ホッドミーミルの森へようこそ
第24話◆喫茶ホッドミーミルの森へようこそ
「いらっしゃいませー、ってまた幽霊!? この店普通の人間の客は来てるのか!?」
バイト初日、勤務開始から三時間が経過。
高校時代コンビニでバイトをしたことがあるので、接客もレジ操作も完璧だぜ。ドヤァ。
そんな俺の接客は本来完璧なはずなのだが、カランカランと鳴るドアベルの音に反応していらっしゃいませと言った直後、入って来た客の姿を見て思わず本音が漏れた。大きな声で。
「ん? すでに肉体はないが人であることには変わりないぞ。人種差別はよくない」
「違う! 人種差別違う!! ていうか、人種の問題じゃねえ!! 種族? いや、種族は人間だけど幽霊なだけだよな? じゃあ、だいたい人間?」
「うむ、そうだ。肉体がないだけで人間であることには違いない」
「そっかー、言われてみると確かに人間だよなぁ。納得……するわきゃねーだろ!? この店マジで普通の客は来てるのか、経営状況大丈夫なのか!? 俺がこの上に住んでいるうちに、喫茶店どころかアパートがなくなるとか困るんだけど!?」
「うむ、それはおそらく大丈夫だ。それより、客に水とおしぼりを出してこい」
「あ、はい」
魔王の喫茶店”ホッドミーミルの森"でバイトをすることが決まった翌日、モーニングタイムが終わった後からバイトに入っていた。
モーニングタイムは七時半から九時半まで。この時間は朝専用の定食メニューがある時間で、出勤前に立ち寄る客が中心で時々昨日の幽霊お姉さんみたいな存在もやってくるそうだ。
店の常連客はアレックスやカルのような魔王の仲間で近所に住んでいる者や近所の幽霊や
なるほどー、身内と見えざる者向けの定食屋みたいなものかー。
え? 定食屋ではなくて喫茶店?
確かに店の見た目はお洒落の喫茶店だけれど、メニューがどう見ても喫茶店というより定食屋じゃねーか!
何か言いたそうな顔でこちらを見ても、メニューから定食屋臭が出ていることには変わりないぞ!!
モーニングタイムが終わると、十一時まで一旦店を閉めランチタイムの準備。
俺がバイトに入ったのはこの一旦閉店している間の十時から。
店を閉めている間に、店のことと簡単な業務を教わることになった。
この間、閉店中なのだが常連客と空気の読まない見えざる者はちょこちょこやってくるようだ。
見えざる者は準備中の看板など気にせず店に入ってきて、空いている席に勝手に座り何をするでもなく過ごしている。
魔王曰く、これもだいたい常連客でそれぞれお気に入りのメニューがあるのでそれを出しておけばいいらしい。
待って、それ全部メモ帳にメモしておくから。絶対一回で覚えられないから。
この閉店時間中にやって来るのは、一見は普通の人間に見える常連客もいる。
しかしどうやらこれは魔王の部下のようで、食事などはせず魔王から意味ありげな書類や受け取ったり、お茶やお香やお守りなどを買ったりして帰っていった。
その光景がものすごく怪しいから何かと思えば、魔王から妖関係の仕事引き受けている者や除霊や魔除け用のアイテムを買いにきている者らしい。
へぇ、なんか前世にあった旅の仲間を集める酒場みたいだな。
え? だいたいそんな感じ?
くそ、定食屋臭のする喫茶店なのに、そういう役割があると思うとなんだかかっこいい気がしてくるな。
ああ、だから俺の業務にはこの手の客の対応もあるってことだな。
おう、これもすぐには覚えられないからメモをしておくぜ。
ん? それから幽霊の客に話しかけられたら、深入りいない程度に話を聞いてやれ?
もしかするとそれで成仏するかもしれない? 成仏させたならボーナスを出してくれる? 浮遊霊なら五千円から一万円? 現世への執着の強さと危険度で更に値段が上がる?
やるやる、頑張る! 幽霊さんのお悩み相談勇者になる!
ああ、もちろん無理はしない。
取り憑かれると俺の身も危ないが、取り憑いた方もお祓いつか浄化魔法で無理矢理あの世に送ることになるんだろ?
うん、どうせあの世に行くなら納得した形がいいよな。
俺は前世の最後の記憶はないけれど、きっと納得しないで死んだに違いないから、死してなお死に納得できずこの世を彷徨っている奴らのことが他人事には思えないんだ。
え? 頑張るなら時給も上げてくれる? やったー!!
あ、でもあんま稼ぐと扶養が外れちゃいそう。
そうならないように調整しながら働けばいいし、無茶振りはしない?
やったー、それなら助かるー。
流行っていなさそうな店の上にすごく胡散臭い業務も含まれているけれど、バイトに優しくて助かるぜ。
魔王の経営する店のくせになんだかんだで待遇がいい。
今日は初日で覚えることもたくさんあるので、十時から十七時までの長めの勤務だが、次回からは魔王が店を空けやすく、尚且つ客も疎らな昼のピークと夜のピークの間、十五時から十九時の勤務が中心になる予定で、場合によっては夕方からの勤務もあるかもしれないとのことだ。
学校が始まると夕方以降ならいつでもバイトに出られそうだけれど、十五時からだと午後に授業がない日になるかなぁ。
日曜は休みらしいので多分週に三回くらいになりそうだけれど、そのくらいの方が稼ぎすぎることにはならないだろう。
俺がバイトに入ってから三時間。時計は十三時を回り、そろそろ昼のピークタイムは終わりだろうか。
一応ランチタイムは十四時までらしいが、相変わらず客入りが多いとは思えない店である。
むしろ普通の客はほぼ皆無なのでは!?
今、店に入って来たのはサラリーマンだろうか、くたびれた顔をしたスーツ姿の中年男性の幽霊。
中年ではあるが日本人の平均寿命を考えると、幽霊になるにはまだまだ若いと思われる。
何が原因で幽霊になったのか俺にはわからないが、とりあえず店の隅っこに座った幽霊の客にお疲れ様の気持ちを込めながら中年サラリーマンの幽霊に水を出した。
その時、その幽霊と目が合って軽く会釈をされたので、反射的に接客スマイルを作りながら会釈を返した。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
そう声をかけながらその席を離れ、顔は動かさず視線だけで店内を見回す。
今やってきたばかりの中年サラリーマンの幽霊。
そのサラリーマンと背中合わせの席には、コーヒーを飲みながら推理小説を読んでいる年配の男性の幽霊。
サラリーマンの席とは別の隅っこには、背中に鳥の翼が生えている鼻の長い男性。
窓際の席には後頭部が妙に長いお爺ちゃん。
うん、わかる。
これ全部、普通の人には見えない存在だよね!?
この店本当に大丈夫!?
「うぉ~い、笑顔が固いぞ~。もっと真面目に接客しろ~」
「いやぁ、アレックスさんの接客よりはマシなんじゃないですかねぇ」
笑顔を引き攣らせながら、サラリーマンに水を出して空いた盆を小脇にはさんでカウンターに戻っていると、店内にいる数少ない見えざる者ではない存在――アレックスとカルに冷やかされた。
お前ら、昼飯までここで食っているのかよ!? 魔王大好きすぎないか!?
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