第4話 無職から無事に就職
衛舎の食堂で少し遅めの朝食をエドモンドさんと一緒に頂く。食卓テーブルの上にあるのは黒パン、スクランブルエッグ、茹でた鶏肉、サラダと品数も多く非常に彩り良く美味しい。最近は黒パンに水という偏った食生活を送っていたので目の前に出された豪華な食事はとても嬉しく感じる。
「頂きます」
僕は手を合わせて感謝の言葉を口にすると木製のフォークで食事を頂く。
まずはサラダからだ。
見た目はシンプルなキャベツの千切りだが、味はどうだろうか? うん、味は僕の知っているものよりかなり青臭くて苦みとえぐみを感じる。食感は、水気を失っているのかパサパサしていてガリガリするほど硬い。パサパサとガリガリのマリアージュとは恐れ入った。
次に同じ皿に添えられた茹でた鶏肉にしよう。
肉は一週間食べていないので非常に楽しみだ。まずは一口。ゴリッ。ふむ、レアか。肉汁は全くなく野性的で力強い獣臭さと新鮮な鉄の味だ。食感はモツのようで中々噛み切れない。調味料は塩をほんの少し使っているだけの様で、食材そのものの味を生かすように調理されている。
卵料理はどうだ。
酸味の香りが強くネバついている。パクッ。なるほど、これは贅沢な逸品だ。卵の中にチーズが入っている。山羊のチーズだと思うが、強い塩気と非常に強くむせかえる様な酸味を感じさせる。チーズ自体からあふれる白いネバネバは卵に絶妙にからみ、どこまでも伸びる糸は世界一と呼ばれる明石海峡大橋を思わせる。味覚だけでなく視覚までも楽しませてくれる。
ああ、僕はシェフの腕が憎い。
こんな特別な料理を食べさせる職人を僕は知らない。
最後はパンだ。旨い。安定の硬さとパサパサ感は、顎の耐久力と口の水分を根こそぎ持っていく。これでこそパンの王道。
僕は見事な三角食いで特別な朝食を食べ完食
する。ふと、エドモンドさんと目があった。
エドモンドさんは朝食に手を付けていない。
「お腹が一杯でね。良かったら私の分も食べてくれるか?」
そう言うとエドモンドさんは辞退を申し伝えようとする僕の皿を片づけて、手がついていない自分の皿を僕の前に配膳した。
「おあがりよ」
どこかで聞いたことのある言葉で僕に食を進める。エドモンドさんの瞳には僕に対する期待が見える。食べるよねって言っている。断る事はできない。
恩人であるエドモンドさんの善意は断れるはずもない。
僕はテーブルの上に置いたフォークを再度手にすると再び食事を始めた。気持ち、さっきより酸味と粘りが強くなって特別感が増している。
食すうちに、段々と眠気が、意識が朦朧としてきた。お腹が一杯になったからだろうか?
僕はそれでも食べ続け、何とか完食することが出来た。ふう、本当に、本当に、スペシャルな朝食だった。
後でシェフに御礼参りをしないと。
意識が遠くなる。もう目を開けていられない。体中の力がストンと自然と抜け、僕は椅子から転げ落ちた。薄れていく意識の中で声が聞こえた。
「脱力と毒耐性のスキルを習得しました」
「おのれラインハルト! いつか目に物をみせてやる!」
医務室のベッドで目覚めた僕が、朝食のシェフが乱暴衛兵ことラインハルトであったことを聞いた瞬間僕はブチ切れた。天元突破したと言っても良い。食事は隊員全員で交互の当番制になっているらしく、本日の当番は乱暴衛兵ラインハルトだったようだった。だからさっき居たんだなアイツは!
怒りで頭は一杯で、人生の中でこれ程にキレたことはかつてないと思う。仏のアキラと呼ばれる僕をここまで怒らせることができる人間が存在するとは思ってもみなかった。
不意に声が聞こえた。
「バーサーカーのスキルを習得しました」
バーサーカーを習得?
また、突然頭の中に女性の声聞こえた。そう言えば以前も聞いた気がする。一体何のことだろうか?
僕が声の件で頭を捻っていると、医務室にエドモンドさんが入って来た。様子を見に来てくれたのだろう。
「目覚めたかアキラ。声が衛舎中に響いていたぞ」
エドモンドさんは僕に笑いかけながら、近づいて来て
「さっきは驚いたぞ。旨い美味いと泣きながら食事をしていたお前が、いきなり倒れて痙攣して泡を吹き出すのだからな」
ハッハッハと笑うエドモンドさんを見ていると若干イラつく。
「しかし、私もまさか食事が痛んでいたとは思わなかったよ」
「痛むとか、そういうレベルじゃなかったです よ。本当に死ぬかと思いましたよ」
「無理して食べなくても良かったのだぞ?」
「あの料理の味がこちらのスタンダード料理か と思ったのですよ」
「そんな訳がないだろう」
会話をしている内に僕の怒りと体調も落ち着いてきたので、医務室の看護師さんにお礼をして二人でホールへ移動する事にした。
ホールと言っても少し広い玄関である。別れの時が近づいている。エドモンドさんには本当に良くしてもらったから、とても名残惜しい。
それにしても、ここを出たら僕はどうしたら良いのだろうか? 行くところもないし、頼れるところもない。お金が無いから宿にも泊まれず御飯も食べられない。
「アキラ、これからどうするのかは決まっているのか?」
「いいえ。まだです。全然決まっていません。お金もないし、家にも帰れそうにありません」
「そうか、では少し私の元で働いてみる気はないかね?」
「エドモンドさんの処ですか?」
「ああ、そうだ。寝る所も食事も付けてやろう」
「是非宜しくお願いします」
「決まりだな」
衛舎の留守番が仕事のエドモンドさんの下でする仕事なんてあるのか気なるけど、衣食住がついているのはありがたい。これ以上の良い話はないだろうな。
僕が即答するとエドモンドさんはにやりと笑い握手をしてきた。
「これから、宜しくな」
やけに含みを持たせた言い方に感じた。若干嫌な予感はしたがこの世界で生きる術を得られたことは嬉しい。
「では、行くぞ」
「行くって、何処かに行くのですか? 衛舎で留守番するがエドモンドさんの仕事ではないのですか」
「ここは私の職場ではないよ。そう言えばまだちゃんと名乗っていなかったな」
衛舎を出て颯爽と歩きだしたエドモンドさんの後を連いて行くと、真っ赤な色をして3頭の馬を繋いだ大きな馬車が止まっていた。
御者の乗る馬車の前には執事とメイドが一人ずつ左右に立っている。二人はエドモンドさんの姿を確認すると大きなお辞儀で出迎えた。
「私はこの町の領主をしているエドモンド・アズ・ナブール・ライズだ」
なんですと!!
僕は耳を疑った。信じられずエドモンドさんと馬車を何度も見比べる。僕の驚きの反応に満足したのか、エドモンドさんは鼻を膨らませ満足そうに見える。
認めたくないが、僕だって本当に驚いたさ。
3頭の馬が引く赤い馬車にアズナブルの名、エドモンドさんは少佐だったのだ。
「凄い、格好いい」と賛辞を贈る僕と「そうだろ、そうだろ」と、もっともっとと欲しがる少佐との掛け合いは暫く続いた。
その間、頭を上げるタイミングを失った執事とメイドはずっとお辞儀のままで控えていて、落ち着いた少佐が二人に声をかけるまでそのままの姿勢でいた。
長い時間お疑義をしていたメイドさんが頭を上げた時、少佐に見えないように、凄く強いメンチを僕に切ってきた。
綺麗なお姉さんが切るメンチ姿に、僕とアイツは一瞬でゾクゾクし、興奮した。
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