第25話◆魔王のまかない飯
今日覚えたのは基本的なホール業務とレジ打ちと掃除。
一部の常連客しか知らない、お守りやお香などの販売。
それから少しだけ忙しい昼のピークタイムはご飯と味噌汁をよそったり、皿を洗ったり。
お握りの作り方も教えてもらって、俺はお握り担当になった。まぁお握りがあるメニューなんてほとんどないけれど。
でも食事関係のバイトをするのは初めてだし、今まであまり料理をしたことがなかったので、できることが増えた気がして思ったよりも楽しかった。
魔王が料理をして、俺が運んで空いた皿を回収して洗っての役割分担。
多少忙しくはあるが思ったよりずっとチョロい。見えざる者もやってくるが、大人しくて話の通じる奴ばかりだ。
普段はこれを魔王一人でやっているのかな?
ふむ、一人だと忙しそうだから入れる時はバイトに入ってやるか。
魔王のためではなく、俺の金策のためだけれどな!
バイトに入って三時間。仕事の覚えは結構速かった思う。
時間は十三時を過ぎると見える者も見えざる者もだんだんと店を出ていき、遅めにやってきてアレックスとカルがカウンターに居座っているだけになった。
少し忙しかった昼時はあまり気にならなかったが、客が引いて暇になってくると急に強い空腹感に襲われた。
アレックスが食べているのは、鉄板の上でジュワーと音を立て肉汁溢れるハンバーグに大盛りご飯と味噌汁付きの特盛りハンバーグ定食。
追加料金の大サイズを頼んでいたから普通のハンバーグよりもかなりでかい。それでもアレックスの体格の前には小さく見えてしまう。
ちくしょう、ジュワーッて音が空きっ腹を刺激してきやがる。
カウンターで肉々しい香りを放つハンバーグ定食に気を取られていると、横から滑り込むようにニンニクの香りが漂ってきた。
その発生源はアレックスの隣に座る、ヒョロヒョロメガネ男のカルの食べているアサリタップのパスタ。
ボンゴレ・ビアンコとかいうこの定食屋臭のする喫茶店では珍しいお洒落なメニューである。
しかも昼限定のお好きなパスタにプラス三百円でサラダとスープとガーリックトーストがついてくるサラダランチセット。
ちくしょう、昼間っからニンニクの香りが美味そうなものを食いやがってー。
浄化魔法でニンニク臭も消せるってか!? うらやましすぎるぜ!!
喫茶店なので昼時が一番忙しいので、自分の昼飯はそれが終わってからになるのはわかっていた。
しかし、これは思ったよりきついぞ!!
ランチタイムは十四時までって聞いているから、休憩はその後だろうなぁ。
今は十三時を回ったところだから、後一時間弱この空腹と戦わなければいけないのか。
もう客がアレックスとカルだけになって暇になったし、こいつらがカウンターでいい匂いをさせて美味そうに食っているから、更に腹が減るんだよおおおおお。
ちくしょう! 魔王の喫茶店の仕事は思ってより辛いぜ! というかこれは、拷問みたいなものでは!?
グウウウウウ……。
客が帰り空いた席を片付け食器を持ってカウンターに戻る途中、アレックスとカルの料理の匂いに腹が反応した。
しかも客がいなくなって店内が静だったため、結構響いた気がする。
俺の腹、我慢が足りなさすぎないか!? いや、他の奴らに聞こえたとは限らない!
だが勤務中の俺は腹の音如きでは動揺していないふりをしてカウンターに入り、厨房の洗い場へ食器を持って向かった。
「客も引いたし、この後は俺一人でも問題ない。みちるは洗い物が終わったら、休憩を取るといい」
カチャカチャと食器を洗い場に置いて洗い物の準備を始めていると、カウンターにいた魔王が俺に言った。
やっぱ腹の音は聞こえていたか。
なんだか情けをかけられたような気がして悔しくも思えたが、腹が減っては戦はできぬ。
皿洗いが終わったら、素直に休憩をもらうことにした。
勤務時間がランチタイムに被る時は、まかないが出ることになっている。
飲食店のバイトってこれがいいんだよなぁ。学生にとって一食分の飯代が浮くのは大変ありがたい。
今日の勤務は十時から十七時の七時間勤務で間に五十分の休憩。
つまり休憩中にまかないが出るということだ。
「今日のまかないは半チャンラーメンと半餃子半カラのセットのセットに胡麻団子付きでデザートは杏仁豆腐――ホッドミーミル中華セットだ」
「定食屋臭のする喫茶店だと思ってたら、突然中華料理屋メニュー出てきたーー!」
美味しそうだし、中華料理屋メニュー大満足セットなのだが、喫茶店で出てくるメニューじゃねーよな!? というかなんで喫茶店を名乗ってんだよ!?
バイト初日、初まかないはハーフサイズのラーメン、炒飯に餃子四つと唐揚げが二つ、それがら胡麻団子が一つに杏仁豆腐。
どれもこれも中華料理屋に行くとどの組み合わせて頼むか迷うメニューである。
ちくしょう、どれもこれも一人前ずつ頼むと食べすぎてくるしくなるメニューを、ハーフサイズ程度で全盛り定食なんて、なんて親切なまかないなんだ!!
でも中華料理屋くせぇ!!
小さな喫茶店なのでもちろん休憩室とかはなく、カウンター席の片隅で昼休憩。
まかないの中華セットはとても満足セットなのだが、思わずツッコミが口から漏れた
「こいつわりと根に持つタイプだから、定食屋って言われたことを根に持ってるぜ」
と、食事が終わってもまだ店でダラダラしているアレックス。
「夜は酒も出てきて多国籍飲み屋状態なのに、上様は何故か喫茶店にこだわりがあるらしいですからねぇ」
ほらぁ、部下も呆れ顔でメガネをチャキチャキしているぞぉ。
「む、俺は喫茶店がやりたかったのだ。だがメニューは多い方に越したことはなかろう。それにコーヒーが出るから喫茶店だ」
表情はわかりにくいのだがこれは拗ねている表情な気がする。
「おい、気を付けろ。こいつはこう見えて陰険だから、こういう表情の時はすごくわかりにくくてたちの悪い仕返しをしてくるぞ。おっと、俺はそろそろ休憩時間が終わるから店に戻るぜ」
アレックスがこそっと俺の耳元で呟きながら席を立った。
こう見えてもなんも、見るからに陰険そうだけど。
「あ、僕もそろそろ午後の配達に行く時間ですね」
アレックスに続いてカルも席を立った。
二人が会計を済ませ店を出て、店の中には俺と魔王だけになってしまった。
なんだか少し気まずいな。
ランチタイム前も店に二人っきりだったけれど、仕事の説明を聞くので必死だったからそんなに気にならなかった。
う……食べてるところをそんなに見るなよ。
「口に合うか?」
そう聞かれると、合わないとは言えないだろ。
でも実際、俺好みの味で魔王の料理のくせに美味しいと思う。
「うん、普通に美味い。ただの喫茶店だと思って入ったらビビるレベル」
これはお世辞ではなく本音。
「ふむ、ならば試作品も食べて見るがよい」
いつの間に作ったのか、カウンターの向こうから浅い皿に入ったスープが出てきた。
金色にも見えるこのスープは……フカヒレスープだあああああああ!!
マジ、中華料理屋かよ!?
「やった、いただきます!!」
出されたものは遠慮なくもらうぞ。
ふはははははは、バイトへのまかない飯代がかさむことなんて気にしないで食ってやるぞ!!
これが力のない俺の魔王への些細な抵抗なのだ。
そして――。
数十分後、食べすぎてカウンターに突っ伏す俺がいた。
これがアレックスの言っていた、わかりにくくてたちの悪い仕返しか。
気付いた時には、時すでに遅し。
カウンターの向こうに満足げな表情の魔王が見えた。
汚い。汚いぞ、魔王!!
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