第3話 釈放と手に入れたモノ
その日は突然やって来た。エドモンドさんから世界の秘密を聞いた2日後のことだった。
「釈放だ。出ていいぞ」
「へ?」
「どうした、早く出ろ!」
聞き間違いか? 僕はまだ簡単な取り調べしか受けていない。ほとんど何もしていないし、何もされていない。
牢に入ってからというもの寝て起きて食べてエドモンドの生活だった。
僕は僕以外の誰かに言っているのではと、前後左右、上下を確認するが、当然誰もいない。もとよりこの牢に僕以外の人はいない。
「僕、釈放なのですか?」
僕の目の前に立ったのは、逮捕された時に僕をボコボコ際にした乱暴衛兵。驚きと恐怖で立ちすくんだ僕は、腰からタオルケットがハラリ落ちたことにすら気づかずに恐る恐る尋ねた。
おかしい、何かおかしい。釈放される理由が分からない。乱暴衛兵は僕を騙そうとしているのではないか?
乱暴衛兵から見れば僕は公然わいせつの大罪を犯した罪深き咎人だ。簡単に釈放する理由が無い。何か別の目的があるはずだ。
僕は一つの可能性に辿り着き、冷たい汗を流した。
昔の時代劇で見たことがあった。適当な理由で、その場でサクッとするやつだ。たしか無礼討ちや手討ちと言ったな。今回はその進化系で、僕が牢を出た瞬間に、「変態が脱走したぞ」と脱獄者の濡れ衣をきせ、気に入らない僕を後ろからサクッっとするつもりなのだろう。乱暴衛兵の考えそうなことだ。
正気の沙汰では無い。
脳裏に数々のバッドエンドな光景が浮かんだ僕は、恐怖に駆られて出口とは逆の壁に背をつける。
「何故逃げる。早くこっちにこい!」
乱暴衛兵が大きな声を出した。言うことに素直に従わない僕に怒りを見せているのだ。
あっ今、剣に指が少し触れたぞ! やっぱりあの乱暴衛兵は僕を手討ちする気なのだ。
「嫌だ、僕は騙されないぞ! 釈放だと嘘をついて僕が出たところを後ろからサクッとする気だろう!」
僕は震える声で話しながら、壁に背を擦りつけ部屋の隅へ移動する。そして気が付く。これも罠だ。僕はすでに乱暴衛兵の策にはまってしまった。
僕は手討ち狩場に誘導されたのだ。これは二段構えの策だった。「変態が暴れたぞ」と逃げのない隅に追い込んで手討ちにするつもりだったのだ。
恐ろしい奴、だが時すでに遅し、上下後左右に逃げ場は無し。死中に活の道を求めれば前進のみ。どうする、どうしたら良い?
「ハァ、なんだよ、サクッって。いちいち面倒くさい野郎だな」
出ろ、こっちに来るな、僕と乱暴衛兵が牢の中で言い争い、いよいよ僕が突貫するかと真剣に考え始めていた時、救世主が現れた。
「本当に釈放だ、明(あきら)」
「エドモンドさん」
「エドモンド様」
「ラインハルト、ここは私に任せて任務に戻
れ」
「はっ、では自分は只今から任務に戻りま
す。失礼します、エドモンド様」
「うむ」
乱暴衛兵はエドモンドさんの言葉に素直に従い見事に敬礼をするとバッと振り返り牢から出ていこうとした。
僕はエドモンドさんに助けられたようだ。しかしまだ、気を抜くことは出来ない。投げナイフのような飛び道具を使ってくるかもしれない。
だって、あの乱暴衛兵は正気の沙汰ではない。僕は乱暴衛兵の姿が視界から消えるまで危険な動きをしないかと、ずっと目を離さず観察していた。
突然ブブンと視界がぶれた。テレビの画面がちらついた時のように一瞬だけど何か見えた。
しかし、それは一瞬のことだったので気のせいかもしれない。僕はたいして気にも留めず、疲れのせいとすることにしが、そうこうしている内にいつのまにか、乱暴衛兵は何もせずに姿を消していった。
「ありがとうございました。おかげさまで助かりました」
僕はエドモンドさんに助けてもらったお礼をした。良かった。これでサクッとされることは無いな。しかし、エドモンドさんは偉い人なのだろうか?
僕はてっきり留守番の人だと思っていたのだけど?
まあ、それはさておき出所に至った理由は何なのだろうか。
「正直に言うとお前さんに構っている余裕が
無くなったのだよ。詳しいことはいえない
が、別件の大きな事件が中々に大変でな」
そう言えば僕が牢に入って直ぐに大きな事件が起きて衛兵が駆り出されていたな。相当人を集めていると言っていたけど、あれから何日も立っているのに解決していないのか。
「明の話は、私が聞いたので良いだろう。不幸なことが重なった事件で、明にも同情の余地もあることから、今回の罪は1週間の牢入りで許されたとしよう」
お上の沙汰が下った。どうやら僕は許されさたようだ。て言うか、エドモンドさんはやっぱり偉い人なのだろうか?
「明、私に連いてこい」
落したタオルケットを腰に巻きエドモンドさんの後ろを黙って連いていくと浴室に通された。
「お湯を用意させておいた。体を拭いてこれを着なさい」
エドモンドさんはそう言うと僕にコート、シャツ、ズボン、パンツ、靴下、ブーツを渡してくれた。
僕は驚き、言葉の意味を知り、感謝の気持ちで一杯になり、思わず涙した。
未だかつてこれ程の恩を受けたことがあっただろうか? このような健康で文化的な品を僕のような全裸が受け取っても良いのであろうか?
「本当に良いのですか?見ての通り僕はお返し出来る様な物を何一つ持ち合わせてはいません」
「これは私からの未来ある若者への贈り物だ。気にすることなく身に付ければ良い」
「はい、ありがとう・・・ございます」
「礼は良い。それより早く体を拭きなさい。湯が冷めてしまう」
「はい」
僕は流れる涙を桶の中の熱いお湯で隠しながら、髪を洗い、全身を拭き、サッパリして
パンツをはいた。開放感は失われたが、安心感を得ることが出来た。とても、懐かしい感じがした。
シャツを着て、ズボンを履いて、靴下も身に付けた。どれも結構いい物なのか着心地が良い。最後に僕は靴を履いてコートを身に付けた。
目の前にある鏡に人の姿が映っていた。少し痩せてはいるが健康そうな良い男だ。
まだ、いける。僕はこの世界に来て、初めて人になる事ができたような気がした。
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