第23話◆閑話:陽緋色アレックス

「今度は人間かぁ。ま、人間なら普通だな普通。あっちの世界からの転生者であの女神の影響を受けた転生者ってこと以外は……あんま普通じゃねーな? やっぱ関わらない方がいいんじゃねーのか?」

 客が俺だけになった流行らない喫茶店のカウンター席。ウイスキー入りのロックグラスを傾けると中の氷がカランと高い音を立て、その音が妙に大きく俺と俺の主君しかいない店に響いた。

 カウンターの向こうで梅干し入りの焼酎を啜っている主君に尋ね、傾けたグラスからウイスキーを煽った。


 俺の名はアレックス。昔いた世界での名はそれだけだった。

 こちらの世界に来てからは、この国に溶け込むため陽緋色ひひいろという名字を、友人であり主君でもあるリシドが俺に付けてくれた。

 奴的にはしっかりこの国に溶け込む命名のつもりだったらしいが、この名字を貰った時から俺は気付いている。

 どっからどう考えても浮いている名前だよな!?

 しかも俺の本来の姿はこちらの人間とは少々違う。魔法でこちらの人間に似せてみたが体型も含めてあまり日本人っぽくない。

 そもそも俺は魔法が苦手である。

 頭と胴体があって手足が生えているのでだいたい誤差だと奴はいうが、大雑把なのか神々のスケールなのか、奴の感覚はだいたい丼勘定がすぎる。

 いや、丼ところかバケツとかタライ。もしかするとコンテナとかタンカー勘定といってもおかしくないくらい適当な奴である。


 そんな大雑把でスケールがおかしい奴が、俺の最も古い友であり生涯忠誠を誓うと決めた主君でもある。

 リシドという名の俺の主君は、あちらの世界ではあの女神と人間どもが勝手に魔王などと呼んでいた。

 奴曰く。

 女神にとって不要な存在を魔物と呼び、それらの頂点に立つ俺を彼らの王というのなら、魔王といれば魔王であろう。

 けっして良い意味での呼び名ではないにもかかわらず、奴はその呼び名を気にはしていないようだった。

 しかしこちらに来てからは天王あまの莉志トりしとと名乗っているところを見ると、やはり魔王と呼ばれていたのは奴なりに思うところがあったのかもしれない。


 そのリシドの悪い癖――何でもかんでも拾ってくる。物ではなく生き物を。

 そうしてあの女神が不要といって捨てたものを拾いまくって増えまくったのが、リシドの配下の者であり領民であった。

 人間どもは勝手に魔王軍とか呼んでいたけれどな。


 カルの一族も初代がリシドに拾われて育てられて以来、代々奴に仕えその雑用係……いや、側近として働いている。

 子猫だと思って拾ってきたら猫の住人だったってやつだな。

 獣人だからまだましな方で、子猫を拾ってきたらマンティコアだったこともあったし、ヒヨコを拾ってきたらコカトリスなんてことは日常茶飯事。巣から落ちて死にかけていたら鳥の雛を拾ってきたら百メートル超えの怪鳥ルフの雛だったこともあるな。

 そいつら全部リシドに懐いちまって、こいつらやそいつらの子孫がこちらの世界までついてきちまっている。

 というか、リシドが希望者全部こちらの世界に連れて行くといったら、ほとんどがついてきた。


 そのため俺達を受け入れてくれたこちらの世界の主に大きな借りができ、その借りを返すためこちらの世界の人間には見えない者達が引き起こすトラブルを収める役割を、リシドとその配下で請け負っている。

 

 こちらの世界は見える者と見えざる者が別々の領域を作って棲み分け、お互いに大きく干渉をしないという形で争いを避けている。

 その棲み分けの範囲を乗り越えてトラブルを起こす者を取り押さえて元の領域に戻すのが俺達の仕事だ。

 表向きは人間として過ごしながら、近場でトラブルが起こればそれに対応するという生活をこちらにきてからずっと送っている。


 そしてその何でもかんでも拾ってくる癖はこちらでも治ることなく続いている。

 ただの犬猫を拾ってくるのはまだいい……いや、よくないな。かつては魔王とも呼ばれ人間から恐れられていた男が、保護猫活動をしている近所の奥様と仲良く猫を愛でてんじゃねーぞ! 一緒に里親探してんじゃねーぞ!

 猫カフェをやりたいとか困った顔で相談されても、ただでさえ閑古鳥の鳴きまくっている喫茶店で好き勝手な気まぐれ料理をしているだけの奴が、更にもう一店舗経営するとか無理だろ!!

 大人しく手間のかからないアパート経営と駐車場経営くらいにしておけ!!

 というか拾ってくるのが動物や人間なのはともかく、物の怪や幽霊まで拾ってくるんじゃねえ!!

 何でもかんでも拾って懐かれてるんじゃねえ!! またそうやって店の隅っこで変な物の怪を餌付けしている!!


 そんなリシドの経営するアパートにこの春入居してきたのが、あちらの世界から転生をしてこちらの世界に来たと思われる人間の子供。

 トップのリシドがああやって何でもかんでも拾ってきて誑し込むから、誑し込まれた奴らが俺も俺もと真似して困っている奴を拾ってくる。

 今回は地方都市で暮らすデュラハンのモホロビチッチの紹介でやってきた奴だ。


 その子供についてモホロビチッチの奴もあまり詳しいことは知らなかったようで、見えるだけで何も力を持っていない人間の子供が、俺達の住む麻桜荘あさくらそうに越してくると聞いていた。

 それがまさかあの世界からの転生者。しかも女神が選んだ勇者――という体でリシドの元に送り込まれてくる刺客というか女神信仰のための捨て駒、成功すればラッキーくらいの特効部隊だった奴。

 あちらにいた頃は女神信者達との争いが絶えず、そんな奴らがリシドの元に時々現れていた。

 その数があまりに多くていちいち顔まで覚えていないのだが、みちるという子供もその中の一人だったようだ。


 そんな奴だから最初は敵意剥き出しだった。

 ていうかさー、初対面のアパートの大家相手に魔王とか言う奴があるか? 人違いだったら絶対変な奴だぞ!?

 だがそれを馬鹿正直に肯定するのが、うちのアホ主君リシドである。

 馬鹿野郎! そこはこの小僧を変人扱いしてすっとぼけておくところだろ!?

 思わずカウンターを飛び越えてぶん殴っちまったわ。


 マジないわー、こっちの世界にきてから数百の時が過ぎているのに、まだこちらの常識がないとかないわー。

 普通の人間より長く生きているのだから、人間より人間らしく振る舞うことができるだろう、常識的に考えて。

 そう、この俺のように。


 うるせぇ! 自分にとって数百の時はそんな長い時間ではないとか、人間の常識が変わるサイクルが速くて覚えるのが面倒くさいとかそういう問題じゃねぇ!

 お前はだいたい人間に馴染んで暮らしているつもりでいるかのしれないが、どっからどう見ても浮いているからな! 見た目がいいだけの変人で有名だからな!

 そう、見た目がいいだけでだいたい許されているのがこいつのむかつくポイントでもある。

 はー、やっぱもう一発くらいぶん殴っておけばよかった。


 はー、こいつは昔からマイペースなんだよなぁ。

 確かに戦闘能力的な意味ではこいつに敵うかなう奴などほとんどいないだろう。あのくそ女神ですら正面から力比べをすればこいつの方が圧倒的に強いはずだ。

 人を纏める能力は高く、配下の者にも慕われている。

 上に立つ者のとしてはほぼ完璧なのだが、そのほぼに含まれない部分が致命的すぎる。

 マイペースすぎる上に、いろんな意味で器がでかすぎるんだよ!!

 それと人を纏める能力があるわりには、表情に乏しく口数もあまり多くないため、普段はただの顔がいいだけのコミュ障である。

 奴の一番の部下となってどれくらいの時が過ぎたか……はー、マジ苦労したよなぁ。

 考えると酒飲んで寝たくなるから、考えるのはやめとこ。


 今日から麻桜荘に入居するとリシドの喫茶店を訪ねてきた隠樹おきみちると名乗る少年と、一瞬険悪なムードになりかけたが、なんともチョロい子供で少し話した後リシドに飯を貰って大人しくなってしまった。

 そんなにチョロすぎて大丈夫か?

 そんなにチョロいと変な女神に騙されるぞ。ああ、もう騙された後か。

 がっつり騙されて、そのことに気付かず死に、その時の記憶だけを持って生まれ変わったようだが、生まれ変わったためか世界を跨いだためかで女神の呪縛はかなり薄れているようだとリシドが言っていた。

 だからアジフライ定食を食ってコロッと餌付けされちまったのか?

 それにしてもチョロすぎだろ。


 ついでにお前、ものすごく線香臭いぞ? うちの肉屋に来る婆さんの服みたいなにおいがするぞ? 本人は気付いてないけどかなり線香臭いぞ。

 大丈夫か? そんなに線香においと嫁を貰いそびれそうだぞ?

 ああ、幽霊対策で線香を使いすぎた結果か……まぁ、最近はやたらにおいが強い線香が多いよな。線香臭すぎて彼女もできそうにないので、そのうちあまりにおわない線香でも教えてやるか。


 しかもリシド程でないがお節介気質のようで、今日はこの店の常連の幽霊を大ツチノコから助けたって? 何の力もないのに?

 愚かだな。

 一歩間違えれば自分の命が危ないというのに。今日出会ったばかりの死者のために。

 だがそういう奴は嫌いじゃない。わかりやすい性格も、変な偽善者より全然ましだ。


 グラスに残っていたウイスキーを一気に煽り、コトンと音を立ててグラスをテーブルの上に置く。


 だが安易に自分を囮にするような行動について、リシドはちゃんと説教したのだろうか?

 いや、こいつは人のことを言えないくらいお節介野郎だったな。

 だから元女神側の人間が生まれ代わってやってきたとしても、害がなければこうして受け入れる。

 もう過ぎた時のことだといって。


「関わらなくともよいが、関わってしまったからには今更縁を切るわけにはいくまい。それにここの住人なら、何も知らずトラブルに巻き込まれたり起こしたりするよりは、先に対策を身に付けておいた方が安全というものだ」

 店を営業しながら水を飲むふりをしつつ焼酎を飲んですっかり上機嫌になっている奴は、そう言って梅干ししか入っておらず生温そうな焼酎を奴が飲み干し、更に言葉を続けた。

「生まれ代わり再び会ったのも何かの縁だ。縁があるというのは良いことではないか」

「それが良縁ならな」

 その言葉に肩をすくめ、短い言葉を返した。


 どうせ俺が何を言ったところで、こいつの拾い癖は直らないし直す気もない。

 だが奴のそういう面がたくさんの者を引きつけ、主君として崇められている。


 まったく以て非常識で、大雑把で、何百年経っても自分のスケールのでかさを直そうとしないずぼらな主なんだけどなぁ。

 そんな主君だから、部下がしっかり見張っておかないといけなくて、苦労も絶えないんだよ。


 変な人間に関わることになってしまったから、まぁたしばらく賑やかになるかもなぁ。 仕方ねーから、お前の面倒も人間のガキの面倒も俺が見てやるかな。

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