第26話◆身近にいる恐ろしい存在
ハーフ&ハーフ&ハーフ&ハーフで小鉢とデザートまで付いた中華ランチセット美味かった。そして苦しいほどにお腹いっぱい。
それで、昼飯を食ってお腹いっぱいになったらどうなるかって?
睡魔がやってくるのさ。
というわけで眠い。
まかないが出るバイトなんて初めてなので、ウキウキした気分になって食べすぎてしまった。
高校生の頃、バイトをしたことはあったが長い時間のバイトはしたことがなかったため、昼飯の後がこんなに辛いとは思わなかった。
くそぉ……これが学校だったら午後からの授業で居眠りをしていればよかったのに。
丸一日働くということは、思った以上に大変なことなのだと身を以て知ってしまった。
俺の休憩が終われば、魔王が休憩に入る。
その時間はランチタイムが終わった十四時過ぎで、店の中には人の姿はない。
魔王はエプロン姿のままカウンターで、少しお高いカップ麺を食べている。
俺には豪華なまかないを出してくれたのだが、本人はカップ麺。
ご当地ラーメン系で少し高めのやつではあるが、なんだか貧相な昼飯に見える。
あ、でも横に置いてあるマドレーヌは有名ケーキ屋のお高いマドレーヌだ!
しかも飲んでいるコーヒーは、店で出しているコーヒーよりずっといい香りがする。
コーヒーに詳しくない俺でもわかるぞ。そのコーヒーお高いコーヒーだろ!?
え? カップ麺はあちらの世界にはなかったし、こちらの世界にきても登場したのはごく最近なので、珍しくて面白いから好き?
最近では日本各地のラーメンがカップ麺としてスーパーで売られていて、どれもこれも美味そうだから制覇したい?
ラーメン屋で食べるラーメンとは違ってこれはこれで美味い?
うん、カップ麺が美味いのはわかるな。
それと、こちらの世界は甘いものがたくさんあって嬉しい? とくに最近は急激に甘い菓子が普及して次から次に色々発売されて制覇しきれない?
なんだよ、魔王のくせに甘党かよ。しょうがないな、今度とっておきのお手頃かかくで甘いコンビニ菓子でも教えてやるよ。
だが、お前のいう最近は人間にとっては全然最近じゃないからな! 昔を懐かしむ爺みたいだから、俺以外との会話でうっかりポロリすんなよ!
客のいない店でカウンター席に座りカップ麺をズルズルと食べている魔王の隣の隣の席で、俺は魔王にいいつけられた作業をしていた。
入荷したばかりで箱の中に入ったままのアロマキャンドルやアロマオイル、それからお香の類いとそれを使用するための小物。
それらを魔王に渡されたメモの通りに仕分けして紙袋へ入れる作業だ。
喫茶ホッドミーミルの森では通常の喫茶店業務以外にも、アロマキャンドルやアロマオイル、お香といったインテリア雑貨の販売もしている。
しかしそれらはただのインテリア雑貨ではなく、魔除けが効果付与されたものである。
インテリア系の雑貨以外にも、匂い袋やキーホルダー、栞等といった持ち歩きやすいものも取り扱っており、それらも全て魔除け効果がある付与されている。
何それ、俺も欲しいんだけど!?
魔王曰く、俺と同じように見えるだけで対抗手段を持たない者のための商品らしい。
それらはレジ横に設置された雑貨品販売コーナーに普通に並べられており、そこにあるものは誰でも購入することができる。
俺が紙袋に仕分けしているのは、お得意様のところに届けにいく分。
客がいなくなるランチタイム終了後から夕方までの間、注文があれば店を閉めて近所のお得意様のところまで魔除けグッズを届けにいくそうだ。
今日もその予定があるそうで、休憩が終わると魔王は俺が仕分けした魔除けグッズをお得意様のところに持っていくため店を空けることになっている。
一時間もかからない予定らしいが、もしかしてその間俺が一人で店番をすることになるのかな!?
バイト初日でいきなりぼっち勤務は怖い! というか、俺ってそこまで信用されているの!?
いやぁ……照れるなぁ。
と思ったら、その配達に俺も一緒に連れていかれるらしい。
ランチタイムの後はこうして配達に出るため店を閉めている時もあるので、昨日大ツチノコに追いかけられて魔王に助けを求めた時、店が開いていて魔王が暇にしていたのはどうやら運が良かったらしい。
箱に入っている小物をメモに書かれた通りに分け、配達先を書いた付箋を紙袋に貼り付けておくだけの簡単な作業。
簡単すぎて眠くなるぜ。
ああ、食べすぎて眠いところに単純作業。これは眠さが加速するぜ。
あ、ダメ……めちゃくちゃ瞼が重い。
ガクンッていきそう。
ガクンッ!
あぶなっ! ガクンッていくところだった!
一度ガクンとなって少し目が覚めたぞ。間違えないように仕分けしないと。
しかしこの満腹感と店の窓から差し込む春の午後の暖かい日差しが強いねむねを誘う。
あ、またガクンっていきそう。
ダメだ。バイト中だから寝てはいけない。
ちくしょう、前世の世界なら眠りの魔法を使う魔物がいて、うっかり居眠りはそいつらのせいにできたのに、今世にはそんなものはいない。
ガク……ペシッ!
「いてっ!」
「メッ!?」
再び強い眠気にガクンとなりそうになった時、頭のてっぺんを軽く叩かれる感覚があってパッと意識が戻った。
それと同時に頭の上から高く短い声がして、手のひらサイズの黒い羊のような姿をした生き物が、俺の目の前に落ちてきて転がり、俺と目が合った後魔王に睨まれてメメメッと高い声であげながらカウンターの上から飛び降りてレジ横の棚の裏へと逃げ込んでいった。
なんだあれ!? また見えざる者か!?
頭を叩かれたせいか眠気が消し飛び頭は妙にスッキリしている。
いやいやそんなことよりバイト中、しかも初日に居眠りをして頭を叩かれてしまった。
頭を叩いたのはもちろん魔王。魔王の方を見るとその手には丸めた新聞が握られていた。
「ひ、すみません。目が覚めました!!」
うげぇ! これは全面的に俺が悪い!
なので素直に謝る! 俺は自分が悪ければ謝れる勇者なのだ!
「うむ、目が覚めたか。この時間は睡魔の活動が活発で困る」
「はい、すみません睡魔が……え? 睡魔の活動? ああ、活発で困るけど……え?」
「メ……」
まじ突然の睡魔に襲われたんだ。そう、睡魔に勝てなかったんだよ。
と、眠気から冷めたばかりの頭で魔王の言葉を聞きながら、バイト中に居眠りをしそうになったことを謝罪していて魔王の言葉に気付いた。
睡魔の活動? 活発?
首を傾げていると小さな鳴き声。そして鳴き声の方向から弱々しい視線を足元あたり感じてそちらを見ると、先ほど棚の裏に逃げ込んだ小さな黒い羊が、そこからちょこんと顔を出してこちらを見ていた。
「アイツは睡魔という妖だ。気がつけばすぐ傍にいて眠りに誘ってくる。その眠りがまた無駄に心地が良いのでたちが悪い。どこにでもいる奴で、疲れている時や飯の後、やらなければいけないことが山積みの時を狙って現れるので注意するように」
丸めた新聞を元に戻しながら、魔王がすごく迷惑そうな表情をしながら眉を寄せた。
ある。すごくある。
今まで気付かなかったが、きっと俺は今までの人生でなんども睡魔に遭遇している。
魔王にいわれるまで全く気付かなかったぜ。
小さいくせに恐ろしい妖だな、睡魔。
そして更に魔王が続けた。
「この睡魔とよく一緒に現れるのが”時間泥棒”というやつで、時間の感覚を狂わせて盗んでいく。気付けば眠りこけ数時間が過ぎていたいう経験は幾度かあるだろう。もちろん時間泥棒は単体でも現れ時間の感覚を狂わせていく。本を読んでいる時、ネットを見ている時、ゲームをしている時、プラモデルを組み立てている時など、気付かぬうちに時間の感覚を狂わせ、大切な時間を盗んでいくたちの悪すぎる奴だ。こいつらは俺でも気配が掴めぬほど巧妙に潜んでいる故、みちるも気を付けるように」
ある。そんな経験すごくある。
俺の場合、部屋の片付けをしている時やテスト勉強をしている時にそいつに時間を盗まれた疑惑がある。
つい別のことを始めて、ごっそりと時間が過ぎているんだよなぁ。
勇者であった頃の俺が全く敵わなかった魔王ですらその気配に気付けぬとは、この世界には恐ろしい妖が身近にいるものだ。
身近に潜む強敵の存在を知った瞬間だった。
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