頑張りは報われるべきである

『エリザベートは型だけで戦えるのが理想だと思う』


 以前、アドバイスを求められた時。

 シルヴィアは公爵令嬢にそう答えた。


『型って、型ですわよ? 基本動作ではありますけれど、普通は応用するものでしょう?』

『基礎だけで制圧できるようにするの。ただの振りや突きを技の域に高められれば、きっとできる』

『……理屈はわかりますけれど』


 公爵令嬢は釈然としない様子を見せつつも「嫌だ」とも「ありえない」とも言わなかった。


『不可解を全て切って捨てては成長もありませんわね。まずは試してみましょう』


 そして、数日後にはその顔に納得の色が浮かんでいて。


『嘘のように身体が動きます。こんなことが本当にあるんですのね』

『神様がエリザベートにその力を与えてくださったんだよ』


 本格的な鍛錬を重ねていくにつれて試合の戦績も少しずつ伸びていった。






 対戦格闘ゲームの基本は技の応酬だ。

 パンチ、キック、斬撃などの通常動作を上段・下段・対空などに区分けした「通常技」。動きの大きな「必殺技」。ここぞという場面で用いる「超必殺技」などを駆使して相手の体力を削りきるのが一般的なゲームシステム。

 通常、操作キャラクターの総合性能に大きな優劣は存在しない。

 勝敗を決めるのは相性と、それから技の選択。

 どのタイミングでどの技を使い、相手の攻撃をどのように防ぐか。決められた技の中から都度的確に判断できれば勝率は大きく上がる。

 つまり、プレイヤーの『腕』が大きく関わるジャンルで、前世のシルヴィアは得意ではなかったのだけれど。






「完璧に磨いた技を状況に応じて使い分ける──わたくしにぴったりですわ」


 自分のプレイヤーはもちろん自分。

 目端が利いて頭も良いエリザベートならばこの恩恵を使いこなせる。

 動きの選択肢が絞られたことで判断も早くなった。


「格闘術に手を出したのも結果的に正解でしたわね」


 向かってきたゴブリンを蹴飛ばし後退させながら、令嬢が笑う。

 拳や蹴りをサポートに使い、体勢を立て直すと本命の一撃。


「あははっ。なんだ、二人ともすごく優秀じゃないか!」


 倒れ伏すゴブリンをちらりと見たラシェルが少年のような笑い声を上げた。

 彼女の剣は三匹目の獲物を深々と貫いている。

 別の一匹を迎え撃ったクレールも大きな横薙ぎで敵の首を胴体とお別れさせてひと息をつく。


 これで、倒した敵は七体。

 既に小さな群れと言っていい規模。

 見習いだけで相手取ったのだから十分に快挙だけれど──。

 シルヴィアは平原の向こうを呆然と見た。

 こちらにやってくるゴブリンが見えるものだけで十以上。なおも途切れる気配はないので、総数は二十、あるいは三十に及ぶかもしれない。

 今はよくても、経験の少ないクレールたちに戦いの疲れが圧し掛かれば。


「……みんなを少しでも楽にしないと」


 手にした剣をぎゅっと握る。

 けれど、シルヴィアが前に出たところで足手まといになるのが落ちだ。

 剣を取って戦うのは彼女には向いていない。

 石でも投げるほうがまだマシだと、持っていた剣を鞘に収めて。


「私には、やっぱり」

「イザベル」


 そこへ、弓を手にした男爵令嬢が後ずさるように近づいてきた。

 少女の背中がいつも以上に小さく見える。

 矢筒の中身は残り半分。

 十以上の矢が既に放たれたものの、そのほとんどは地面に刺さるか転がっている。

 駆け寄って支えると、イザベルは明らかに震えていた。


「駄目なんです。動いていない的になら当てられますけど、実戦なんてとても」


 無理もない。

 四人にとってはこれが初めての実戦。臆せず動けているクレール、エリザベートのほうがある意味おかしい。

 それでも必死に矢を放ってくれていたけれど、当たらないのでは自責と焦りで悪循環が生まれるだけだ。


 ──飛び道具で支援できればクレールたちが楽になる。


 イザベルには頑張って欲しい。

 そのために、できることがあれば。


「大丈夫。イザベルならできるよ」


 少女の肩に手を置くと、シルヴィアは囁くように告げた。


「落ち着いて。敵を射ることだけに集中するの。敵はみんなが食い止めてくれるから」


 役に立っていないのはシルヴィアも同じだ。

 剣は下手だし体力もない。

 今のところやったのは狼煙を上げることだけ。

 だから、せめて自分にできることをする。


 深呼吸。

 目を開けると、恩恵に含まれた『とある力』を解放する。


《戦略コマンド:鼓舞》


 戦略コマンドは自軍を一時的に一斉強化する手段だ。

 シルヴィアの精神力を消費するため連発はできないものの、複数のコマンドから一つを選んで状況に応じた効果を発揮できる。

 《鼓舞》の効果はステータスの全体的な底上げ。

 ただし、シルヴィアが最も期待したのはゲーム的な効果ではなく。


「お願い。頑張って」

「───ぁ」


 声が、コマンドの効果が染みこむように伝わって。

 少女の震えがゆっくりと収まっていく。

 吐息。

 空気を吸い込んだイザベルは振り向かないまま「やって、みます」と呟いて。

 シルヴィアが手を離すと同時に新たな矢をつがえた。


 一射。


 先端が向かい来る一体の胸を貫き、その身を転倒させる。


「やった」


 呟くような声に喜びの色。


「やりました、シルヴィアさん。私、できました」

「うん。今のがイザベルの実力だよ」


 見れば、ラシェルたちの動きも良くなっている。

 文字通りの《鼓舞》。戦意を高揚させて実力を引き出す狙いが的中したようだ。

 イザベルだって落ち着いていれば十分、敵に当てる能力がある。

 これならなんとか。

 ほっと息を吐いたところでイザベルがこちらを睨むように見ているのに気づいて。


『73/100(親友)』


 好感度は下がっていない、というかだいぶ上がっているのだけれど。


「どうしたの、イザベル」

「……なんでもありません」


 少女の矢はそこから、百発百中とはいかないまでもかなりの命中率を見せた。

 イザベル・イスト男爵令嬢の恩恵を簡単に言うとこうだ。


『あなたは放置系シューティングゲームの操作キャラクターだ』


 放置系シューティングゲームってなんだよ。

 いや、言いたいことはわかる。スマートフォン用のゲームなんかにありがちな放置ゲームの一種。

 放っておいても押し寄せてくる敵を主人公が自動で迎撃し続ける。敵はだんだん強くなるし食い止められないとダメージを受けてゲームオーバーになるものの、敵を倒すことで得られる経験値やお金を使ってパワーアップし主人公を強化すればより長く戦えるようになる。

 つまり、イザベルに向いているのは剣よりも射撃武器。

 さらに言えば、戦場を駆け抜けつつ敵を射抜いていくようなタイプではなく、一歩もその場を動くことなく敵を撃ち続けるスナイパーが向いている。


「イザベル。あれから念じてみた?」


 自己強化はクレールのボーナスポイント割り振りと同じような方法でできるはず。


「射撃の威力を上げたいとか、命中率を上げたいとか、念じれば応えてくれるはずだから試してみて」

「や、やってみます」


 すると、弓の精度が僅かながら向上。

 自主錬でただの的を相手に矢を射るだけでは大した経験値にならなかったか。ただ、ここで撃墜数を稼げば本人の自信、そして経験値に繋がるはず。

 支援を受けたクレールたちは着実に一体ずつ敵の数を減らしていき──。


 日が暮れ始めた頃になって、ようやく。


「待たせたな、無事か!?」


 鬨の声。先行していた他の隊が救援にやってきた。



    ◇    ◇    ◇



 円状に配置された十以上のテントが中央のたき火を取り囲んでいる。

 教師の携帯してきた魔道具による火は燃料いらず、調理にも暖を取るのにも使えるうえに炎の揺らめきまでも再現している。

 各テントの傍にはランタンが置かれて光源の補助を。


「お前らのせいで慌てて食事を詰め込んだんだからな」


 文句を言われつつも振る舞われたスープの残りは疲れた身体に染みるようだった。


 あの後、残ったゴブリンは全て教師と他の四年生によって殲滅された。

 シルヴィアたちは健闘を労われつつキャンプ地までなんとか歩き、たどり着いた途端地面にへたり込んだ。


「うあ、さすがにもう無理」

「そうですわね。……実戦がここまで消耗するものとは」


 これからテントを張るとか無理だと絶望したところで、教師たちが「こんなこともあろうかと」と予備のテントを宛がってくれて。

 振る舞われたスープに自分たちの持ってきたパンとチーズ、水を合わせれば最高のご馳走が完成。

 血のにおいを嗅いだ後じゃ食べられない、とか贅沢は言っていられない。

 無駄にデリケートにできているシルヴィアも、実家では豪華な食事をしているエリザベートも身体が栄養を欲するままにお腹に詰め込んだ。


「お前達、本当によくやったな!」


 食事中、教師たちからは賞賛の声。


「狼煙がなかったら食事を終えて油断したところを襲撃されていたかもしれん」

「合計で十五体。一つの分隊だけでよく相手にしたものだ」


 誰が何体倒したのか、という問いかけにはラシェルたちが次々に答えて、


「ボクが六体」

「あたしは四体だったかな」

「わたくしは三体ですわ」

「じゃあ私は……私、二体も倒しましたか?」


 イザベルが自信なさげに呟くも、公爵令嬢は「そういうことにしておきなさい」と目をつむって笑った。

 撃墜数が「とどめを刺した数」だとすると少女の弓は結局戦果ゼロ。

 手負いのゴブリンはエリザベートたちが息の根を止めたのだけれど、それではあまりにも報われない。親分から子分への温かな配慮だ。

 教師はこれに「ふむ」と頷いて、


「で、シルヴィア・トー。君は?」

「……ゼロです」


 計算すればわかるんだから聞かないで欲しい。


「ゼロか」

「まあシルヴィアだしな」


 外野、生徒たちからの声が乗っかって。

 教師が今度は渋面を作った。


「つまり何もしていなかったのか」

「はい。申し訳──」

「待ってください、先生。彼女には狼煙や荷物の管理、イザベルの護衛を任せました」


 助け舟を出してくれたのは意外な人物。

 毅然と立ったラシェルは少なくとも気持ちの上で大人に負けていない。


「ボクたちがゴブリンを受け止めきれなければ身体を張って囮になってもらっていました。出番がなかったのはただの結果です」


 庇ってくれたおかげか、それ以上のお説教はなく「……まあよかろう」と話は終わった。

 四年生たちもクレールやエリザベートが睨むので軽い野次を飛ばす以上はなにもして来ず。


「本来、今は就寝の時間だ。食べ終わったら片付けて休むように」

「はい、先生」


 交代での見張りまで免除された。

 教師たちにも悪意があるわけではないのだ。体育会系なうえに厳しいだけで。

 血で汚れた服は限られた水で洗えるだけ洗ってテントの中に干す。

 下着や訓練着は予備を持ってきていたので安心だ。着替えはテント一枚隔てただけのところでやるしかないけれど。


「あー、人前で着替えるのにも慣れなきゃだね」

「慣れたくもありませんけれど、仕方ありませんわね」


 戦いを潜り抜けた絆か、ラシェルも朗らかにそれに応えて。


「騎士になっちゃえばもう少しマシなところで着替えられるよ。荷物運びを雇ったりもできるしね」


 お風呂に入れていないので少し艶が落ちてきた銀の髪にぽん、と手のひらが乗せられた。


『50/100(友人)』


 いつの間にか好感度がだいぶ高くなっている。

 友人と呼ぶにはギリギリ、本当にギリギリだけれど。


「戦略家様は貴族扱いだから戦場でも精一杯もてなされるよ」

「……ラシェル隊長。あの、さっきはありがとうございました」

「ああ。気にしなくていいよ。少なくともゴブリン一体分の活躍くらいはしてくれたし」

「?」

「イザベルを持ち直させたのはキミだろ? なら二人で戦果は半分こじゃないかな」


 言われた男爵令嬢は「あ……」と吐息を漏らして目を丸くした。


「ご、ごめんなさい、シルヴィアさん。私そこまで気が回らなくて」

「そんなのいいよ。むしろ、わたしこそなにか気に障るようなことしちゃったみたいで」


 暗に戦闘中に睨まれた件を謝ると「あ、あれは違うんです」と首を振られて。


「シルヴィアさんが『イズ』って呼んでくれたのが嬉しくて、それで」

「シルヴィア。あなた、この子のことを愛称で呼んだんですの!?」

「いやその、あれはつい咄嗟に。っていうかエリザベートだって呼んでるじゃない」

「わたくしとイズの仲は特別です」


 お気に入りの子分だから取るなと言いたいのだろうか。

 ここでくいっと袖を引っ張られて、


「あの、シルヴィアさんも良かったら『イズ』って呼んでください……」


 頬を赤らめて懇願されては拒めるわけがない。

 おずおず「うん」と頷く。


「あ、ずるい! シルヴィア、あたしは!?」

「ええ? クレールはこれ以上縮めたら誰だかわからなくなるじゃない」

「む、じゃあエリザベートならいいわけ?」

「うん、エリザベートなら。例えば……『エリィ』とか?」

「っ。お待ちなさい、シルヴィア。愛称というのは普通、家族か恋人に用いるものですのよ?」


 何故か顔を真っ赤にした公爵令嬢から怒られながら、シルヴィアはぴろんという音を聞いた。

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