人には向き不向きがある

 早朝。

 この時はまだこれから訪れる戦いを誰も知る由はなく。


 シルヴィアは騎士学校四年生の面々と共に都の西門脇へと整列していた。

 普段、指導を担当することの多い老教師は足腰の関係で居残り。

 他の教師複数人が随伴につき、比較的若い、がっしりとした男性教師が前に立つ。


「では、これより遠征訓練を開始する!」

「はい!」

「声が小さい!」

「はいっ!」


 体育会系なノリにもさすがに慣れたけれど、いまだに馴染めない。

 目をつけられて個人練習させられしないよう精一杯声を出しつつ、そっと見下ろすのは自身の格好。

 長袖の訓練着と、騎士学校の紋章が入りマント。下はボタンで留めるズボンタイプで動いても下着が見える心配はない。

 持ち物として実剣、背負い袋の中には二日分の食料と水、火を起こす道具、地図などなど。

 剣が本物だという事実に荷物の重みをより強く感じる。


 ──これは訓練で、遠足じゃない。


 左隣に立つエリザベートなんか公爵家の紋章が入った豪華な装備を誇るように身に着けていたりするものの、それも「自費で装備の質を上げたり、追加装備をするのは自由」という決まりに基づくものであり、有事の際の生存性を上げるため。

 決して浮かれているわけではない。たぶん。

 と。


「では、各分隊に指揮官役の生徒を割り振る。自己紹介が済んだら隊列を組んで出発だ!」

「はいっ!」


 教師の指示に従い、別に整列していた上級学校の生徒が一人ずつ進み出てきた。

 彼らが着ているのはシルヴィアより立派な揃いの衣装だ。

 今回来ているのは全員、上級学校の一年生らしい。ということは三歳差になるけれど、積んできた経験の差か年齢以上の貫禄を感じる。

 あと三年したらクレールたちもあんな風になるのか、と感心していると、


「シルヴィア。今のうちに荷物こっちに渡しなよ」


 右隣にいるクレールに脇をつんつんと突かれた。


「ありがとう。でもクレール、これ二つ背負うのは無理でしょ?」

「あー。じゃあ食料と水だけ移し替えよっか」

「そこ! なにごそごそやっているか!」

「す、すみません!」


 今なら大丈夫か、と、互いの荷物を開いたところで咎める声。

 慌てて謝れば、くすくすという笑い声。


「ごめんごめん。つい意地悪しちゃった」

「?」


 疑問符を浮かべつつ視線を向ければ、十三歳の女子としては高めの身長。

 燃えるような紅のショートヘアを持ち、細身の剣を腰に差した女性騎士見習いがシルヴィアたちの前に立っていた。


「初めまして。ボクはラシェル──ラシェル・アランブール。以後よろしく」

「アランブール、侯爵家の方ですわね」


 エリザベートの呟き。

 おおまかな傾向として格の高い家柄ほど家名が長い。例えば準男爵のシルヴィアは「トー」で伯爵令嬢のクレールが「エルミート」だ。そして平民に姓はない。

 侯爵令嬢というとかなりの高位貴族だけれど、「ボク」と名乗るあたり少し変わっている。

 騎士に任じられる少女は特殊な子が多いのか。

 ラシェルは荷物のやりとりをあっさりスルー。


「よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 四人の代表としてエリザベートと握手を交わした。

 荷物の受け渡しを終えたシルヴィアはリーダーとなる紅髪少女の頭上に目をやって、


『48/100(知人)』


 第一印象ほど高くはない。いや、初対面なのだから当然か。

 むしろ、格下相手に柔らかな態度を取ってくれるあたり良い人なのだろう。

 若干の安堵を覚えつつ仲間たちと共に自己紹介。

 ひとつひとつを聞いたラシェルは深く頷いて、


「よし、じゃあ並び直そうか。ボクたちの隊は前から三番目だよ」


 女子の隊は能力が低い傾向にあるため先頭やしんがりからは外されている。


「列を乱すと迷惑がかかるからね。歩調を保てるように訓練していこう」

「は、はい」


 シルヴィアはみんなと共に列に並んだ。



   ◇    ◇    ◇



 そして、数時間後。

 ラシェル率いる分隊は列の最後尾にいた。


「大丈夫、シルヴィア?」

「あんまり大丈夫じゃない……」


 ぶっちゃけ「並べている」とも言い難い。一つ前の隊の背中はかろうじて見えている程度だ。

 原因は、体力馬鹿が多い騎士見習いたちについていけなかったこと。

 先頭を歩く男子たち(その中にダミアンもいた)が調子に乗ってペースを速めたのもあってシルヴィアは徐々に遅れ、列を乱すことに。

 ラシェルは嘆息。

 叱咤激励してなんとか歩かせようとしてきたものの、やがて無理を悟ったのか後ろの隊へ先を譲って──今に至る。


「駄目だね、キミは。もっと身体を鍛えろって先生から言われない?」


 リーダーの好感度表示はだいぶ下がって『40』。

 これにエリザベートが苦笑して、


「仕方ありませんわ、ラシェル隊長。この子は騎士見習いではなく戦略家見習いなのです」

「自己紹介で聞いたよ。でも、みんなに迷惑をかけてるのは事実だろ?」

「返す言葉もありません……」


 シルヴィアしょんぼりと答えた。

 クレールに荷物の大半を渡したうえでこれなのだからへっぽこなのは間違いない。

 けれど、侯爵令嬢にして騎士見習いの少女は言葉を止めず、


「一応言っておくよ。戦略家見習いでも、今のキミは指揮される立場。隊長は僕なのを忘れないようにね」

「はい、心得ています」

「返事はいいんだなあ。もう少し訓練にも身を入れてくれないと」


 おかげでラシェル・アランブールのことが少しわかってきた。

 気さくな態度だったのでクレールと同じタイプかと思ったけれど、違う。


 彼女はガチガチの体育会系だ。


 努力すれば誰でも強くなると信じているタイプ。

 弱いのは努力が足りないから。前世では小学校の体育教師がそういう人だった。昔も今もシルヴィアはインドア派。

 と言っても悪い人ではない。

 他の三人とは普通に話していて「気さくな良い先輩」といった感じだし、厳しいのは他の隊への迷惑を考えてのことだ。

 ぶっちゃけ相性の問題。


 駄目な子認定も当然なのでシルヴィアとしては何も言えず。

 ラシェルは「まあいいや」と肩を竦めた。


「自分の速さで歩きなよ。方角さえわかっていればはぐれても合流できるしね」


 特に障害物もない平原だし迷う心配も少ない。

 しんがりを務める教師からも「後から追いついてこいよ」と言われていた。

 高校時代のマラソン行事を思い出しつつ、シルヴィアはさらに少し歩調を緩めて、


「ごめんねみんな、わたしのせいで」


 目を伏せて謝るとクレールが笑った。


「なに言ってるの。シルヴィアは別のところで頑張ればいいよ」


 他の二人も続いて、


「あなたのおかげで良くも悪くも目立てましたし、これはこれで悪くありませんわ」

「……正直、私には少し辛い速さでしたので助かります」


 本当に、いい仲間を持った。

 温かい言葉に思わず涙ぐんでしまい、慌てて目を擦る。


「できるだけ離れないようにしないとね。不測の事態がないとも限らないし」

「都も近いし、この辺りには野盗も魔物もめったに出ないよ」


 シルヴィアの歩調に余裕で合わせるラシェルは前髪を軽くいじりながら。


「一匹や二匹、出てきてもボクの敵じゃないけどね」

「ラシェル先輩はやっぱり強いんですか?」

「そりゃ、キミたちよりはね。まだ実剣だって振りなれてないだろ?」

「上級学校では本物を用いた授業も増えるのでしたわね」


 模擬剣も重量バランスはほぼ同じだけれど、上級学校では成人用の剣が用いられる。重くなる武器、下手に扱えば大怪我をする重圧を抱えてきちんと訓練できる自信はない。

 進学先が貴族学校で良かった。

 シルヴィアは「この剣も使う機会がありませんように」と祈る。

 けれど、残念ながらその祈りは聞き届けられることがなく。


 ──異変を感じたのは日暮れが近づいた頃だった。


 ラシェルが「ボクたちだけで野営したほうがいいかもね」と呟き、先行隊がいるであろう方向を見つめる。

 もうとっくに背中さえ見えないけれど。

 方位磁石を取り出した彼女は歩みに間違いがないことを再度確認、後方や左右も見渡して。


「……ん?」


 ある方向で視線を止めた。

 さんざんシルヴィアをせっついていた少女が自ら止まったのだ。四人もそれにならい、リーダーの意図を探ろうとする。

 その間もラシェルは瞳を逸らさず、


「まさか、ね」

「隊長、なにかございまして? まさかゴブリンでも出ましたの?」


 エリザベートの軽い口調に返ってきたのは硬い声。


「こっちに向かってくる人影が複数。成人した人間にしては小さい」

「そんな。わたくしには全然──」

「ううん、いるね。ゴブリンだ」


 けれど、同じ方向をじっと見つめたクレールがリーダーの意見を肯定。


「多いよ。十匹以上はいると思う」

「くそ。なんだってこんな時に!」


 ラシェルが舌打ちと共に剣の留め具を外す。

 次いで矢継ぎ早に紡がれたのは四人への指示だ。


「逃げてもたぶん追いつかれる。クレール、エリザベート、イザベルは武器を構えて僕の後ろに。シルヴィアは三人の後ろに控えて赤の狼煙!」

「は、はい!」


 非常用の連絡手段として色つきの煙を出す玉が荷物に入っている。

 赤色の玉の意味は「敵襲」。

 使うことになるとは思っていなかった。手が震え、火を起こすのにもたつくものの慣れた作業だったおかげでなんとか成功する。

 平民は料理に魔道具なんて使えない。

 両親からやり方を教わっていたのが緊急時に活きた。


 狼煙が上がる頃にはシルヴィアたちの目にも敵の姿がはっきりと映る。


 暗緑色の肌を持ち、背丈は人間の子供ほど。

 絵に描いたような「人型の化け物」が剣やこん棒、槍など思い思いの武器を手に、ラシェル隊の面々をめがけて進行してきていた。



    ◇    ◇    ◇



 魔物。

 彼らの多くは高い知能を持たず、野性的な本能に基づいて行動する。

 狩る、食べる、そして『犯す』。

 女性騎士や女冒険者にとって「魔物に捕まって抵抗できなくなったら自害する」のは常識だ。

 当然、シルヴィアたちも教師から口を酸っぱく言われている。


 特にゴブリンは人間の胎を借りる。

 知識は敵の醜悪さと相まって強い嫌悪感を呼び起こした。


「いい機会ですわ、イズ。特訓の成果を見せてみなさい」

「は、はい、エリザベート様」


 敵が接近してくる間にこちらの準備も終わっている。

 五人分の背負い袋が狼煙を囲むように置かれ、藍色の髪の男爵令嬢はとっておきの武器を構えた。


「弓の用意があったのは助かるな」

「シルヴィアの助言が役に立ちましたわね。……まあ、上手く当たればの話ですけれど」


 矢筒には十分な数の矢。イザベルが疲れ気味だったのはこのせいじゃないかという気もするけれど、それはともかく。


「え、えいっ!?」


 少女が簡素な洋弓から放った矢はあさっての方向に飛んで落ちた。


「ああもう、どこに撃っていますの、イズ!」

「も、申し訳ありません!」

「いいから撃ち続けるんだイザベル! クレール、エリザベート、先行したゴブリンが来るぞ!」

「っ!」


 まっすぐに飛び込んできた最初の一匹をラシェルが斜めに斬り裂く。

 噴き出す鮮血。

 紅髪の騎士見習いは血で装備が汚れるのに構わず、倒れ込むゴブリンの頭に剣を突き立てた。

 とどめ。

 理屈としてはわかっていても、生き物が殺される様は暴力的であまり見たくない。


「シルヴィア、剣を取って狼煙を守れ!」

「はいっ!」


 剣とは、こんなに重いものだっただろうか。

 両手で支えてもなお頼りない。

 けれど、同じ支給品の剣を構えたクレールはラシェルとは別の一匹と対峙、そのこん棒を弾くとひと息に斬り倒して見せる。

 その瞳は冷静で、


「うん、あたしでもなんとかなる」

「一人だけ格好いいところをっ!」


 三匹目が向かったのはエリザベートのところ。

 公爵令嬢は慌てず騒がず、紋章入りの高そうな剣を正眼に構え──優雅に振った。


「へえ」


 刃のきらめき。

 繰り返し練習したことがひと目でわかる動き。

 年長者であるラシェルまでもが感嘆の声を漏らし、一閃は狙い違わずゴブリンの肌を裂いた。

 噴き出す鮮血。


「あら、これでは服が汚れてしまいますわ」


 言いつつもエリザベートは手を止めない。

 構え直した剣を引くと腹に手を添え、


「あまり貫きたい相手ではありませんけれど」


 魔物の顔を刃が貫通。

 令嬢は硬いブーツの裏で死体を蹴りつけ、剣を引き抜くと素早く振った。

 地面に血が散って刃が再び輝く。


「シルヴィアの助言は確かでした。わたくしにはこのスタイルが合っているようですわ」


 アドバイス以来、公爵令嬢が鍛え続けていたのはなにか。

 簡単に言うと、それは「剣の型」。


『あなたは2D対戦格闘ゲームのキャラクターである』


 エリザベート・デュ・デュヴァリエに向いていたのは徒手格闘ではなく、磨き抜かれた『型』を組み合わせて敵を打倒する特殊な戦闘スタイルだったのだ。

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