第22話◆割りの良いバイト
ビーフシチュー、美味かった。
定食なのでシチューに味噌汁が付いていて、食い合わせ的に微妙に気になったが気にしない。
まだまだ育ち盛りの俺は出されたものは全部食べるし、魔王の懐にダメージを与えるためにおかわりもするのだ。
そしてまたもや食べ過ぎてしまい、食事が終わった後はそのまま店に居座りだらだらと魔王達と雑談をしていた。
その流れで明日の俺の予定を聞かれ、明日の予定は――カーテンを買って、バイト探し!!
「ん? バイトを探してんのか?」
食後の一杯、ウイスキーの入ったグラスを傾けるアレックスは妙に様になっている。
「親の仕送りは生活費と学費だけだから、自分の小遣いは自分で稼がないといけないんだ。それに見えない奴ら対策に何だかんだで金がかかるんだ。できるだけ時給のいいバイトを探さないと……」
幽霊対策の線香も妖怪対策のお守りも、全て金額相応である。
高いものが必ず良いとは限らないが、良いものは高い。
今日みたいなことがあった時のために、もう少し効果の強い見えざる者対策グッズを用意しておきたい。
そのためには金だ! 金が必要なんだ!!
「バイトですか? ちょうどいいバイトがありますよ?」
髪の毛を同じミルクティー色のカクテルを傾けるカルが、俺の方に向かってニコリと胡散臭い笑みを浮かべた後、魔王の方に視線を移した。
カルは実家が魚屋と言っていたから普通なら魚屋のバイトだと予想するのだが、その笑顔は胡散臭く、その後魔王の方を見たことも気になり、すぐに飛びついてはいけないような予感がした。
「ふむ、確かに万年人手不足ではあるが、そこまで忙しい仕事でもないからな。しかしここ最近はトラブルが連続して少し忙しいな。確かにそういった時の助けが欲しくはあるな」
と梅干しを鎮めた水の入ったグラスを傾ける魔王。
水に梅干しなんか入れて美味いのか? 梅昆布茶ならぬ梅干しウォーターか?
そのくらい店主がのんびりとしている喫茶店。客は俺とアレックスとカルしかいない。
大丈夫か、この店?
営業に打撃を与えようともりもり食べているが、俺が大学を卒業するまで潰れてもらっては困る。
しかし魔王の話からすると、喫茶店は暇でも見えざる者への対応は忙しいようだ。
そういえば最近迷い妖が多いとかなんとか言っていたな。
喫茶店は趣味で、そちらの方が本業だったか。
だがその仕事って収入になるのか?
ああ、アパート経営だけで生活には困らない感じなのだろうか。
それはそれで羨ましいな!?
「バイトってもしかして見えざる者関連のバイトか?」
この喫茶店はどう見てもバイトが必要そうには見えない。
そのことと魔王の反応から察すると魔王の本業――見えざる者関連のバイトだと思われる。
つまり安易に飛びついてしまうと、酷い目に遭う可能性があるということだ。
気になるからとりあえず話だけは聞くけれど、給料が良くても俺は簡単には釣られないぞ。
「そうだな、今日のように突然のトラブルが舞い込むと、店を閉めて対応に行くことになるからな。アレックスやカルのような俺に仕えてくれている者にも任せているのだが、皆表向きは普通の人間として暮らしている故、仕事や学業で手が離せず俺が対応することも少なくない。確かに人手は欲しいことではあるのだが――」
カウンターの内側で梅干し入りの水を啜るように飲みながら魔王が考え込み始めた。
その表情はかなり険しい。
そういえばこのアパートの下見に来た時も大家の魔王は留守だったな。その時も見えざる者の対応で出かけていたのかもしれない。
「見えるだけの人間を巻き込んで、危険に晒すことになった時のことを考えているんだろ。だがもう見えちまってるなら、引き込んで見えるだけでもできる対処を叩き込む方が安全ってもんだ。人手が増えるなら、俺も勤務中に抜けたり早退をしたりしてパートのおばちゃんにさぼりだと思われなくて済むからな」
アレックスは肉屋の店長だと言っていたな。
肉屋は人間に溶け込むための表向きの仕事だとしても、他の者と共に働いているならそりゃ仕事中に抜けにくだろうなぁ。
それと魔王が俺を危険に晒すことを心配している? 元宿敵なのに?
ま、まぁ、今の俺はもう勇者でもないし、ただの学生なので心配されてあげてもいいんだからね!
「僕は実家の魚屋で働いているので、僕以外にも猫又族の店員は上様に呼ばれて抜けることがあるので、仕事を抜けるのは何ともないですが、僕が抜けても僕以外が抜けても、抜けた先で忙しいかで対して変わりませんからねぇ。人手が増えるのは大歓迎ですよ。というか増やしてください! 最近、呼び出しの回数が多くないですか!?」
カルの表情が鬼気迫っている。
本業の方はあまり忙しくないと昨日言っていたような気がするが、この様子では忙しい、もしくは最近忙しくなったという感じか。
見えざる者に関する仕事。
それは見える者にしか……いや、見えた上でそれに対処できる力のある者にしかできない仕事だろう。
かっこいいといえばかっこいい。だが今日、大ツチノコに追い回されたことを考えるとやはり怖くもある。
それでも自分のこの見えるという能力が何かに利用できるなら。
そしてアレックスの言うようにただ見えるだけではなく、見えるだけでもできる対処を身に付けられるのなら。
「そのバイト、内容と時給だけでも聞かせてもらいたい」
簡単には釣られないつもりだが、内容と条件を聞いて俺の能力を生かせるなら考えてみたい。
「ふむ…………そうだな。時給は一三〇〇円、業務はこの店の店番。能力によって昇級あり、勤務時間と日数はそっちの都合でいい。みちるが店を見ていてくれるなら、俺も緊急の対応に出やすくなって助かる。食事を提供することの多い朝昼夕のピークタイムはできるだけ店にいるつもりだが、コーヒーの入れ方とサンドイッチの作り方くらいは覚えてもらうことにするか」
時給一三〇〇円! こんな暇そうな喫茶店の店番で!?
店番なら大ツチノコみたいなのに追いかけられることもないし安全なのでは!?
コーヒーをお洒落に淹れられる男とかモテそうだからコーヒーの淹れ方も覚えたいし、サンドイッチくらい作れたら料理のできる男として女の子にもモテそう。
それにバイト先が自宅から一分かからない場所っていうのもいい。
「やる! やるやるやります! 雇ってください!」
少し考えて全力で釣られることにした。
今日買い物にいった時にチラリと見たバイト募集の広告にあったのは、だいたい一一〇〇円ちょいくらい。
この暇そうな店で一三〇〇円なんて好待遇すぎるぜ。
「ふむ、ならばみちるに頼むとするか。うちの客はあの世界からこちらへ来た者とその血筋の者が多いから、それらの者なら融通が利くので場合によっては俺が戻るまで待たせておけばよい。それから人には見えぬ者の接客だな……こちらは見える者なら何とでもなるだろう。よろしく頼むぞ」
アッ。
そういえば幽霊お姉さんが客として来ているってことは、それ以外にもそういう存在が客として来ていてもおかしくないよな!?
「見えない者相手の接客って具体的にどんなことをするんでしょうかね」
無意識に顔が引き攣って思わず敬語になったしまった。
「まぁ、頼まれたメニューを出して適当に話を合わせるだけでだいたい問題ない」
だいたい。
「時々面倒くさい客がいるから気を付けろよー。うっかり対応を間違えるといきなり呪ってくる奴もいるからな」
ヒッ! そういう話は先にしてくれよ!
もうやるって言っちゃったじゃん!
「霊の類いだけではなく物の怪の類いも来ますからねぇ。ホント、うちの上様の妖誑しには困ったものです」
おい、妖怪の類いも来るのかよ! ていうか妖誑しってなんだよ! 嫌な予感しかしないよ!
アッ! 店の隅っこで黒くて丸っこいネズミのような生き物が、小皿の上に載せてあるチーズを囓っているよ!
本物のネズミじゃなくて何か物の怪の類いだろ!! しかも皿に載せたチーズが出してあるってことは餌付け済みだろ!?
「ふむ、安心しろ。常連客の分はやってはいけないことと、お気に入りのメニューを纏めてリスト化しておこう。初めてくる客はそうだな……まぁ、なんとかなるだろう。安心しろ、最初のうちは緊急事態がなければ俺も店にいる」
うおおおおおおい! リストを作ってくれるのはありがたいが、少し考えて常連の客はなんとかなるで済ませやがったな!?
そりゃ仕事を覚えるまでは一緒にいてもらわないと困るし。でも緊急事態が起こったらそうじゃないんだ?
緊急事態が起こらないようにお祈りしておこう。というかそんなに緊急事態が起こってもらっては困るから。
こうして探す必要もなく、大学が始まる前にあっさりと給料のいいバイトが決まった。
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