episode1-1-2 旅立ちの日
祖母に叩き起こされたジニーは、急いで旅支度を始める。パジャマを床に脱ぎ捨てると、椅子の上に脱ぎ捨ててあったワークシャツを羽織りながらハーフパンツに穿こうとするが、慌てて行う行動にはリスクが伴うものだ。床上に散乱するアイテムに躓き派手に転んでしまう。
「喧しいよ、ジニー。旅の支度くらいもっと静かに、なおかつ素早く済ませられないのかい」
床下から祖母の怒鳴り声が響いてくる。
喉元に込み上げて来る苛立ちを抑えて、痛みを堪えながら立ち上がったジニーは床に散乱するアイテムの山からブーツを発掘して素早く履く。旅の支度自体は何日も前からすでに準備は済ませてある。祖父が使っていた特殊な加工が施された革製のショルダーバックに、貴重品は全て収納しておいてある。昨夜、忘れ物はないかと何度もチェックした。バックは机の上に置いておいてある。ジニーは忘れずにその鞄を手に取ると、急ぎ足で部屋を飛び出した。立ち止まりもしなければ振り返りもしなかった。物心ついてからずっと過ごして来たジニーのプライベート空間には、今日までの思い出が沢山詰め込まれた部屋である。冒険者に憧れ、未知なる世界を冒険する夢を抱き、冒険者になると誓った幼き日々の記憶が残る部屋。
この後、彼女がこの部屋に戻ってくるのはだいぶ先のことになる。しかし、この時の彼女がそんな未来を知るはずがない。
ジニーは慌ただしい足取りで、滑るというよりは落ちるように階段を駆け下りる。リビングの扉を開けると、食卓に座るご機嫌斜めな祖母のコーデリアの鋭い眼光が待ち受けていた。その辺にいる腕自慢な傭兵でさえも怯んでしまいそうなコーデリアの睨みだが、ジニーは平然と受け流して鞄を壁に掛ける。
「一度でもいいから静かに下りてこられないのかい」
「もっと早く起こしてくれてたら静かに下りて来たよ。なんで起こしてくれなかったのさ」
「起こしてあげただけでも、ありがたく思いな。大体、冒険者になろうって奴が寝坊するってのが信じられないね。今日の予定は全部アンタが決めたはずだ。何時に起きて、何時に家をでるかなんてアタシは聞いてないはずだよ。予定通りに行動できない奴は冒険者としちゃ三流以下だ」
祖母のいつもの小言である。声には平伏して許しを乞いたくなるような威圧感が込められているが、ジニーには聞き飽きた説教である。適当に相槌をうちながら、祖母の向かい側の席に座る。そんなジニーの心内など読み通しているかのように、コーデリアは眼前に座る孫娘を睨んだ。だが、ジニーは平然とその視線さえも受け流す。コーデリアは諦めたように溜息を吐いた。
「今日は旅立ちだっていうのに、本当にいつもと何も変わらないんだから。そういう所、ウィルとそっくりだよ。あのバカはプロポーズした時も、結婚式の日も、息子が生まれた時も、この私を怒らせてばかりで」
ジニーは祖母の愚痴を聞き流して食卓に目をやる。食卓の上には、カリカリに焼かれた分厚いベーコンと卵三個の目玉焼き、山の木の実を混ぜこねて焼かれたパン、山で採れたキノコと鶏肉の香草スープ、全て祖母お手製の料理であり全部ジニーの好物ばかりだ。ジニーは満面の笑みを浮かべてコーデリアを見た。
「遅すぎて全部冷めているよ」
「私は別に冷めていても平気」
「料理は最も美味しい時に食べるのが一番じゃないのかね」
「冷めたのも私は好きだよ。だってお祖母ちゃんが作った料理だもん」
その言葉は、孫を持つ者なら誰もが喜ぶ一言だろう。しかし、その孫が行儀作法を無視して、コーデリアが用意しておいた朝食を飢えた動物のようにがっつく姿を見たら、保護者であるなら誰だって眉を吊り上げるに違いない。
「作った側からしたら、もっと行儀よくして、しっかりと味わって食べて貰いたいもんだね。そんなにアタシの料理が好きなら尚更ね」
ジニーは祖母の不平不満と訴えかけてくる冷ややかな視線と小言は聞き流して、パンを咥えたまま齧り、パンを咥えている逆側の口の端の僅かな隙間にスープを皿から直接口の中に流し込む。見ていて好ましい行儀作法ではないが、ある意味曲芸じみた器用な食べ方でもある。両手にはナイフとフォークが握られており、分厚いベーコンと卵三個の目玉焼きを器用に切り分けると、それぞれを口の中に隙間なく詰め込んでいく。
見事な食べっぷりだが、行儀が良いとはお世辞にもいえない。未開拓地の野蛮人でさえ、このような無作法な汚い食べ方はしない。大きく激しい音を一つ立てるたびにコーデリアの眉が一段階ずつ釣り上る。
「ジニー、言っておくけどね。礼儀作法のなってない冒険者を相手にしてくれる奴なんて、ろくでもない奴だけだよ」
頬をげっ歯類のように膨らませて咀嚼して飲み込む。それを繰り返すジニーのガチャガチャと音を立てる騒々しい食事作法に、呆れ返ったコーデリアにはいつもの説教をするつもりがなかった。
「全く、こういった部分も含めて一体誰に似たんだか。ジニー、口に食べ物を入れている時は口を開くんじゃない。これも含めてずっと昔から言っているような気がするよ。アンタが生まれるよりもずっと前から」
時間厳守、冷静な言動と行動、無駄の無い効率的な動作、常識的礼儀作法、今日までの十四年の間コーデリアが一日でも教訓としての説教を言わなかった日はない。
「時間にルーズなうえに無計画で、意味も無く騒々しくて考え無しに慌ただしくて。いつからだったかしら。昔はこんな口煩くなかったのに。毎日イライラして、腹を立てたりして。怒鳴らずにすんだ日なんて位なかったような気がしてくる。あのバカと出会ってから」
コーデリアはこれまでの思い出を眺めながら、孫の成長を見つめた。
「本当に、せめて最後の最後の日くらいはできれば怒鳴りたくないんだけどね」
雛鳥が巣立とう時にまで、親鳥が手を貸してしまっては逆に雛鳥に良くない。コーデリアはそれを良く理解している。だからこそ、積り貯まる怒りの小言を次々と胸の内に収めていく。次第に冷たさが増していく瞳に氷の刃のような恐ろしさが秘められているような気がするのだが、それを差し向けられている相手は意に介した様子はない。
この空回りする感情の苛立ちとやるせなさは、コーデリアにとってなじみ深い感情である。
「本当に、お前はどこまでもウィルにそっくりだよ」
ノスタルジックな色を表情に浮かべて孫を見つめるコーデリアの視線は、どこか悲しげである。食べることに集中しているジニーは、そんな祖母の様子など気に留めていなかった。
コーデリアが用意した朝食を残さず口に詰め込むと、冷えたハーブティーでそれを胃の奥底へと流し込む。さすがにゲップをするのはコーデリアの堪忍袋を破裂させるので、ジニーはそれだけは必死に抑え込んで飲み込んだ。
「ごっ、ご馳走様でした」
朝食を食べ終わったジニーは慌ただしく立ち上がると、祖母の小言から逃げるように急ぎ足で玄関へと向かう。玄関のコート掛けに掛けられている革のジャケットを手に取る。祖父が若い頃に来ていた魔獣の革で縫製されたジャケットである。それを羽織りながら、家の外へと飛び出して行ってしまった。
行ってきますの一言も言わずに、玄関の扉を閉めもせずに、慌ただしく旅立っていった孫娘の跡を祖母の視線が追って行く。コーデリアは視線を移すと、呆れ返った様子で溜息を漏らした。コーデリアの視線の先には、壁にかけられたまま忘れられた鞄が下がっている。中には貴重品や祖父が使っていた冒険に必要なアイテム類一式が詰め込まれている。
何が起きるか解からない冒険の最中に貴重品を無くすことはよくある話だ。しかし、冒険に出発する時に貴重品を忘れるのは、冒険者として失格である。
「本当に最後の最後まで世話を焼かせる子だね」
コーデリアは立ち上がると、壁に掛けられた孫娘の忘れ物を手に取った。その鞄はコーデリアにとっても沢山の思い出が詰まった大切な鞄でもある。とても古く使い込まれた鞄だ。それを慈しむように見つめるコーデリアの瞳には、悲哀が満たされていた。
「ウィル、あの子もアンタを追って旅立つよ。アンタがそうだったように、私もそうだったように、同じ歳に」
コーデリアはゆっくりとした足取りで孫の後を追って家を出る。これがコーデリアにとって祖母としての最後の役目となる。
家から飛び出したジニーは走り出す。ジニーが暮らす家は山上の森の中にある。春が訪れたとはいえ、空気はまだまだ寒い。白く弾む息が風に流されていく。頬を撫でる風には冬の名残が感じられた。だが、春はすでに訪れている。母屋のすぐ隣にあるハーブや薬草を育てているファームハウスからは、春の香草の華やかな香りが漂ってくる。小さな畑には霜が降りておらず、先日にコーデリアと一緒に耕したばかりだ。畑脇の作業小屋の前には、春に蒔く種の準備ができている。家の前に広がる森は、長い冬の眠りから目覚めるように命が芽吹いている。
春は一年の始まりの季節である。冬に凍り付いて停止していた世界が気温の上昇と共に動き出す時節、旅立ちにはうってつけの機会だ。
ジニーにとって、寝物語で祖父の冒険譚を聞いた幼い頃から待ち続けて来た瞬間が訪れたのだ。これから待ち受ける大冒険を前にして高まる期待と興奮に、まだまだ未熟なジニーは込み上げて来る喜びを抑えることなんてできるはずがない。冷静さを失い、自分がとんでもないミスを犯していることに気が付かず、ジニーは高く跳躍して歓喜を爆発させた。浮かれているのは一目瞭然だ。祖母が見ていたなら、鋭い怒鳴り声がその背中を貫いていただろう。
止めどなく溢れ出す好奇心。目の前に広がる森の先、森の先にある村を過ぎる。山を降ってまた昇って再び降って山を越える。その先には、まだ一度しか訪れたことのない街がある。その街から国営バスに乗る。そこから先はジニーにとって一度も足を踏み入れたことの無い世界が広がっている。バスが向かうのは、近くの大陸横断列車が通る都市であり、列車が向かう最終地点は『自由貿易都市マイア』。そこから船に乗って、内界の外にある世界、『外界』へと向かう。
これが偉大なる冒険者となる少女の最初の冒険の計画だ。
ジニーにとって幼い頃から夢に見て来た大冒険が、今この瞬間から始まる。彼女の行き先を遮る物はない。足を止める理由もない。目的地へ向かって突き進むのみだ。
その瞬間、森から駆け抜けて来た強い風がジニーの足を止めた。思い出さなければならない事を思い出したわけでも、気が付かなければいけない事に気が付いた訳でも無い。何者かに呼び止められたような気がしてジニーは立ち止まると、顔を太陽の陽射しとは反対側へと向けた。
ジニーの視線の先には、一本の大きな樹が聳えたっていた。名も無き大樹、いつの時代からこの地に根付いているのか歴史書には記されていない。太古からこの地に根付く大樹は、空を掴もうとしているかのように高く枝を伸ばしている。緑で生茂る枝々が、風に揺られて葉擦れの音を立てる。まるで漣のように、その葉擦れ音が森全体へと広がって行く。この辺り一帯は、魔素濃度が高い為『魔の森』と呼ばれており、付近の村に住む者達は決して足を踏み入れない。唯一、大樹の周囲は魔素濃度が低く、大樹周辺の開けた場所に代々ウィルナイツ家は森番として暮らしている。
気が付けば、ジニーは大樹の足元へと歩み寄っていた。太古から息づく生命力あふれる枝々の隙間から零れ落ちる無数の陽射しの中、それはそこで静かに眠っている。ジニーが見下ろす視線の先には、小さな石碑が立っていた。銘の刻まれていないウィルナイツ家の墓である。そこには寝物語で祖父から教えられたウィルナイツ家の先祖たちが眠っている。祖父の両親に冒険者として名を馳せた祖父の叔母も。
そして、ジニーの母親も。
静かに佇むジニーの頭上で、大樹が風に揺れる。無数の木漏れ日が揺れ動く。まるでジニーの心に沁み込むように。
十四年間、ジニーはこの地で暮らしてきた。
今日、ジニーはこの地から旅立つ。
まるでそれを祝うかのように。
まるで別れを惜しむかのように。
大樹と森の木々たちが歌う様に、枝を揺り動かし、葉を擦り合わせて、漣のように静かにざわめく。
「別れは済ませたのかい?」
突然の背後からの声、だがジニーは振り向かない。声は聞き飽きるほど聞き続けた声。だけど、その声色はこれまで一度も聞いたことは無かった。威厳があって弱さなんて微塵も感じさせない強い口調はいつも通りにみえる。
だけど、なんとなく悲しそうで、どこか嬉しそうだけど、どことなく寂しそうな。
本当にかすかな感情の揺れが祖母の声から聞こえるような気がした。だからか、ジニーは振り返ろうとはしない。今の祖母を見てしまえば、きっと自分の中の決心が揺れるような気がしたからだ。
「セリスもきっと喜んでいるよ」
母親のことを、ジニーはおぼろげでしか覚えていない。母親との思い出の記憶はどこか不透明で所々が擦りきれている。そんな幼い頃の思い出の中で、母親はいつも優しく微笑んでいた。母親のことを想うと、母と最期の日のことが記憶の底から浮き上がってくる。ジニーの母親は元から病弱だった。思い出の中で母親は常にベッドに横たわっていた。だけどどれだけ辛くても、母はジニーの前では常に優しく微笑んでいた。
最後の最後の日まで。
そんな母親が亡くなる直前に漏らした言葉は。
消え入りそうな声で、だけどどこか安心したような優しく、まだ元気だった頃のように明るい声で。
――あぁ、良かった。リッチ。ここにいなくて本当によかった。それなら、私は待つわ。いつまでも、ここで――
それは、愛する娘へ告げる最後の別れの言葉ではなかった。洩らした少ない言葉、それはジニーの父親の名と父親に向けた言葉だった。
リチャード・ウィルナイツ。親しい人達からはリッチと呼ばれていたと、母親がよく父親との冒険譚を聞かせてくれた。
ジニーにとって父親は、母親が語る冒険話の主人公でしかない。ジニーは、写真と母親の思い出話の中でしか父親を知らない。父親は外界の王国から未探索地域の調査を依頼され、ジニーが生まれる前に旅だった。短期間で終える予定の探索で、ジニーが生まれる前には帰って来る予定のはずだった。父は仲間達と共に外界へと赴くが、それから一度も音沙汰は無い。解かっていることは、母は最期の最後まで父が帰って来るのを待ち続け、生きていることを信じていた。母が亡くなる一年前に、祖父は父を連れ帰る為に旅立ったが、祖父もまたまだ戻って来てはいない。
祖母も母と同じように、この世界のどこかで二人が生きていて、いつか帰って来るのを待ち続けている。そこに、今日から一人加わることになる。この地で、たった一人で、いつまでもいつ帰って来るのか解からない家族を待ち続ける日が始まる。
「いつまでここにいるつもりだい? 時間はいつまでも待ってちゃくれないよ」
ジニーが振り向くと、祖母のコーデリアはいつもの呆れ顔で立っていた。コーデリアの表情には寂しさなんてものは微塵も浮かんではいない。ジニーが置き忘れた鞄を差し出す姿は、いつもと何一つ変わらない様子でいる。そんな祖母の姿を通して、ジニーが十四年間過ごして来た我が家を眺めた。
誰も足を踏み入れない魔の森の中で、ポツンと俗世から外れた家で静かに孤独と共に過ごす。親しい友人は、森の外にある村や山向こうの街で暮らしている。彼らがモンスターが出現する森を超えてここに足を運ぶことは無い。
祖母はこれから一人でそんな場所で暮らすことになる。
好奇心に湧き立つジニーの心に冷たい水が差し込まれたような気がした。そんなジニーの僅かな感情の揺らぎをコーデリアは見逃さなかった。孫娘の瞳が薄暗く沈んだのを見るや、コーデリアは声を張り上げた。
「何をいつまでもぼっと突っ立ってるんだい! 早いところ受け取ってさっさと行きなさい。いつまでもこんな所で時間を無駄にするつもりなんだい」
「わ、解かっているよ。もう行くから」
慌てて鞄をひったくるようにして受け取ると、ジニーは走り出した。鞄の紐を肩に掛けながら、森に向かって駆けて行く。
「お祖母ちゃん、行ってきます!」
「ジニー、何かを見つけるまで帰って来るんじゃないよ!」
森の奥へ走り去って行く孫の背中に向かって、コーデリアは押し出すつもりで大きな声をあげた。簡単に戻ってこないように、強い口調で。
元気の良い返事が、高地の森の中に響き渡る。瞬く間にジニーの姿は、森の奥へと消えて行った。コーデリアは孫の姿が見えなくなっても、しばらくの間その場を動くことができなかった。森の先を見つめる視線には、僅かばかりの期待が込められているように見える。巣立った孫の姿が、目の奥に焼き付いて離れない。孫と共に過ごした日々の思い出が、コーデリアの瞳に込み上げて来る。心の中に一つの思いが湧き上がって来るが、コーデリアはそれを胸の奥へと押し込んでしまう。
「やだね、歳を取るのは。こんな弱い女じゃなかったのに」
コーデリアは森の奥を見つめるが、彼女の微かに芽生えたばかりの願いが叶うことはない。
――ジニーと二人で、ずっとここで暮らしていたい――
そんなことをコーデリアは望んでなどいない。それは一時の感傷から生まれた気の迷いでしかない。決して孫には見せるつもりなどない祖母の弱さである。
風が流れる。コーデリアにとって懐かしくも、親しみ慣れた風だ。この地に夫であるウィルと共に訪れた時から今日までずっと流れ続けている。大樹の枝が真下にいるコーデリアを慰めるかのように優しくさざめく。まるで呼ばれたような気がして、コーデリアは大樹を見上げた。途端にこれまでに過ごした時間が呼び戻されたかのように、思い出が次々と鮮明に浮かび上がってくる。
愛する人と結ばれてこの地にやって来たのは、もう何十年も昔の話である。コーデリアは後ろを振り返り、生涯のほとんどの時間を過ごして来た我が家を眺めた。コーデリアの全ての思い出があの家に詰め込まれている。
「不思議だね。時間ってのは、長いのに、長いはずだったのに、とても短かったと感じるよ」
ノスタルジックに浸る声には哀しみがある。しかし、声には確かな喜びが含まれている。コーデリアにも、ジニーのような時代があった。やがて大人になって母親になり、そして老いて孫を得る。
コーデリアが生まれ育った故郷を出たのは、はるか昔のことだ。今日に至るまでの過去を振り返るコーデリアには、微塵も後悔は無い。過去を思い出して感じることは、人生を全力で生き抜いた誇らしさで満ちていた。
コーデリアと同じ年頃に旅立つジニーは、どのような人生を歩むのだろうか。ジニーはコーデリアと同じような人生を送ることができるのだろうか。
それはまだ解からない。願うことは、孫が後悔するような人生を送らずにすむことを願うだけである。
風が流れる。草花を揺らしながら森に向かって流れて行く。まるで、この地から巣立ったジニーを追いかけているかのようだ。視線を下げたコーデリアは、優しい瞳で足元に佇む墓石を見つめた。
「セリス、アンタの子は旅立ったよ。大丈夫、あの子はアンタに似て強い子だ。それに何て言ったって、あの子はアンタだけでなくアタシの血も引いているんだ。大丈夫、あの子はきっとやり遂げる。だから待とうじゃないか。あの子が何かを見つけて帰って来るその日まで、この家で、この地でずっと」
どこか寂しげに、どこか儚く、だけど嬉しそうに言って、コーデリアは静寂が澱のように鎮座する家へと戻って行く。家に入ったコーデリアは嫌でも気が付いた。静まりかえった家の隅々には、まだ孫娘が残した騒々しさが残っている。コーデリアはそれを感じ取って少しだけ涙ぐんだ。
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