだった。
彼女の笑顔を見ないために奏多には極力かかわらず、いぶき姉さんに依存してでも欲情を抑え込む。
奏多の、僕の平穏な高校生活を守るため、今日の入学にあたり決意した。
ふと、教室の前で足をとめる。
急に止まった僕を怪訝そうに見やっているだろう奏多へ、もちろん目線は送らず言葉だけを発する。
「今日からはただのクラスメイトとしてよろしく。僕は友達も碌にできないだろうから、僕に構わず高校生活を謳歌してくれ。」
「え、急にどうしたの?ただのってどういう意味よっ?」
「そのままの意味だよ。じゃあ。」
「ちょ、ちょっと・・・。」
教室の入り口をくぐったとたん、多くの生徒たちの視線が奏多へ向かう。
その視線に奏多が一瞬戸惑った隙に、僕は自分の机へ逃げ込むように向かった。
そうしているうちに、女子たちは「かわいい!」「きれー!」などと声をあげながら奏多をとりまき、男子たちは外周から輪の中に聞き耳をたてるという構図が完成した。
これでもう、この場で奏多が僕に構うことはできない。
僕は、ある意味逆高校デビューともいえるような、第一段階をクリアできたのだ。
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