第3話 あの日見つけたCD-ROM

 いぶき姉さんの体温を感じながら、うつろな脳裏にあの日の出来事が浮かぶ。


 約一年半前、父さんの死を受け入れなければならなくなった日、遺品として父さんが最期に手にしていたあのカメラを受けとった日のことだ。


 カメラケースには数種類のレンズや予備のバッテリー、メンテナンス道具なども入っており、それらをしっかりと収めるためにスポンジの型が入っていた。

 一つ一つ手に取り、まだ鮮明だった父さんの面影に思いを馳せると再び悲しみがこみあげてくる。

 下瞼に涙を留めながら、テーブルに道具を並べ終えたとき、ケース内の内ポケットに年代を感じるCD-ROMを見つけた。


「ん?写真ドライブのインストール用か?今時珍しいな。」


 などと、つぶやきながら、ディスクを覆う半透明のカバーにはとマジックで書かれていた。


 気になった僕は、パソコンを持っているいぶき姉さんの家を訪ね、中のデータを見せてもらうことにしたのだ。


「やあ、待っていたよ。少し目が赤いけど大丈夫かい?」


 いぶき姉さんは夏だからといっても無防備すぎる薄着で迎えてくれた。

 上半身はキャミソール、下半身は緩いショートパンツ

 上下ともに関節部からチラチラと下着とわかる特有の質感の生地が見え隠れしている。


「うん、大丈夫。それよりこれ。」


 そんなことは意識していないと自分を誤魔化すように、要件を伝える。


「これか。今はパパもママもいないから私の部屋で見てみよう。推薦入学だから受験勉強もないし、暇つぶしにこの間パソコンを買ったんだ。CDドライブが付いていてよかったよ。」


 部屋に案内されたところで、早速、CD-ROMを挿入し、読み込みを始める。

 中にはフォルダが一つだけあり、フォルダ名は日付と思われる数字が並んでいるだけだった。

 フォルダを開くと、画像データが十数個、そのうちの一つを開いてみた。


「うわ」

「え?」


 画像を見た瞬間、僕は驚きの声を上げ、いぶき姉さんは手で顔を覆った。


 ディスプレイに表示された画像は、若い女性の裸体。

 薄暗い部屋の中で、冷たい光に照らされて、妖艶にでもあどけない笑顔をカメラに向けている。

 その身体は、トップモデル級にスレンダー、一方で胸は豊かにかつ程よく膨らんでいる。

 肌は絹のようにきめ細かく、少し長めのボブヘアは生糸のような光沢を放っていた。


 作品としては、芸術的であることは間違いない。

 表現の世界では時に裸体が芸術に昇華することが多々あることは、歴史が証明している。


 しかし。


 改めて、その女性の顔を見たとき。


「奏多・・・・。」


 考えるよりも先に、1年程前に海外へと引っ越した幼馴染の少女、そして、初恋の女性の名前を口からこぼしてしまった。


 似ているというレベルではない。

 笑うと三日月型になる目も、すっと筋の通った鼻も、小ぶりだが艶やかでプルンとした唇も、すべてが彼女に瓜二つだった。

 違いを見つけるのが難しい。

 

 ただし、奏多であり得ない、あり得てはいけない項目が一点だけある。

 僕と同学年、実際には誕生日はほぼ一年違うが、同い年の思春期の少女がヌードで写真に納まっているはずがない。

 その証拠に、その女性は奏多より数年大人びた、性的に成熟した身体をしている。

 もちろん、奏多の裸を見たのは小学校入学前に一緒にお風呂に入れられていたころが最後だが、その女性ほどに成長する訳はないのだ。


 一瞬の思考の中、次に疑念と怒りを含んだ困惑が襲ってくる。

 

 なぜ父さんがこんなふしだらな写真データを持っているのか、この女性は誰なのか、なぜ奏多にこれほどまで似ているのか。

 そこまで頭を巡らせたところで、隣で一緒に写真を見て、驚きのあまり言葉を失っていたはずのいぶき姉さんが口を開く。


 「ねえ、キミ、それ興奮してるの?」

 「え、いや何を言って・・・」


 ガタン!


 驚いて立ち上がってしまった結果、僕の下腹部がいぶき姉さんの目の高さに合ってしまった、

 

 「だって・・・これ」


 そう言われて初めて、僕は自分のものが言い逃れることは不可能なほどにしっかりと反応していたことを自覚してしまった。


 この自覚がよくなかった。


 見てはいけないだろう写真を見てしまったこと。

 父さんがこんな写真を保存していた事実に怒りと困惑を覚えたこと。

 その女性が奏多と瓜二つだったこと。

 奏多の顔をした女性の裸に、男としての反応をしてしまったこと。

 それを、物心ついた時から姉と慕ういぶき姉さんに知られてしまったこと。


 すべてが、僕を追い詰めた。

 怒りと困惑と興奮と羞恥、中学2年の思春期男子を壊すには十分だった。

 

 「ちがう!ちがうよ!何言ってんだよ、変態!!」


 衝動的に、子供のように暴言をくりだしてしまう。


 「いや、変態はキミ・・・。」


 どさっ。

 いぶき姉さんの言葉が続かないように身体が動いてしまった。

 訳もわからずいぶき姉さんを押し倒し、上から押さえつけるように手で口をふさぐ。


 「ふお、苦しいよ・・・」


 と、いぶき姉さんに抵抗され、手をどかされてしまう。


 「ねえ、ちょっと、んぐっ!」


 次の言葉が聞きたくなくて、とにかく口をふさぐことしか考えつかなかった僕は、いぶき姉さんの口を、自分の口でふさいでいた。


 「んふ、んー」


 声にならない息が漏れた瞬間、いぶき姉さんは僕をつかんでいた手の力を抜いた。

 そしてなぜか、接触していた口に舌を入れて吸い付いてきたのだ。


 驚いた僕は、思考が停止してすべての力を抜いてしまう。


 「んちゅ、ん、ふう、ちゅ」

 数秒の間、いぶき姉さんはなまめかしい音をたてて、口を動かし続ける。


 「もうっ、そんなことされたら私も興奮してるのバレちゃうでしょ。」

 「こうなったら、キミに責任とってもらうから、おとなしくしててよ。」

 

 責任?

 意味の分からないワードを言われて放心してしまったところで、いぶき姉さんは体制を入れ替え僕の上にまたがった。

 

 「ふふ、きっと訳がわからないよね。」

 「でも、大丈夫。」

 「キミは私が慰めてあげるから。」

 「あとは私にまかせて。」


 いぶき姉さんはひどく優しく艶やかな声で言うと、僕に覆いかぶさってきた・・・


 そのあとの数十分間、何をしていたのか。

 当時の僕には理解できなかった。

 後に残ったのは、経験したことのない脱力感だけだった。

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