episode1-1-4 動き出す運命(前編)

 終わらない戦争。

 それは、内界にある全ての国を巻き込んで千年間も続いた戦乱期の総称である。

 戦いの始まりは、千年前に一人の冒険者が『外界』という新大陸を発見したことが起因とされている。未知なる世界にある未知なる資源に、内界の国々は競うようにして調査団を外界に派遣した。新世界の利権争いは激化し、やがて国同士が新大陸の領地を巡って戦い始める。

 千年間も続く戦いの中で、多くの国々が戦火の中で燃え尽きた。巨大な戦禍に住む場所を失った多くの難民を生むこととなる。

 終わりの見えない戦争に、内界の人々は絶望に打ちひしがれていた。それなのに誰一人争いを止めることはできなかった。反戦を訴えかけても、それに反抗する勢力が現れて互いに争い始める。何をしても火に油を注ぐ結果しか生まない。

 いつしか人々は、世界が滅びるまでこの戦争が続くと信じ込んでいた。

 終わらない戦争。内界の全ての国が滅び、内界に住まう人々が死に絶えるまで続く争い。世界の終末を予言する黙示録のように、内界の人々は世界の終りが来るまでに自分が先に死ぬことを望んでいた。辛い現実よりも、死の安楽に希望を抱く諦観した気持ちでその日を待ち続けていた。

 終わらない戦争は、内界三大帝国の一つであるガストラ帝国が、永世中立を宣言する宗教国家ニサンに攻め込んだことで最終局面を迎える。宗教国家ニサンは、長く続く戦乱の世界を嘆き、平和を願う一人のシスターによって樹立された国である。彼女の慈愛を教義とし、内界で唯一平和を訴え続け戦禍に見舞われた人々に救いの手を差し伸べるニサンは、内界の人々にとっての平和のシンボルであり戦争終結への希望であった。内界の全ての国々の指導者達も国民と同じ思いを抱き、暗黙のルールとしてニサンへの不可侵を誓っていた。

 しかし、その禁忌が破られたのだ。それも、考えられるかぎり最悪で残酷な形として、である。


 西暦一九一四年、ガストラ帝国は宣戦布告も無く、宗教国家ニサンへの侵略を開始した。

 長く続く戦乱の世の中で、宗教国家ニサンは平穏な世界を望む内界の人々にとっての平和の象徴であった。しかし、その国はガストラ帝国の圧倒的軍事力によって蹂躪されたのだ。家々は焼かれ、ニサンに逃延びていた難民の多くが虐殺された。内界の平和の象徴とされている大聖堂と聖母像も破壊された。それだけでなくガストラ帝国皇帝は、ニサンを統治運営する法王府の大教母を、戦火に逃げ惑う人々の目の前で銃殺した。

 ガストラ帝国の非道な行いに、内界に住む全ての人々が怒り狂った。宗教国家ニサンを支援する多くの国々が、世界征服を狙うガストラ帝国の横暴に立ち上がった。ガストラ帝国と内界の覇権を争う神聖ソラリス帝国、ロザリア帝国の二帝国もこれを機に本格に戦争への準備に動き出す。この事態に他の国々も事の成り行きを静観するするわけにはいかなくなった。

 内界に存続する全ての国々で戦争の準備が始まった。

 世界の終末を予言する黙示録通りに、世界の終わりを告げる世界終末の戦争が始まろうとしている。

 誰もが自分達の愚かさに嘆き悲しんだ。

 誰もが争いを止めることができないことに怒り叫んだ。

 誰もが希望を捨て、未来を諦めた。

 世界は終わったと、誰もが思っていた。


 だが、何故か世界は終わらなかった。

 人々が気が付いた時には、戦争が終わっていたのだからだ。

 誰も知らない内に、終わらないと思っていた終わらない戦争が、何故か終わっていた。

 冗談のように聞こえるかも知れないが、それが事実であるから今があるのだ。戦争の準備をしていた全ての国々が、唐突に開かれた世界会議に集結して戦争の終結を宣言する講和条約に調印したのだ。

 まるで戸棚の奥に隠されていた砂糖菓子でも見つけたかのように、内界に住む誰もが願い求めた平和が突然訪れたのだ。当惑としながらも、人々はようやく訪れた平穏な日々を安心して過ごしていたのかといったら、当時は決してそんなことはなかった。

 千年間も続いた争いが、一枚の紙切れですぐに消えるはずも無く、各国の国境線では非公式での小規模な争いが続いていた。戦火は内界の至る所で燻り続け、住処を失っていた多くの難民が安住の地を求めて彷徨っている。

 何よりも戦争が終わったことを、当時の人々は信じることができなかった。誰もが再び始まるであろう終わらない戦争に、一部の者は刃を研いで戦争の開始を待ち、一部の者は怯えて暮らしていた。

 だが、未来を生きる我々だからこそ知り得ることがある。

 結局の所、現在に至るまで終わらない戦争と同規模の戦争は起きなかった。地域を限定とした小規模な争いはあったが、世界は危うい均衡の上に今日まで平和を何とか保っている。それが今後長く継続させるのが、目下現在を生きる我々の義務であろう。

 その為にも我々歴史人類学者が解明すべき謎は、現在一つに集約されている。それは何故終わらないとされていた戦争が、どのようにして、しかも唐突に終わったのかだ。

 世界会議が開かれ、講和条約に全て国が調印したのが西暦一九四五年のことである。

 だが、そもそも何故世界会議が開かれたのだ。なぜ講和条約がなされたのか。

 当時の内界の全ての国が戦争の準備をしていた時に、だ。

 誰もが平和ではなく戦うことを選択していた時に、だ。

 歴史をどれだけ調べても、その疑問を晴らす歴史的証拠は残されていない。だが、その辺りの歴史を調べると必ず一つの逸話が否応も無く眼につくようになる。どれも聞くだけで、当時の人々の正気を疑いたくなるような馬鹿げた話ばかりである。


 いわく、一人の少女が三大帝国を武力でもって屈服させた。

 いわく、一人の少女が世界の終末を齎す強大なドラゴンを倒した。

 いわく、一人の少女に内界の全ての国は逆らうことができなかった。

 いわく、その少女が終らない戦争を終わらせた。


 そんな子供が喜びそうな英雄のお伽噺が内界の各地に残されている。

 それが、現代にも残る紅蓮の戦乙女の勳しだ。この寓話がいつ生まれたのか調べてみると、五十年前のガストラ進攻後、ニサンの周辺の国の人々の間で語られ始めたらしい。だが彼女が本当に実在したのかは解からない。だが、その存在を証明する歴史的事件は数多く残されている。

 歴史家の多くが、紅蓮の戦乙女は実在すると認識している。それは確かなことだからだ。彼女の存在を証明する歴史的事実は、目下世界中の歴史家があらゆる資料を血眼になって探している所である。

 だが、彼女が何者なのかは今でも謎のままである。

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